第3話:光の交差点で息をする

休日の午前、街はまだ静けさを

まとっていた。

雲の切れ間から差し込む光が、

舗道のタイルを淡く照らしている。

遥はコートのポケットに手を入れ、

ゆっくりと歩いていた。


特に目的があったわけではない。

ただ、家にいると考えごとが

増えてしまいそうで、気づけば

外へ出ていた。


昨日までの雨が嘘のように、

空気は澄んでいる。

風は冷たいけれど、どこか柔らかい。

胸の奥に残っていたざわつきが、

この光の中で少しずつ薄れて

いくようだった。


しばらく歩くと、大きな交差点に

出た。

信号待ちの人々が、思い思いの

方向を向いて立っている。

赤信号の光が、静かにその場を

止めていた。


遥もその列に加わり、

ふと周囲を見渡す。

右へ向かう人、左へ向かう人、

まっすぐ前だけを見つめている人。

同じ場所に立っていても、

次の瞬間には全く違う道へ歩き

出すのだと思うと、

なんだか不思議な気持ちになった。


「どの道を選んでも、

きっと間違いじゃないん

だろうな……」


そんな言葉が、胸の内側で

静かに浮かんだ。


資格の勉強を始めようかどうか、

ここ数ヶ月ずっと迷っていた。

仕事と両立できるのか、

自分に向いているのか、

続けられるのか──

考えれば考えるほど、

足がすくんでしまっていた。


けれど、目の前の交差点で

光が変わるのを待っていると、

その迷いが少しだけ形を変えた。


青信号に変わると、

人々が一斉に歩き出す。

その流れの中で、遥も自然と

足を踏み出した。


光が差し込む方向へ歩く

人々の背中が、どれも迷いなく

見えた。

もちろん、実際にはそれぞれに

悩みや不安があるのだろう。

それでも、歩き出す瞬間だけは、

誰もが自分の選んだ道を

信じているように見えた。


遥は深く息を吸い込む。

冷たい空気が肺に満ち、

その透明さが胸の奥まで届く。


「……やってみようかな」


声には出さなかった。

けれど、その決意は確かに

自分の中で光を帯びていた。


交差点を渡りきったところで、

風がふわりと吹いた。

光を含んだ風は、どこか温かくて、

遥の背中をそっと押してくれる

ようだった。


選ぶ道はひとつじゃない。

どの道を選んでも、

歩き出した瞬間から

それは“自分の道”になる。


そう思えたことが、今日の

小さな前進だった。


遥は空を見上げる。

雲の隙間から差し込む光が、

まるで未来の入口を照らして

いるように見えた。


そして、静かに歩き出す。

光の交差点で息を整えながら、

新しい一歩を胸の奥でそっと

確かめるように。

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