良い天気について 〜地上部隊にとって最良の気象条件とは〜

曇空 鈍縒

良い天気について

 立ち枯れた木々のまばらに生える林の中で、一個分隊12名の兵士たちが休息していた。


 兵士たちは分隊の移動に使用する八輪の装甲車にカモフラージュネットをかけて、そのすぐ側に簡素な塹壕を掘り、銃を抱えたまま野戦糧食の缶詰やエナジーバーを黙々と頬張る。

 保存期間を重視して開発された野戦糧食の味は、食べられないほどではないにしても美味とは言い難い。兵士たちは単なる栄養補給の手段として食事を口に運んでいる。単純な甘みが、疲れた体に沁みる。


 無風で気温は程よく、空にはどんよりとした雲が立ち込めていた。


「暇だな」


 食事を終えた分隊長のクリス曹長は、紫煙をくゆらせながら呟く。

 何人かの分隊員、特に若い隊員が頷いた。


 スマホは出撃前、小隊長によって回収されてしまった。曰く、スマホのカメラや位置情報によって部隊に関する情報が敵に漏れる可能性があるとのことだ。そうであろうがあるまいが、どうせドローンとか人工衛星とかが地上部隊の動きなど丸裸にしてしまうと、ベテランの分隊長は考えている。その根拠は、常に自分たちの頭上へと正確に降り注ぐ砲弾と爆弾だ。

 だが、小隊長の言うことも間違ってはいないのだろう。確かにスマホは情報の塊だし、その中身はブラックボックスだし、カメラがハッキングされたり位置情報が流出したり、あるいはウェブサイトのアクセス経路に敵国のルーターがあったところで、ごく一部の技能兵でもない限り気付くことはできない。


 まあ肝心の小隊長は既に自爆ドローンによって小隊本部もろとも吹き飛んでおり、それと一緒に分隊員たちのスマホも吹き飛んでいる可能性が高いのだが。

 若い分隊員たちは退官間近でもう五〇歳に片足を突っ込んだ分隊長よりも遥かに娯楽をスマホへ依存しており、手持ち無沙汰を通り越してつらそうにしていた。


「さて、どうしたものか」


 分隊長は天を仰ぐ。


 小隊本部が壊滅し一時的に中隊本部の隷下に入っていた彼らの分隊だが、敵との激しい戦闘でその中隊も壊滅してしまい、中隊の上にある大隊の本部とは無線が繋がらず、だからと言って勝手に下がることも軍法的に許されず、最前線近くの森で立ち往生していた。


 彼らは部隊の主力からやや離れた場所で警備に当たっていたのだが、そのおかげで数回の小規模な銃撃戦を除き敵とは交戦せずに済んでいる。森の中をあちこち移動していたため砲撃を受けることもなかった。

 そのため犠牲者も出ていない。この過酷な戦場において、それは凄まじいほどの幸運だ。


 だが暇なものは暇なのだ。


 命があっても、それを無駄に浪費していては意味がない。


「なんか面白い話とかないんですか?」


 早々に食事を終えて塹壕の底に寝転がった分隊の機関銃手が、分隊長に聞く。

 機関銃手は分隊長ほどではないが年齢は三〇代も後半であり、二〇代の隊員が多い分隊の中ではかなりの年長者だ。

 彼の傍には小銃より大きく無骨な軽機関銃が横たわっている。


「う〜ん。天気の話とかどうだ?」


 分隊の何人かが吹き出す。その何人かは缶詰のシチューやらを頬張っており、食べかすが飛び散った。それを汚いと思う神経は泥だらけで臭い戦場の環境で既に消し飛んでいる。


「面白い話を求められた時に出すアイデアとして、天気の話は最悪っすね。モテないっすよ」


 対戦車ロケットを抱えたままエナジーバーをかじっていた対戦車兵が言う。


 ちなみに分隊長は故郷に妻と、小学生の娘が二人おり円満な家庭を築いているし、何なら学生時代には彼女もいたのだが、ここで言うことはしなかった。今の若者の多くが彼女や彼氏を持てていないことを分隊長は理解していた。彼はデリカシーがある男なのだ。


 実際、分隊には二名の女性もいるが、浮ついた話は聞いたことがない。もう少しそういうことがあってもいいと分隊長は思っていたが、ただでさえ恋愛に興味のない若者が増えているというのに、いつ死ぬか分からない緊張感の中で恋愛など無理だろうとも思っていた。


「そうか。だが天気は重要だぞ」


 分隊長は言う。


「たかが天気っすよ」


 対戦車兵は笑いながら言う。


 多くの文隊員は同じ気持ちのようだ。確かに、普通に生きていれば天気のことなどそれほど気には留めないだろう。せいぜい、雨が降ったら舌打ちするくらいでしかない。


「いいや。今俺たちが生きているのは天気のおかげかもしれない。兵士にとってはそれくらい重要なことなんだ。ほら、上を見てみろ」


 分隊長は空を見上げる。

 分隊の隊員たちもそれに倣った。上を見上げると、ヘルメットの重さが首にくる。兵士たちはすぐに前や下へ顔の向きを戻した。


「どう思う?」


「曇ってるっす」


 対戦車兵が言う。


「そうだ。つまり、今日は最高の天気だ。少なくとも兵士にとってはな」


 分隊長は言った。

 兵士たちは首を傾げる。

 良い天気と言えば、普通は晴れだ。動員されて間もない兵士たちの共通認識である。曇りの日は何となく暗い印象があるし、雨の日は濡れる。なら明るく乾いた晴れの日が一番いい。


「なぜですか?」


 機関銃手が分隊長に聞いた。


「曇りの日は上空の視界が悪い。視界が悪い中、航空機を飛ばすことはできない。だから爆撃機や攻撃機も飛べない。つまり曇りの日は爆撃を受けにくいんだ。一番いい天気ってのは、つまり爆弾の降ってこない天気ってことだ。一番悪い天気は爆弾の雨だな」


 分隊長は、教師のように滔々と説明する。

 実際、彼は戦前教師をやっていた。それと同時に予備役の曹長でもあり、今回の戦争に召集されて分隊長を任されることになったのだ。最も、分隊員の誰も分隊長の過去は知らない。


「対戦車ヘリはどうなんですか? 低空飛行だから、曇りの日でもそんなに影響ありませんよね?」


 機関銃手が聞く。地上部隊にとって対戦車ヘリは脅威だ。自由時代に飛び回り、三〇ミリ機関砲とロケットで地上を焼き尽くす。滅多にお目にかかれない敵ではあるが、極めて危険な相手であることは分隊員の誰もが理解していた。


「対空ミサイルが蝿のように叩き落とす」


 だが、分隊長は言う。

 前線近くで活動する対戦車ヘリの被撃墜率は非常に高い。対空ミサイルを前にすれば、いくら地上部隊相手に無類の強さを誇る対戦車ヘリでも、ただの鈍重な的だ。


「なるほど」


 分隊員たちが感嘆の声を上げる。


「実のところ、航空機から一番攻撃されにくいのは豪雨の日だが、まあ雨は嫌だろう?」


 分隊長は言う。


 塹壕を掘るにしろ行軍するにしろ、雨というのは一番最悪だ。

 地面は泥濘になるし、塹壕は雨水で池になるし、迷彩服は水を吸って重くなる。

 いくら航空攻撃が行われないと言っても、これでは話にならない。雨の日は動くどころか留まり続けるだけでも地上部隊にダメージが蓄積するのだ。


「つまり、兵士にとって最高の天気ってのは今日みたいな曇りの日ってことだな」


 分隊長はそう話を締め括った。

 別に面白くはなかったが、つまらないわけじゃない。少なくとも飯を食ってぼんやりしているよりは遥かにましな話だった。

 日常生活の中で天気の話をし始めたやつがいたらつまらない人間として扱われるだろうが、戦場に娯楽など皆無だ。

 爆発音と発砲音しかない戦場という空間は、とてもつまらないのだ。そんな中で、少しでも真新しい情報が脳に入れば、それはとても面白いように思える。

 どれだけつまらない芸人でも、ここ戦場なら大爆笑間違いなしだろう。


 若い対戦車兵はそう考えた。もちろん口には出さない。

 その時、蝿の羽音のような音が聞こえ始めた。


「あれ?」


 機関銃手が体を起こす。分隊長の顔が強張った。

 曇天の下を、一機のドローンが駆け抜ける。


「ドローンだ! 叩き落とせ!」


 分隊長が命令を下し、兵士たちは一斉に空へと銃を撃つ。乾いた発砲音が兵士たちの耳を殴った。

 曇りの日もドローンは飛ばせる。

 低空飛行ができ尚且つ山ほど用意できるドローンは、どれだけ分厚い防空網でも防ぎ切ることは不可能なのだ。それに雨が降っていなければいつでも飛ばすことができる。

 爆弾を積み込むかあるいは自爆ドローンであれば、空爆をすることもできる。だが、そのドローンはそういった自爆ドローンよりはるかに恐ろしい機能を持っていた。


 ドローンは右に左に飛び回って弾丸を回避すると、電波を発する。直後、一発の弾丸がドローンのプロペラを粉々に砕いた。ドローンは姿勢を崩し、墜落する。


「クソッ。砲撃が来るぞ!」


 分隊長は墜落したドローンを射撃して完全に破壊すると、怒鳴った。


 中に爆薬がない。つまり自爆ドローンではなかった。となれば、砲兵の観測用ドローンである可能性が高い。そして不幸にも彼の見立ては当たっていた。


 ドローンから発信された電波は衛星インターネットを経由して敵国の砲兵陣地へと届く。

 分隊の展開する場所から三〇キロメートルほど離れた砲兵陣地。そこに並べられた計4門の榴弾砲が、ドローンから受け取った座標を元に照準を合わせると、一斉に火を吹いた。


 放たれた4発の砲弾は空気を切り裂く不気味な音を奏でながら平野を飛翔し、慌てて装甲車の中へと駆け込もうとする分隊の兵士たちを装甲車もろとも消し飛ばしてしまった。

 砲弾の殺傷範囲は一〇〇〜三〇〇メートル。12名を皆殺しにするのに十分すぎる。


 兵士にとって曇りは最高の天気だが、その天気も、彼らの死を防いでくれるほどの力は有していない。


 しばらくして、曇天の中から大粒の雨が降り注ぎ始めた。


 煙の燻る肉片と化した分隊の兵士たちを、雨水の作った泥濘が飲み込んでいく。




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良い天気について 〜地上部隊にとって最良の気象条件とは〜 曇空 鈍縒 @sora2021

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