第5話 「すれ違う俺たち」

「ただいまぁ」



姉が帰宅した。

俺は台所に立って料理が終わった頃だった。



「わぁ、タマぁ。ちゃんと待っててくれたのねぇ。えらい、えらい」



タマという名前になった猫は、姉に頭を撫でられていた。

姉はスーツ姿のままソファに座って一緒になろうとするタマをあやしていた。



「姉ちゃん、スーツに毛が付くよ?」



俺が心配して声をかけた。



「いいの、いいの洗濯は私の仕事じゃないから。それより大事なのはタマの方よ。」



「!」



俺の心臓は跳ねるようだった。

俺より大事なのか……。


そう思いながら、姉の好物である親子丼を食卓に置いた。



「ご飯にしよう?」



俺は姉に呼びかけた。

けど、



「え~? タイミング悪いなぁ。この子と遊ぶと疲れが吹っ飛ぶのにぃ~。さきに食べててよ」



拳に力が入った。

俺は何かが壊れていくのを感じた。



姉は、タマが家に来てからずっと世話をしていた。まるで憑りつかれたかのように。


一か月も経つと、俺と遊んでいた時間が無くなり、一緒に食卓で団らんをする機会が減っていった。

タマのための時間は増えていくのに、俺との時間は減っていく。



「ごろごろごろ」



タマが鳴いていた。気持ちよさそうに、嬉しそうに、幸せそうに。


姉がタマの頭に顔をうずめて遊んでいる。そうするとタマは嫌がりながらも、腹を姉に見せて伸びをするのだった。



「いただきます」



俺は、姉がタマの世話をしているのを横にして、先に食べだした。


視線は出来立ての親子丼の器に向いて、姉やタマを見ないようにした。

はしゃいでいる声だけが聞こえてきた。



「きゃあ、ちょっとタマ。そこはダメだよ、もー」



それを聞いて俺は我慢が出来なくなった。



ガン。

黙って器を叩きつけるように置いた。



「……」



姉が驚いた。

そして隣にいるタマが落ち着かなくなったのか、にゃあにゃあと鳴きだした。

それに焦ったのか、姉がタマをやさしく抱きしめる。


俺は、胸が張り裂けそうになった。


姉が恐々と聞いてきた。



「タマが怖がってるじゃない……。そんなに嫌なら、外で食べてきて」



俺はそれを聞いてトドメを刺されたような気がした。

立ち上がった。

そして、言い放った。



「勝手にしろ!」



俺は玄関を出ると、走って外に出た。



※※※



近くのコンビニで肉まんを買い、それを持って近所の公園のベンチで食べた。

俺は涙があふれるくらい悔しい気持ちで、肉まんにかぶりついた。

時折、パンにしょっぱさを感じながら昔のことを思い出した。


姉は、頑張りすぎて倒れたことがあった。

慣れない家事全般をして、俺の世話もしていた。そのストレスは大変だったと思う。


俺はそばで見ていたから分かった。


姉が笑顔の時ほど、疲れていた。それを隠してまで責任を持ちたかったのだろう。


でも、俺が高校生になろうとしていた頃に家事全般の仕事を代わった。

もう、姉を苦しめたくなかった。


だから、今の生活があった。


けど、タマのせいで姉が日に日に疲れていくのだった。

教師の仕事ですり減っているのに、猫の世話を責任感を感じているようだった。


だから、俺は夜の空を見上げて願った。



姉ちゃんを、返してくれ。

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