私の日記

あさき のぞみ

第1話 私がこの仕事を選んだ理由(わけ)





私は決まったレールに乗っていた。小中高そして大学。一般的に言えばお嬢だ。


不自由なことなんてなかった。でもやりたいこともなかった。親の勧めで受けた会社に入った。半年後不渡を出すなんて考えもせずに。


倒産した日のことは今でも鮮明に覚えている。


朝、出社すると社内がざわついていた。財務の人間が青い顔で走り回り、上司は電話口で怒鳴っていた。昼過ぎには全員が会議室に集められ、社長から淡々と告げられた。「本日をもって事業を停止します」


その時、私は何も感じなかった。ショックでもなく、悲しみでもなく、ただ空白だった。


実家に戻ることもできた。でも戻らなかった。


就職活動を再開することもできた。でもしなかった。


何か、決定的に何かが壊れたような気がした。それまで信じていた「ちゃんとした道」が、実は脆く儚いものだったという事実に、私は立ち尽くしていた。


貯金は三ヶ月分の家賃で底をつきそうだった。求人サイトを眺めながら、ふと目に入った広告。「短期間で高収入」「未経験歓迎」。


面接の日、店長は私の履歴書をちらりと見て言った。「学歴とか、ここでは関係ないから」


その言葉が、妙に心地よかった。


私は「サラ」になった。27歳の私は21歳になった。まいという名前も、まいが歩んできた道も、全部脱ぎ捨てて。


最初の客は、銀行員だった。結婚指輪をはめたまま、私の体を求めた。帰り際、彼は言った。「君、育ちが良さそうだね」


私は曖昧に笑った。


この仕事を選んだ理由を聞かれたら、私はいつもこう答える。「お金のため」


でも本当は違う。


ここでは誰も私の過去を知らない。誰も私に期待しない。私は「サラ」でいられる。それだけで、不思議と呼吸が楽になった。


孤独だった。でも、その孤独は自分で選んだものだった。誰かに敷かれたレールの上で感じていた息苦しさよりも、ずっと自分らしいと思えた。


鏡の中の私は、21歳のサラだった。27歳のまいは、どこかへ消えた。


夜、ワンルームのアパートに帰ると、私は一人だった。でも誰かになろうとしなくていい場所があることが、唯一の救いだった。


明日もまた、私はサラになる。


これが、私の選んだ道だ。

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