第6話
無茶苦茶だ。どうやって合わせればいい。
俺は開いた扇を頭上に振りかざす。足を踏み出してその場を回った。
曲調はアップテンポな、俺の推しアイドルが好むダンス系。少しだけセンターを張っている曲に近い。けれど流れは神楽だ。演目は神様と共に祭を祝うもの。
悲しきかな、音を拾ってついていくだけが精一杯だ。祝いの言葉など言う隙もない。
(ちくしょう早い……!)
次の音に合わせて即座に両手を返し、裾を広げる。袴を踏まないよう足を捌く。扇を投げて一回転し、頭上で捉えて強く音を立て開き直す。
ただでさえ時代とともに、何故かアクロバティックな改良が加えられた神楽だ。カッコいいからこの演目にしよう。そう意気込んだご先祖を殴りたい。
回る視界の向こうで、すみわちゃんが音楽に合わせ手拍子をしていた。ウキウキのノリノリである。いやそこは止めて!
片足を上げて方向を変えれば、少し体がぐらついた。腹筋も背筋も痛すぎる。ダンっと足が強く神楽殿の床を叩いた。
推しアイドルたちは皆、こんな早くて辛い練習に耐えているのか。その片鱗に俺も触れているのだろうか。感慨深くて泣きそうである。
言うまでもない現実逃避だ。
「いいぞ内藤弟! 最高だ! その調子で乗っていけ!」
楽しそうなみやま様の声が聞こえる。悪いが殺意しかない。これで神様の為に踊れなど、こっちが笑止千万だ。
俺はようやく見えてきた最後に、息を上擦らせて腕を上げる。疲れた、痛い。無性に体も重い。目が回る。
ああだけど、踊り切らなければ。
ここに立つ以上、俺なら絶対に踊りきれると、そう教わったのだから。
(──誰に?)
一瞬、視界が開けた。青い蝶が一斉に飛んでいく。
冬の抜けるような青空と同化し、どこまでも遠くへ飛んでいく。
声がした。
婆ちゃんに神楽を教わっている時に聞いた、誰かの声が。
大きな太鼓の一拍と共に、俺は一気に現実に引き戻される。やばい、完全に意識が飛んでいた。慌てて最後の一動作に移り、扇を振り下ろす。
は、は、と上擦った息が漏れ、静寂が鼓膜を揺らして、しん、と音を立てた。
もう動けない。もう本当に無理、死ぬ……!
「素晴らしいぞ、さすがだ内藤弟! お前の霊力で俺の神気がみなぎってくる! お前は間違いなく歴代一の舞い手だ、見ろ!」
興奮冷めやらぬ声に促され、俺は汗が流れて死にそうな顔を上げる。視線の先では、毛布をガムテープで留めたみやま様が、両手を広げてふんぞり返っていた。
その手首には、何やら豪勢な金の輪っかが嵌め込まれている。え、それだけ?
「どうだ、この威厳ある金輪を! この艶やかさ、この発光! この俺に相応しい色だ!」
嬉々として喜ぶみやま様に、俺は悪態をつく気力もない。
住所不特定者が宝石店に侵入し、強盗を働いてきたようにしか見えない。誰かそれを売り捌いて、この全裸神にパンツ買ってやれよ。
喋る気力もない俺に、すみわちゃんがタオルを持って駆け寄ってくれた。
「すごいよ清司くん! アレを舞えちゃうなんて!」
「もう無理」
「内藤弟であれば造作もないこと! さぁ次だぞ、もう一曲舞え!」
「もう無理……」
舞い手をこんな疲労困憊にするなど、神様の風上にも置けない。もう一曲などもはや殺人だ。信仰心などクソくらえである。今すぐ土に埋めて葬り去りたい。
しかし神様に人間の常識など関係ないようで、みやま様は俺の襟首をむんずと掴み上げた。
「ぐええっ首が、首が」
「そんな柔でどうする内藤弟! お前はこれからも俺に仕えるのだぞ、神に喜びを献上しろ」
「喜びも幸せもあるかこの理不尽……!」
無理やり俺を立たせた神様は、足取り軽く自分の式に命令を出している。
次の曲調はクラブミュージックらしい。体全体を揺さぶる重低音が、『さぁ』が鳴らす笛から発せられ失神しそうだ。
いやマジで、本当に無理すぎる。こんなことを毎週末やらされるなんて。
俺は魂を抜かれる気分で、がっくりと肩を落とした。
ほとほと疲れて実家に戻り、開口一番に聞いたのは婆ちゃんのお説教だった。
「清司さん。今の神楽に不満があるのは分かりますが、現代風に変えるなど。今一度考え直しなさい」
それはそう。
俺のせいじゃないのに、とはもちろん言えず、粛々とお説教を受け入れるしかない。あれだけ爆音で流していれば、それは実家にも聞こえるだろう。
近所の人から、ボロ神社だから集客の為に趣向を変えたのかと、問い合わせもきたようだ。
父さんと母さんは楽しんでいたらしいが、婆ちゃんはまぁ無理だろう。
普通に恥ずかしい。弁明したい。しかし言ったところで、俺の頭がおかしい判定になってしまう。
これで社務所では、みやま様が満面の笑顔で菓子を食べているのだから、憤りもひとしおだ。
やっぱり問題上司に煮湯を飲まされた。
俺は更に落ち込みつつ、帰り支度を済ませ家を後にする。母さんが一週間分の作り置きを持たせてくれたのは、かなり有り難かった。
社務員用の駐車場に停めた車に戻ると、俺は不意に視線を感じて顔を上げる。
駐車場から境内に入る砂利の通路に、誰かが立ってこちらを眺めていた。
(うっ、もしかしてお客さんが、さっきの音を聞いて……!?)
少し身構えてしまったが、杞憂だったようだ。
目深に帽子を被ったその人は、顔を逸らすと境内に入らず歩いていく。
睨まれていた気がするが気のせいだろうか。いや待てよ、あんな神楽を続けていたら、騒音被害で訴えられるかもしれない。
俺は青い顔で車に乗り込むと、対策案を捻り出しながら車のエンジンを入れた。
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