第2話 条件

 人と深く関わらないように生きる、というのは想像以上に骨が折れた。

 挨拶をすれば雑談に発展する。雑談をすれば、相手は少しずつ心を開く。

 人間社会は、そうやって関係が深まるように出来ている。

 主人公――俺は、それを逆向きに辿るような生き方を選ばなければならなかった。


 誰とも親しくならない。

 悩みを聞かない。

 自分のことも話さない。


 それでも、三人目が消えてからというもの、俺の中で一つの仮説が固まりつつあった。

 これは偶然ではない。

 最初の二人は、正直言って曖昧だった。

 連絡が取れなくなり、SNSが消え、共通の知人に聞いても「知らない」と言われた。

 まるで最初から存在していなかったかのように、世界から抜け落ちていた。

 三人目で、確信に変わった。

 あの時、俺は“確認”していたのだ。

 意図的に、段階を踏んで。

 ――それが発動条件だ。

 紙に書き出した三つの条件を、俺は何度も見返した。


 1.友人になる

 2.悩みを共有する

 3.互いに「親友」だと認識する


 どれか一つ欠けても、何も起きない。

 偶然にしては、あまりにも整いすぎている。

 そして何より――

 消えたのは、いつも相手だけだった。

 俺は何も失っていない。

 記憶も、存在も、現実も。

 まるで世界が、「不要なもの」を整理するかのように。

 ◆

 その日、俺は仕事帰りに寺を訪ねた。

 宗教を信じているわけではない。

 だが、これを合理的に説明できる場所は、もう現実世界には残っていなかった。

 住職は、俺の話を遮らずに最後まで聞いた。

 表情を変えることもなく、湯飲みを両手で包んだまま。


「あなたは、霊感が強い」


 第一声は、それだった。


「ただし、制御できていない。無意識に、です」

「呪い、ですか?」


 住職は少しだけ目を伏せた。


「呪い、という言葉は便利すぎますね。誰かの強い感情が、あなたに“定着”している可能性はあります」

「それは……解けますか?」


 しばらくの沈黙。


「難しいでしょう。しかも、あなたのそれは――条件付きです」


 条件付き。

 俺はその言葉を反芻した。


「誰にでも発動するわけではない。深く、対等に、心を通わせた時だけ。まるで……選別するような力です」


 胸の奥が、ひどく冷えた。


「修行すれば、止められますか」

「止める、というより……あなた自身が、それを望んでいないように見えます」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 ◆

 それから俺は、意図的に人を避けた。

 表面的な会話。

 浅い関係。

 感情を挟まない仕事。

 だが、問題は職場にあった。

 例の人物――

 勤続年数だけは長く、立場を盾にして他人を追い詰める男。

 陰湿な言葉。

 些細なミスの執拗な指摘。

 俺だけを狙い撃ちするような態度。

 気づけば、朝起きるたびに胃が痛んだ。

 電車に乗るだけで、息が浅くなった。

 転職を考え始めた頃、

 ふと、あの仮説が頭をもたげた。


 ――もし。

 ――もし、あの男と、俺が“親友”になったら?

 思考が、そこで止まった。

 気味が悪いほど、理屈は通っている。

 条件を満たせば、相手は消える。

 それが、俺の能力だとしたら。

 救いなのか、破壊なのか。

 正義なのか、ただの逃避なのか。

 それでも――

 あの男がいなくなる未来を想像した瞬間、

 胸の奥に、微かな安堵が生まれた。

 その感情に、俺自身が一番驚いた。

 ◆

 翌日から、俺は態度を変えた。

 挨拶をする。

 話しかける。

 相手の愚痴に相槌を打つ。

 自分でも信じられないほど、うまくやれた。

 人は、自分の話を聞いてくれる相手に弱い。

 酒の席で、男はぽつりと弱音を吐いた。

「……家でも、居場所がなくてな」

 その瞬間、

 俺の中で、何かが静かに噛み合った。


 

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