第3話 約束の果たし方
美結は学校に着くと、いつもと異なった空気を肌に感じる。何かと言うか、皆が私を避けている…感じがする。
「ねえ。」
話しかけても、誰もまともに会話をしてくれない。
それはいつものことだが、同級生の目には畏怖が見える。美結と目を合わせれば視線を逸らし、美結が近づけば離れていく。廊下を歩こうものなら、同級生は元より、上級生だけではなく、教師までもが警戒を露わにする。
「美結――っ。」
肩がビクっと跳ねる。恐る恐る振り返ると、小川が気まずそうな顔をしていた。
「…悪かったわ。」
「えっ?」
「だから、悪かったって言ってんのよ。悪戯したことも、蹴ったり、悪口言ったりしたこと、全部。悪かった。」
そう告げると一方的に走っていった。
「どうなっているの?」
取り残された美結はポツンとその場に佇むことしかできなかった。
「おっ、髙山。何だ、その体調はどうだ?」
頬を掻きながら武田先生が声を掛ける。
「えっ、いや、えーと。」
「何か不調でもあるのか?あるなら、すぐに救急車でも…。」
「いえ。元気です。」
「そうか、そうなら良かった。うん。良かった。」
美結の一言で先生が焦り、戸惑い、動揺する。顔色が青くなったり、戻ったりところころ変わる。
「ほんと、どうなってんだ…。」
皆が皆、余所余所しい。
「ほんと、何なの?」
何も起きずに一日が終わる。小川の嫌がらせも、武田先生からの小言も何もなかった。
「放課後ってこんなに早いんだ。夕日ってこんなに綺麗なんだ。」
心臓がうるさいぐらいに鼓動する。確かに私は生きている。
今なら何でもできる気がする。
「何か今日は機嫌が良さそうだね。」
「そうなの。」
美結は満面の笑みで、結美に抱き着く。
「今日ね、今日。何もなかったの。」
「ははっ。」
「何笑ってるの?」
「ごめんごめん。だって、何がそんなに面白いのかと思えば、“何もないことが良かったこと”って。」
一度堰が開くと、笑いを止めることができなくなった。ひとしきり笑い終わった後、結美は真剣な顔になって、問いかける。
「美結は今、幸せ?」
表情が急に変わったことに一瞬ギョッとしたが、
「うん。」
満面の笑みで答えた。だってこんなに幸せなんだから。
「おっ、おはよう。」
美結が登校をすると、後ろから挨拶された。
ちゃんと声を掛けられたのが嬉しく振り返ると、そこにいたのは雰囲気が全く変わった柴崎だった。
誰が見てもモテるカッコいい系の美少年だった柴崎だが、何と言うか、好奇な目をしている。まるで宝物や神を見ているかのような、何かを崇めているかのような奇妙な目だ。
「おはよう。」
「うん。おはよう。昨日、一日ずっと考えたんだ。それで、一昨日のことなんだけど…。」
「一昨日の事?」
「おい、一昨日のことは口に出すなって約束だろ?」
身に覚えのない美結が何の事か聞き返した瞬間、結美に意識が切り替わる。
髪を搔き揚げ、柴崎の肩を掴み、引き寄せる。そして耳元でドスの利いた声で話す。
「…う、うん。」
結美の下に見た口調に、柴崎は頬を赤らめ、心酔しているのが目に見える。そう、柴崎は美結の事を好いていたが、今では結美の事を神のように崇めていた。
「ああ、結美様。私は貴方に付いて行きます。そのことを伝えたくて。」
「分かったから、美結でいる間はそのことは絶対に話すな。話したら私とは出会えないと思え。」
「はい。」
そう約束をすると、結美は美結に意識を譲り渡した。
「それで、一昨日の事って?」
「別に、気のせいだったよ。何でもない。」
「えっ?」
そう言い残すと、柴崎は美結の横を走って通り抜けていった。
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