第一話 禁忌の老魔道士、死す!生きろ!
俺は死んだほうがいい人間だ。
決して卑下しているわけじゃない。ただの事実だ。
自負しているし、その事をよく理解している。
だが死なない。何故かって?そんなのは簡単なことだ。痛いのが嫌だからさ!!
だから俺は死なないしそうしようとも思わない。
しかしそうしていると白い目で見られてしまうのだよ。
俺はその視線のことを、「黒い視線」と呼んでいる。
俺はいつも学校でその黒い視線を浴びてきた。
クラスメイトのドス黒い視線、笑い声は、未だ夢に出る。
その日の朝は本当に憂鬱だ。土砂降りの一日より、クリア目前のゲーム機が初期化されたときより、ずっとずっと憂鬱なんだ。
だからそういうときは二度寝する。寝てしまえば思考は止まるし、
現実と手をつなぐこともなくなる。
……と、そんなふうに三年間もの間現実逃避し続けた結果が今の自分だ。
だらしない腹とだらしない服。だらしない髪にだらしない部屋。
見事に死んだ方が良い人間が完成してしまった。
まぁそんなもので、勿論人と関われるはずもなく。いつの間にか家族との仲すら保てなくなったらしい。
「くぁ…」
アラームもつけず熟睡。カーテンの隙間から漏れ出る光具合を見るに、起床時間は昼過ぎだ。こんなことはしょっちゅうある。むしろ日常だね。
俺は、大便しに一階へ続く階段を下る。
「…?」
一階の部屋の扉から、何やら重苦しい声が聞こえてきた。
少し耳を澄ましてみよう。
「ーーあの子、本当にどうしたらいいのかしら…」
「もう仕方がないよ。言ったって聞こうとしないんだから。」
重苦しい声の正体は両親だった。まぁ、この光景を見るのも一度目ではない。
両親は優秀な姉と拙劣な俺を比べてはいつも溜息を漏らす。
でも俺はそれを見て、両親に、「振り向いてほしい」と思ったことがない。
勝手に俺を語るなとは思うんだが。
期待をされないのは楽でしょう。頑張るから期待されるんだ。
母や父の期待の眼差しは、いつも姉に向けられている。
それを見ていると俺はつくづく楽だなと思う。
だから、そういうものはこれからも姉に任せる。
俺は好きな事して寝たくなったら寝る。大便したくなったらする!
何知らぬ顔でトイレの扉を閉めた。
用を足し終えた俺はトイレットペーパーが無いことに気がつく。
残された、心なしか虚しく見える芯を見て、俺まで虚しさに駆られた。
仕方なく溜息をつきながら半裸で呆ける。
ただ白い空間を見つめながら、行き場のなくしたトイレットペーパーの芯を握って、
時間が過ぎる。
(やっぱ俺、死んだほうがいいよな。絶対に。)
そんな時、いつかのネットで見た実験を思い出した。
確か、右目でトイレットペーパーの芯を、
左目で手の平を見たら手の平に穴が空いたように見えるというやつ。
本当にそう見えたら、一体どういう原理なのだろう。
行き場のないお前に、俺は行き場を与えてやりたい。
ためらう暇もなく俺は芯を握って目に近づけた。
次に左手をかざそうとしたその瞬間ーーー
バチバチッ!!
大きな稲妻音が轟いた。静電気とは到底思えない、異質な音。
「え、何!!?」
その音は俺の体を浮かせながら、突然出現した白い空間へと誘ったのだ。
混乱しながらも、俺な頭に粋な思考がよぎる。
(やっべズボン履かなきゃ!)
瞬時に、右手に持っていたトイレットペーパーの芯を手放して、
俺はズボンを上げた。
尻に走る最悪な感触に思わず吐きそうだ。
ーー謎空間に浮遊してからだいぶ経っただろうが…未だ何も変化が無い。
冷静に考えられるまでになった。
だから今の状況に、一つの考えが浮かぶ。
これ…走馬灯では?
俺は人生の大半を寝て過ごしたから、駆け抜ける思い出すら白紙なのではないか。
そう考えるとこの状況も辻褄が合う。と、同時に凄く悲しい。
(俺…凄ぇ可哀想じゃん…)
悲しみに暮れていたその時、目の前が突如として真っ白に染められた。
今までの思考が全てパーになる程眩しい光だ。
俺は思わずギュッと目を瞑った。
ーーーすると、鼻に知らぬ香りが入り込んできた。
なんだか心地が良い気がする。まるで大草原の上でも駆けている様なーーー
恐る恐る目を開くと、その視界端から端まで見たこともない景色が一瞬にして広がった。
空はどこまでも青く澄み渡り生える草は深緑。
湿った温めの空気がそれらを撫で、運んでいく。
「……なんだ、これ…」
家の便所から、俺は一体何処へやってきてしまったんだ…。
俺はただ、ただ紙が欲しくてーーー
「ようこそ勇者殿、ペーパー国へ」
「っは?」
ーー突然頭上からしゃがれた声が響いた。思わず仰け反る。
背後には年老いた老人が長い白髮を揺らし立っていた。
「え…誰…」
「来たとこすぐで悪いが、もう時間がないのじゃ…!
お主に勇者の全てを授けなければならぬ!」
「ゆ、勇者ァ…!?」
老人はそういった後、忙しなく両手を大空へ広げた。
何か唱えているようだが状況が全く掴めない。
「ちょ…!」
何が何だか分からないでいる俺とは反対に、
老人は俺の事、世界の全てを知ったような瞳をした。
老人が呪文を唱えるたび、雲が巻かれ地の揺れが激しくなっていく。
ゴゴゴ…と地が唸ると同時に、老人は叫んだ。
「来いッッッッ!!!」
その時、老人の枯れた腕が俺の腕を強引に掴みかかり天高く持ち上げた。
空は唸り地が叫ぶ。
「何!?何なんだよ!?」
割と本気で抵抗している筈なのに、それがまるで嘘のようにビクともしない。
そうこうしていると、離れた空から一筋の光の道が落ちてきた。
そのまま神様が降臨してきそうな神々しさに思わず黙ると、光の筋をなぞって何かが落とされた。
その神々しさとは裏腹にポトッ、と気の抜ける音を出して落ちてくる物体に困惑していると、老人は物体目掛けて走って行ってしまった。
残された俺には、本日二度目の呆然とする時間がやってきた。
どこかも分からぬ、誰かも知らぬ、まるっきり理解できぬ状況で、
冷静にいられるやつがいるのなら出会ってみたい。
暫くして、先程の老人がまた忙しなく、今度は俺目掛けて木の枝のような物体を放り投げてきた。
「えっ。何コレ。」
足元に落ちたソレは、どう見たって木の枝だった。
「…ははーん…。そいっ。」
老人に馬鹿にされているのだと考えた俺は、ソレを思い切り蹴飛ばした。
その時、追いついた老人が俺の頭に拳を下ろした。
「痛ッ!?…何だよ!」
「馬鹿者!!!」
鼓膜を劈いた声は、やはり俺を馬鹿と呼んでいた。
「それはあの伝説の聖杖じゃ!!バカタレが!」
「これ木の枝じゃないのぉ!?」
そう驚くと、老人はもう一度頭拳骨をお見舞いした。俺は老人に問いかける。
「最初から説明してくれないと分からねぇんだけど?」
不貞腐れた俺の言葉は無視され、老人は
「もう時間が…もう時間が…」
と、ぶつぶつ呟き続けていた。かと思えば、一人勝手に膝をついた。
「何してんの?」
「じゃから…」
どうやら、今俺の手の中にある物体は聖杖と呼ばれる伝説の代物らしい。
聖杖と聞けば、ファンタジーの象徴、勇者の使う武器しか思いつかない。
では何故、そんな大層なものが今、俺の手の中にあるのだろう。
「アンタなんなの?勇者?」
膝をつきながらも、老人は答える。
「わしはしがない老魔道士。かつて、あの勇者と共に戦場へ立った男じゃ。」
得意げに話す老魔道士だったが、俺にはイマイチ凄さがわからない。
また頭に拳骨をくらいそうだが、なんか弱っているし大丈夫だな。
「それってすごいの?」
「当たり前だろう。勇敢な者と書いて勇者なのだから、わしも勇者と名乗って差し支えないくらいーー」
ふーん。長くなりそうだ。老人はどうして長話をしたがるのだろう。
「あー、この聖杖?枝は何だって?」
「お主質問しかせんの…じゃから伝説のーーーーー」
いきなり黙り込む老魔道士は、先程までとは様子が違って見えた。
息が荒く、どんどん膝が沈んでいく。
「えっ、寿命?今!?」
慌てて老人を寝かせて、意識が落ちぬ様頬を叩いて起こす。
すると老人は薄く目を開いた。ものの、息も絶え絶えで苦しそうだ。
「…お主は勇者じゃ…!もう世間に知れ渡っておる。100年ぶりに勇者が蘇った、とな…!!」
耳を疑い、俺は口を挟もうとした。しかし老人はすっかり興奮しているようで、
俺の胸ぐらを掴み喋り倒す。
「どうか魔王を…頼ん、だ…」
その言葉を最後に力尽きたのか、老人は胸ぐらからふっと手を離した。
そのまま、まるで眠ったように、穏やかな顔をして目を閉じる。
それからは頬を叩いても体をいくら揺らしても、
二度と目を開けることは無かった。
「た、頼んだって⋯」
いきなり過ぎる目の前の死に、逆に冷静になってくる。
見知らぬ人だったのが救いとなったか、俺は恐ろしい程に冷静だ。
取り敢えず草原にどかっと座り込んでみると、手触りが良く気持ちいいぞ。
だが俺は重大過ぎる事に気がついてしまう。
「ちょっと待て……帰る方法、教えてもらってねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
大草原に谺した俺の喚きは、誰にも知られなかった。
「こんちくしょうがああああああああああ!」
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