【2】神楽に多様性は要りません

第4話


 

 

 

 ひとまず神楽殿は寒すぎるので、社務所に移動してストーブを付ける。

 昔懐かしい、煙突式のストーブだ。太いパイプが天井に伸びて邪魔にもなるが、ヤカンの水を沸かしたり、餅を焼いたりと、結構重宝する代物である。

 と、現実逃避気味な思考を引きずり戻し、俺は長椅子でふんぞり返る神様を一瞥した。

 人外すみわちゃんに熱い緑茶を淹れてもらい、ほっと息をついている。顔面を隠す髪の毛が邪魔そうだが、切る手段もなかった。

 俺は倉庫から災害用の毛布を引っ張り出すと、神様に向けて差し出す。

 

「とりあえずお使いください。寒そうなので」

「要らん。この姿が寒く見えるのは、人間の感性ゆえだ。俺は頑丈だから寒さなど」

「いや、あの、寒そうと言うのは建前でもありまして」

「要らんと言っている。まさかお前、この俺が貧相になっているからと憐んでいるのか!? 笑止千万!!」 

「憐れむ以前の問題だろうが局部が見えそうなんだよ変質者!! 女の子の前で言わせんな変態!!」

 

 毛布を叩きつけて、はぁ、と息を吐く。誤用なのは百も承知だが、頭痛が痛くなってきた。

 俺は冷たいパイプ椅子に腰を下ろすと、改めて神様に向き直る。

 見れば見るほど、子供の頃に幻想を抱いた神様と程遠い。態度はデカいのに腕や足は折れそうに細く、長髪もほつれたり、飛び出したり、まぁ酷い有様だ。

 神社で祀っていたのが、ヒョロガリでっかいボサボサ神様だったなんて。

 参拝客の無垢な心を返してほしいものである。

 

「で、ええと、みやま様は俺にどんなご用件なんですか?」

「みやま様!? お前、この俺を捕まえておいて変な略称を使うな!」

「長い名前で覚え難いので……」

「それなら荒津夜枷雄之神あらつやかせおのかみの方が、よほど舌を噛みそうだろう!!」

 

 誰だその早口言葉みたいな名前は。

 憤慨する神様、もといみやま様を胡乱げに眺める。人外すみわちゃんに腕を小突かれ、 男はハッとして咳払いした。

 

「要件というのは他でもない。お前がようやく舞い手として、俺に仕える気になったのだ。それを歓迎してやろうと思ってな!」

「何の話!? 違いますけど!?」

 

 週末かんなぎを引き受けたのは、父さんに拝み倒されたからだ。

 推しのライブを蹴ってまで、ちょっと泣きそうになってまでやってきたのだ。断じてこんな神様に仕えるためではない。

 憤る俺に、みやま様は怪訝な顔で首を傾げる。

 

「内藤弟、お前の舞は俺のためにあるのだ。仕える以外の選択肢がどこにある?」

「なんでそんな不思議そうなの!?」

「ちょっとちょっと、主上? それじゃ清司くんも話が見えませんって」

 

 全く話が進まない男二人に焦れたのか、人外すみわちゃんが割って入った。

 俺の前にも熱い緑茶を用意してくれ、彼女は人差し指を顔の前に掲げる。

 

「実はね、清司くん。主上の言い方はアレだけど、これは神社にも必要なことなの」


 すみわちゃんの話によると、この神社が荒れているのは、みやま様の神気が十分でないからだという。

 この神様の力が戻らなければ、いくら掃除をして参拝客を呼び込んでも、神社は衰退していく一方らしい。

 つまりここで俺が見放せば、神社衰退の片棒を担ぐことになる。逆に俺がみやま様に仕えるつもりで神楽を舞えば、神社の状態は自ずと回復していく。

 正直に言えば全く理解の範疇を越えるが、それが真実なら悪い話ではない。

 なにせ神社が綺麗になれば、寄りつかない神職も減るだろう。神楽の舞い手も増える。週末に開催される推しのライブを巡りたい、俺の負担も減る。

 一石二鳥かも……と心が揺れるが、俺はそっとみやま様を見た。

 

 (そうは言っても、胡散臭ぇ……!)

 

 相手は突然現れた変質者。はいそうですか、お仕えします……と両手もろてを上げて賛成できない。信頼して大丈夫そうな元女子高生の、上司と言えどだ。

 取引先の担当者と仕事が楽しくても、その上司が良い人とは限らない。そう、限らないのである。仕事でそんな状況に陥り、煮湯を飲んだ俺には分かる。

 俺はうんうん唸って考えたのち、ひとまず現在の結論を出すことにした。

 

「俺が週末に神楽を舞う事は決定事項ですし、ひとまず、そこで妥協してください」

「俺への信仰心を妥協しろだと!? これだから人間は! この俺がいるから、この土地は平穏無事なのだぞ!」

「ソーデスカー、スゴイデスネー」

「お前ぜんぜん感情が伴っていない!!」

 

 長椅子に座ったまま癇癪を起こす様は、図体の大きな子供のようだ。今どきの子供の方が大人かもしれない。

 俺が適当にあしらっていると、みやま様は何か思い出したのか、そうだ、と手を叩いた。

 

「俺の力が分からないから、そんな態度なのだな。良いだろう、俺の力を見せてやろう!」

「へ?」

「いでよ、三管三鼓の式神たちよ!」

 

 カッと眩い光が社務所を貫いた。あまりの唐突さに、俺はもろに光を食らって悲鳴をあげる。

 蛍光灯が薄暗い社務所で浴びていい光ではない。目がチカチカして涙が出てきた。ちくしょう、やっぱりただの変人だ!

 目蓋を拭い、赤や青に点滅する視界でみやま様を見る。いや、正確にはその足元だ。

 そこには、三角おにぎりに短くて丸い手足が生えたような、何だかよく分からない存在が六体いた。しかも額……らしき部分に、何やら文字が書いてある。

 

「……え、何……? 『はぁ』、『どっこい』、『えいや』、『さぁ』、『いよ〜』、『ぽん』……?」

 

 続けて読むと六体のそれらは、それぞれ書いてある通りの言葉で鳴き声を上げた。

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