第3話【解説回】地味バフが“神業”扱いされる理由


 ケルベロスが足元で寝息を立てている。


 俺、アキトは岩場の影に座り込み、流れるコメント欄を眺めていた。

 同接は42万。


 さっきの「ケルベロス懐柔」の切り抜きが魔界で拡散され、新規の視聴者が雪崩れ込んできているらしい。

 だが、コメントの流れは少し変わっていた。


@新人オーク:

 動画見てきたけど、何が凄いんだ? ただ撫でただけじゃね?


@下級悪魔B:

 それな。エフェクトも出てないし、本当にスキル使ってる? やらせじゃないの?


 ……まあ、そうなるよな。


 俺は苦笑した。これこそが、俺が勇者パーティを追放された最大の理由――「地味で映えない」問題だ。

 俺の支援術師(バッファー)としてのスタイルは、極限までの効率化にある。


 “見せるための光”を削って、勝つための処理だけを残す。結果、傍目には何もしていないように見える。


「ああ、新規さんもいらっしゃい。……『やらせ』に見えるか。まあ、無理もない」


 俺はカメラに向かって淡々と語りかけた。


 言い訳をするつもりはない。ただ、プロとして技術を説明する義務はある。


「ちょうどいい実験台が来た。ちょっと見ててくれ」


 ここは最下層だ。止まっているだけで、何かしら寄ってくる。


 索敵が、頭上の岩場に潜む影を捉えていた。

 ジャイアント・バット。翼長2メートルの吸血コウモリ。


 奴が俺の首筋を狙って急降下を開始した――その瞬間。


「――展開(セット)。《アクセル》《シールド》《パワー》」


 指先だけで印を結び、三つの支援魔法を0.2秒で同時発動する。


 光はない。音もない。


 だが、身体能力だけが一瞬で跳ね上がった。

 俺は振り返りもせず、背後の空中に向かって裏拳を放った。


 パァンッ!!


 乾いた破裂音。


 襲いかかってきたコウモリは、俺の拳に触れた瞬間、弾丸みたいに弾き飛ばされ、岩壁に激突して動かなくなった。

 エフェクトは一切なし。


 映像だけ見れば――ただの裏拳で魔物を撃墜したようにしか見えない。


@新人オーク:

 は? 今、何した? 魔法使ってないだろ、これ


 コメント欄が困惑で埋まる。


 やはり伝わらないか。俺が肩をすくめかけた、その時だ。

 一人の視聴者が、長文のコメントを投下した。


@インテリ・ゴブリン:

 ――いや、違う。よく見ろ、新人たち。

 今の映像をスロー再生して解析した。

 アキト氏は魔法を使っていないんじゃない。「発動が速すぎて見えない」んだ。


@インテリ・ゴブリン:

 通常、支援魔法の詠唱と発光には2秒かかる。

 だが彼は、術式の「見せる工程」を削り、純粋な魔力干渉だけを抽出している。

 これを魔界の魔術用語で何と呼ぶか知っているか?


@インテリ・ゴブリン:

 《無詠唱・無遅延(ゼロ・レイテンシ)》だ。


 大魔導師クラスしか扱えない、理論上の最適解――遅延ゼロ、だから映らない。


 コメント欄の空気が、ピタリと止まった。


@魔界の一般兵:

 マジかよ……おい、スローで見直してみろ。拳が当たる瞬間、空気が歪んでるぞ!?


@サキュバス姉さん:

 本当だわ。三重の強化(トリプル・ブースト)が、コンマ数秒だけ掛かってる。インパクトの瞬間だけ発動して、消費を抑えてるの……?


@死霊魔術師見習い:

 変態だ(褒め言葉)。こんなの人間界の教科書に載ってないぞ


 流れが変わった。


 インテリ・ゴブリンの解説をきっかけに、視聴者たちが俺の動きを「分析」し始めたのだ。


「解説、助かるよ。……そう、俺の魔法は『見せる』ためじゃない。『勝つ』ために削ぎ落とした結果だ」


 その一言で、コメント欄が爆発的な反応で埋め尽くされる。


@インテリ・ゴブリン:

 美しい合理性だ。私の研究室に招聘したい(10,000魂貨)


@みりおん・あいず:

 地味なんじゃない、洗練されてるのね! アキトくん、すごいすごいすごい!(同接+30,000)


@深淵の貴婦人:

 本質が見えない者には、貴方の価値は分からないわ。……追放した人間たちは、よほど目が悪かったようね(50,000魂貨)


 チャリン、チャリン、チャリン!


 承認の言葉と共に、魂貨(ソウルコイン)の通知音が鳴り響く。

 胸の奥が熱くなる。


 ずっと否定されてきた。「地味だ」「華がない」と笑われてきた俺の技術が、今――実力主義の魔界で、最適解として肯定されている。

 ……悪くない気分だ。


 いや、最高だ。


「助かる。評価ありがとう。……さて、頂いた魂貨のおかげで、ようやく買い物ができそうだ」


 俺は話題を変え、目の前に『ショップ画面』を展開した。


 所持金は、さっきの貴婦人の投げ銭と合わせて約350万魂貨。


 これだけあれば、最下層で生き抜くための「最低限の装備」が揃う。

 商品リストをスクロールし、一つのアイテムをタップする。


【購入確認:魔界式ステルス・テント】

【効果:視覚・嗅覚・魔力探知を完全遮断。Sランク魔獣の縄張りでも安眠可能】

【価格:1,500,000魂貨】


 高い。人間界なら家が買える値段だ。


 だが、今の俺には「太客」がついている。


「ポチッとな」


 購入ボタンを押すと同時に、手元に漆黒の布の塊が出現した。


 これで、いつ襲われるか分からない恐怖に震えながら寝る必要はなくなる。


「よし……今日はここで野営(キャンプ)にする。腹も減ったしな」


 テントを張りながら、カメラに次回の予告をする。


 緊張感のある検証や解説のあとは、少し緩い企画で視聴者を癒やす。配信の鉄則だ。


「次回は『飯』だ。魔界の食材がどれだけ美味いか、試してみようと思う」


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次回:『【飯テロ】魔界食材でキャンプ飯(※叫び声あり)』


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