第2話


 


 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 父さんに泣き落とされ、俺は渋々、神社に顔を出していた。

 小さい頃からだが、現在は更にボロい神社である。冬の晴れ間で清々しい日光を受けても、ここだけ陰鬱としているようだ。

 立派な参拝殿もところどころ剥げて、賽銭箱は一部ネジが飛んでいる。敷いた玉砂利は本来あった美しさの見る影もない。

 すれ違う参拝客もほとんどいなく、いても近所の小学生が近道に走っていくだけだ。

 

「あれ? もしかして清司くん?」

「すみわちゃん?」

 

 俺が参拝殿を見上げていると、背後から声をかけられて振り返った。

 箒を持ってキョトンとしている、浅葱色の装束をまとった女の子、──すみわちゃん。ちょっと古風な珍しい名前だが、俺の従姉妹である女子高生だ。

 すみわちゃんはパッと顔を輝かせると、小走りに近寄ってきた。

 

「え、久しぶりだね清司くん! 嬉しい! いつきたの?」

「ええと、今朝に、ちょっとね」

「本当? あ、そうだ、社務所にいっぱいお菓子あるよ! お茶も用意するね!」

 

 両手に持った庭箒でダンスをするように、すみわちゃんがくるくる回る。本当に嬉しそうだ。

 なかなか神職が定着しない迦久良かくら神社で、すみわちゃんは権禰宜ごんねぎとして手伝ってくれている。まぁ言うなれば、神主である父さんの補佐だ。俺とは十歳以上離れているが、責任感のある優秀な娘さんである。

 

「清司くん、大福食べる? あ、この前もらった干し柿もあるよ! お茶はどれがいい?」

「お構いなく……、待って待って、そんなに食べられない」

「あ、ごめんなさい! 清司くんのことは、小さい時から見てるから、つい」

「いや、すみわちゃん、俺より年下でしょ……」

 

 にこにこと社務所の机に菓子を並べる姿は、少し母さんの実家を思い出す。向こうの祖父母と同じく、まるで孫を猫可愛がりするようだ。すみわちゃんは女子高生だけども。

 ポニーテールが似合う可愛い女子高生に、あれこれ世話を焼かせて、ちょっと申し訳なさすらある。

 

「今日はちょっと、婆ちゃんと用事があって」

「カミヨお婆ちゃんと?」

「清司さん、お待たせしました」

 

 苦笑を浮かべる俺の返答に、やっぱりキョトンとした顔をするすみわちゃんは、社務所の入り口に顔を向ける。

 ぎこちなく声をした方を見れば、婆ちゃんは大きめな紙袋を持っていた。そうしてすみわちゃんを見やり、頷く。

 

「すみわさん、着付けを手伝ってくれますか」

「着付け? 喜んで! って、誰の?」

「清奈さんの代役として、清司さんには週末、神楽を舞ってもらうことになりました」

「え!?」

 

 すみわちゃん渾身の驚愕が響く。

 それはそうだ。今まで年末年始しか実家に帰らなかった男が、いきなり週末かんなぎである。

 というか神楽なんて久しぶりすぎて、まともに動けるかも分からない。最近はダンスといえば、推しの振り付けを覚えるくらいしかしていない。

 やっぱり安請け負いするんじゃなかった。まほろちゃんの顔が見たい。スマホの待ち受け変えようかな。

 

「清司さんの神楽!? やったー!! これで瑞天迦久良之尊みあまかくらのみことさまも喜ぶよ!!」

 

 え、誰だっけ?

 長ったらしい名前が、神社に祀られた神様だと理解する前に、俺は社務所の奥にある更衣室に押し込まれた。

 あれよあれよと、神楽の舞装束に吊し上げられ……ではなく着替えさせられ、神楽殿に登るよう指示される。

 誰も見ていないとはいえ、いや、高いところから見るとマジで誰も居ない。この神社の行く末が確かに心配になるほどだ。

 

「いや待ってくれ婆ちゃんさま!? いきなりすぎないですか!?」

「清司さんほどの実力者であれば、造作もないことでしょう」

「何言ってんの!? 俺が教わったの高校生までよ!? マジで年単位で何もやってないですよ!?」

 

 すみわちゃんから満面の笑みで扇を押し付けられた。

 金糸で刺繍が施された朱色の扇子。豪華だけど少し重い。なんなら舞装束すら、着慣れなさすぎて重い。裾を踏んづけて転びそうだ。かといって、準備運動すらさせてもらえる雰囲気じゃない。なんでだよ辛い。

 婆ちゃんは神楽殿に用意された、楽団が座る位置に腰を落ち着かせる。そうして紙袋から箱を取り出した。

 小さめの堤太鼓だ。昔は舞い手に対し、きちんと六人の奏者がいたらしいが、今は婆ちゃんの太鼓しかない。そういえば母さんが教わっていると聞いた。

 婆ちゃんの目が俺に向いて、構えろと鋭く促す。ちくしょう鬼婆め!

 

「ああもう、分かった分かった、やりますよ!」

 

 俺は高校生まで培った記憶を頼りに、すっと扇を広げて前に構えた。

 とりあえず出来ない証明にもなるだろう。もしかしたらあまりの出来の悪さに、婆ちゃんも考えを改めるかもしれない。いや、逆かな……。

 ぽんっと拍子が響いた。

 婆ちゃんから、身を引き締めなさいとする合図だ。

 続いて、ぽんぽん、ぽんっと三回鳴った。祈祷の舞を所望らしい。ゆっくりなのにキツい体勢が多い神楽だぞ。心が折れそうだ。

 音に合わせて片足を前に出す。扇を捻って飾り紐を揺らし、上半身を倒し体の向きを変える。

 

 (この体勢辛い! ライブでもこんな振り付けしないし、うわ、腕つる! ああくそっ背骨折れそう!)

 

 耳に入る拍子の音をよく聞いて、装束の裾を引く。腕を前に出す。視線を流す。

 片足を上げて回って、しなやかに背を逸らす。

 視界の隅では両手の指先を組み、キラキラした顔でこちらを見るすみわちゃんが見えた。これは少し嬉しい。女子高生にカッコつけられたかも。

 

 (まぁそもそも、嫌いでは、ないんだけどさ)

 

 神楽を舞うことは、俺は姉ちゃんほど嫌いではない。積極的にやりたいことではないけれど。

 正式な神事の際は面をつけるし、なんというか、別人になれる気がするのだ。

 自分が何者かになれたような。

 そう思った瞬間、どこからか、涼やかな笛の音色が聞こえた気がした。

 目の前に枯れ木から落ちた葉が舞って、誰かの姿を映す。大学生くらいの男だろうか。そいつは青い長髪を首の後ろで束ね、派手な着物を羽織り、俺に向かって盃を掲げて見せる。

 ちょっと胸が軽くなる、穏やかな顔だった。

 まるで、俺の舞を心から楽しんでいるような──。

 

 (あれ?)

 

 ぽんと柔らかい太鼓の音がした。

 自分も足音を立てれば、目の前にあった光景はいつもの神楽殿だ。俺は戸惑いながらも最後の動作に集中する。

 静かに扇を閉じて腰を落とす。

 一拍の静寂の後、ようやく終わった安堵で息が漏れる。どっと汗が吹き出した。

 え、なんだ、今の。

 

「あ、あれ、いまさっき、ぶべっ!?」

「清司くん、かっこいい! すごい! やっぱり清司くんしか居ないよ!」

 

 よろよろと膝を着きかけた瞬間、すみわちゃんに体当たりされて、顔面が床に激突した。普通に痛い!

 すみわちゃんから、何か気になることを言われた気がしたが、俺の思考は明後日の方に飛んでいった。

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