第2話 さかしまの森

 枯れて細くなった枝に瑞々しい青葉が茂ってカラスの翼みたいに地上に降り注ぐ不気味な森。森の中の池では魚が水面に腹を向けて泳ぎ、色とりどりの花弁の葉っぱが枯れ葉でできた花を飾る。通常ではあり得ない現象が当然の顔をして視界に広がる深い森は、まさしく13人目の魔女の領域であった。


 この奥深き森に、13人目の魔女の屋敷がある。


 護衛の騎士アルベールと手分けして12人の魔女に聞き込み調査を行ったブランローズは、13人目の魔女の居場所を突き止めた。不老不死の魔女たちは少し前までそれなりに交流があったらしいが、偏屈へんくつですぐ頭に血が上りやすい性質の13人目の魔女は遠巻きに扱われていたそうだ。


 元はと言えば国王の段取りの悪さが招いた悲劇であるものの、仕返しの矛先ほこさきを何の落ち度もない赤ん坊に向けたあたりにねじれた倫理観が見て取れる。


 トゲをびっしりまとったつるの網があちこちの木の幹に巻きついて侵入者の行く手をはばむ。しかし地味な妨害はブランローズの絹のドレスを傷つける前にアルベールの剣でもろとも排除された。持つべきは優秀で忠実な騎士である。


「貴方、年を取って動き回れなくなったら庭師に雇い直してあげるわ」

「それは光栄至極」


 軽口を棒読みで受け流されたブランローズは鼻を鳴らす。忠実、というのは撤回した方が良さそうだ。


 会話を続けなければ気分が滅入ってしまいそうな薄暗い茂み。草を掻き分けて踏み進めるうちに、イバラの生垣が姿を現した。漆黒の闇にも似た薔薇の周りを、針のごときトゲが護っている。お前たちは歓迎されていないとさげすむような、追い立てるような威圧感があった。


 構わずアルベールが剣を振り下ろして道を作る。


「容赦ないわね」

「道は自分で切りひらくものですよ」

「うわあ。こんな場所で聞きたくなかったわ」


 ザッ、ザッ、と乾いた悲鳴を上げる草木をぎ払った先に石造りの屋敷が見えてきた。何百年、何千年と住まいを変えず過ごしてきたのだろう屋敷の外観は年季が入り、深紅の切妻屋根きりづまやねが異様な鮮やかさを演出している。


 ところどころに隙間の入った木製の重たい扉を押し開けば、真っ暗な玄関広間が出迎えた。広間の左側に配置された窓から、申し訳程度の光が開きかけの扇みたいに差し込んでいる。


「ここに魔女が……?」


 人の目を楽しませる絨毯も壁掛けも、花瓶や宝石で飾り立てた彫像もない。調度品ひとつだに置かれていない、殺風景な広い空間。いぶかりながらもブランローズは足を踏み入れる。


 ふと、窓にうっすらと映った横顔が視界に飛び込んだ。思わず向き直り、左手を頬に寄せる。


 長い睫毛。淡い色合いの髪に映えて一層透き通った白い肌。いつも熱っぽい艶をたたえる藍色の眼差し。大きすぎず小さすぎず形の良い鼻に、ぽってりと熟れた唇。ブランローズは恍惚と呟いた。


「あらやだ。私また一段と美しくなっている」

「貴方のそういうところ嫌いじゃないですよ」


 アルベールが半眼で賛辞を吐き捨てた。

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