第1話 姫君と護衛

「――――何? それが原因で私死ぬの?」

「らしいですね」


 一人掛けのソファに深々と座りながら、娘は護衛の騎士から長い昔話を聞かされていた。自分がよわい15にして天に召されることを運命づけられた、そのきっかけを。


 ふさふさと豊かな金の髪が、彼女が身じろぎするたびに窓辺の日差しを受けて砂金を散らすように艶めく。深い藍色の瞳は大きく吸い込まれそうで、長い睫毛の陰に隠れた光が騎士の所作を注意深く見つめる。


 国王夫妻から愛情込めて『ブランローズ』と名付けられた姫君は、今や近隣諸国の王侯おうこうでさえその名を知らぬほどの美貌びぼう耳目じもくを集めていた。


 きめ細やかな白い肌、赤く健康的な唇、しなやかな肢体と優美な立ち振る舞い。彼女の通った場所は花の残り香がほんのりと甘く漂い、それだけで男たちは彼女に懸想する。祝福の魔女にもたらされた絶大な富も、国内のみならず他国の王族が是非にと望む要因のひとつだった。


 ところがブランローズは適齢期の15歳を迎えても、決まった婚約者がいない。理由はおおやけにはされていないが、たった今護衛に語らせた話で氷解ひょうかいした。15年後に死ぬ……というか眠るのが確実な娘を、どこぞの誰かに嫁がせるわけにいかない。


「それってお父様とお母様が13人目の魔女を呼ばなかったのが悪いんじゃないの? 全員呼べば良かったじゃない」

「最高の賓客にお出しする純金の食器が12組しかなかったそうで」

「買えよ」


 情けない事情に思わず突っ込んだ。


「その時の悲劇を教訓に、純金の食器を100組ご用意なされたそうです」

「極端すぎない?」

「今後は何があろうと呪われる心配はないでしょう」

「絶賛呪われている私に言う?」


 2つ上のこの護衛は、物心ついた頃から行動を共にしているせいか直系王族のブランローズにも歯に衣着せぬ言いぶりで接してくる。最初は国王の護衛であった父親の小姓こしょうという形でブランローズの遊び相手となり、長じてからは彼女の側付きに昇格。そんな密接な付き合いなので、今さらブランローズも彼の言動をいちいち咎める気すら起きない。


「ご安心ください。例の魔女は『つむに刺されて死ぬ』とはっきり言ったようです。裏を返せば糸車を貴方の身辺から排除すればいい。国王が巡幸する際の警護よりずっと楽です」

「楽って」

「差出人不明の糸車の入った箱が不定期に届きますがそれも即刻そっこく焼却処分していますし」

「こ、怖い……! 殺す気しか感じないんだけど」

「実際、殺す気で呪っているんですから仕方ないかと」

「魔女よりも貴方。人の命をなんだと思ってんの?」


 ブランローズのこめかみがぴくぴく引きつく。


 15年前の宴のあとも、12人の魔女たちは呪いを解除できないかあれやこれやと手を尽くしてくれている。しかし13人目の魔女の力は12人総出でかかっても太刀打ちできない圧倒的なものだった。最初の祝福通り、死の呪いを終わりの見えぬ眠りに置き換えること以外に、手立てはなかった。虚しい奮闘を続ける間にも月日は無情に過ぎゆき、本日をもってブランローズは15歳となった。


 13人目の魔女は呪いの発現を『15年後』とした。いつか、の詳細までは分からない。誕生日早々に呪いに見舞われるのか、それとも1週間後か。はたまた半年後、9ヶ月後かもしれない。絶妙な不確かさが宮廷の不安をより一層あおり立てている。


 ブランローズは腰を上げた。ただただ眠るにせよ、悲劇的な結末を大人しく待ち受けるほど従順にはできていない。「どうせ15年後には終わってしまうのだから」ととうに諦め切っている国王夫妻は、ブランローズに淑女として最低限の教育と教養を施すだけで、あとは彼女のしたい放題に任せていた。見た目は――――呪いで早世するという先入観もあってか――――儚げで華やかに育ち上がったブランローズだが、中身は野生児である。


「行くわよ。アルベール」

「えっ。どこに?」

「決まっているでしょ」


 肩にかかる長い髪を背中にふぁさあ……と流し、ブランローズは振り返った。


「13人目の魔女を殴って呪いを解いてもらうわ」


 賢明と名高いこの姫君。解決策が力技だった。

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