男神インザ内藤

こうの小春

神楽殿にミラーボールは要りません!

【1】全裸神は信仰できません

第1話


 その男は、神社の神楽殿に突如として現れた。

 

「よく来た、内藤弟! お前が生まれた時から待ってたぞ、ようやくかんなぎとして俺に仕える気になったか!」

 

 足首まで伸びて、顔も見えないボサボサの青い髪。俺よりも若い声だけど、棒人間みたいにヒョロガリで、デカい。

 どういう原理か知らないが、後光が差すみたいに青白く光っている──素っ裸の男。

 わぁ、全体的にちょっと青くて、俺の推しアイドルみたいだなぁ。

 

 (って現実逃避してる場合じゃない、変質者だーっ!!)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 職場のデスクの隅に置いたスマホが、微かに光ったのが見えた。

 夕方提出の書類をようやく打ち込み終えた俺は、そわそわとスマホの画面を覗き込む。上部に表示された通信欄には、推しアイドルのライブ開催に向けた通知が複数。ピコピコと続けて表示され始めていた。

 

 (よっしゃキタキター! ああ、神様仏様女神様! ほんっとうに席のご用意をありがとうございます!!)

 

 喜びのニヤニヤが抑えきれず、周囲の目を盗んでスマホを引き寄せる。タップして画面を表示させると、待ち受けには推しをイメージした青い紅茶。さらに進んだホーム画面には、推しグループの名前がデカデカと映し出された。

 『みんな準備はいい? わたしはバッチリだよ!』

 『もう直ぐ開催! 応援よろしく!』

 相変わらず快活さを感じさせる文章だ。SNSのアイコンも相まって、脳内再生も万全である。

 

「内藤、内藤、通知来たか?」

 

 隣の席から、こそこそと呼びかけられて顔を上げた。

 青い鳥チャームをスマホから垂らし、狐っぽい顔の同期が、俺と同じくウキウキで笑みを浮かべている。

 

「来た来た! 高斗たかとはどこ当たったんだっけ、二階?」

「そうそう。だけど今回の会場は島アリだろ? 超いい席!」

 

 仕事に勤しむ空間の邪魔にならないよう、二人とも小声で盛り上がる。

 この週末は俺たち同担の念願ライブだ。なにせ推しが初センターなのである。このチケットを獲得するのに、どれだけネットに張り付いたか分からない。

 上司と共に変な案件と格闘したのも、先輩との飲み会にいやいや付き合ったのも、同期の発注ミスで俺の仕事がやばくなっても、全てはこのライブの為に頑張ったのだ。喜びもひとしおである。

 楽しみだなぁ……と、うっとりして画面を見つめていれば、次の通知がピコンと振動する。

 

『清司くんへ。父です。今週末、実家に帰省してほしいです。火急の要件です……』

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 無駄にデカいボロ神社の境内に響くのではないかと、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「姉ちゃんが居なくなったぁ!?」

 

 うん……と、畳に正座する父さんは、しょげた顔で縮こまる。隣で母さんも困った笑みを浮かべていた。

 同じく正座する俺の前に、婆ちゃんが気難しい澄まし顔でお茶を淹れてくれる。

 

清奈せいなさんがいる場所は、大体は分かるんだけど、いくらメッセージしても返事がなくて」

「旦那さんは?」

「いや、それがですね……」

 

 父と母が苦心して聞き取った内容によると、神社の跡取りとして迎えた旦那が、本当は働きたかったと言い出したらしい。

 同じく神社などまっぴら姉ちゃんは、それはそれは喜んだ。愛し合う二人はそのまま、大都会に出て行ってしまったとさ、ちゃんちゃん。

 

 (いやいや姉ちゃん、まじかよ……!!)

 

 確かに姉ちゃんは、子供の時から俺以上に、神社を継ぐことに反発していた。

 両親から不自由を強いられたことはない。しかしなにせ継ぐ神社があまりにボロい。デカいのにボロすぎて、参拝客すらほとんどいない。

 境内はいくら掃除しても綺麗にならないし、修繕しても柱は剥げてくるし、まぁ継ぎたくない気持ちも分かる。

 しかし別の神社から来たイケメン旦那と結婚し、ころっと態度を変えて、社務所で働いていたはずなのだ。

 俺はいろいろショックすぎて、口を半開きにしたまま硬直する。

 今日行くはずだったライブ。実家に何かあったのかと断腸の思いで諦め、同期戦士に物販を頼んだのに。

 こんな姉ちゃん夫婦に、俺の楽しみをブチのめされるなんて。

 放心している俺に父さんは、更に申し訳なさそうに視線を向けてくる。

 

「それで清司くんを呼んだのは、もう一つあって」

「……え、何?」

「週末だけ、かんなぎとして神楽を舞って欲しいんです」

「……、……え!? なんで!?」

 

 俺の反応はたぶん予想通りだったのだろう。父さんはますますしょげていた。

 いや当然だ。

 だって俺は家を出て、普通に会社員をしている身の上である。ホワイト企業でなるべく休みが多い職場を探し、必死に就職したのだ。全ては週末にライブが多い推しのために。

 職場で同担の同期と意気投合し、仕事と一人暮らしの両立も慣れて、人生真っ盛りなのに!

 唖然とする俺と父さんの間に、婆ちゃんの咳払いが割り込んだ。

 

「清司さん。あなたに生活があることは分かっています。そもそも発端は、清奈さんと意思疎通を疎かにした、お父さんの問題ですからね」

「は、はぁ」

「ですが今、迦久良かくら神社が衰退を辿っていることも事実。ご先祖様が残してくださった神社を、私たちの代で終わらせる訳には参りません」

「う、まぁ、そうですね」

「清司さんがホワイト企業に就職したのも、こうやって神楽の舞手として戻ってくる布石だったのでしょう」

「違いますけど?」

 

 (違いますけど!?)


 眉間に寄った皺が戻らず、キリッとした顔の婆ちゃんは、俺の話はあんまり聞いてない。

 というか弟の立場で考えると、姉ちゃんが神社に嫌気が刺した原因の半分は、この婆ちゃんにある。いや、婆ちゃんの名誉に誓って言うが、孫思いのいい婆ちゃんなのだ。ちょっと神楽に関してスパルタなだけで。

 俺だって半分くらい、かんなぎ職に就きたくなくて、就職に逃げたと言っていいかもしれない。

 

「頼む清司くん! お父さんを助けてください!」

「いやいやいや」

「お父さん、神楽だけは無理なんだよ〜! 頑張って練習しても運動音痴が祟って、全然リズムに乗れないんだ!」

 

 小学校の運動会であった父兄参加のダンスも、腕を上げて下げるだけなのにズレるぐらいだし、分かるけども……!

 俺に縋り付いて情けなく叫ぶ父さんと、今が時だと息巻く婆ちゃんに挟まれて、俺は白目を剥きそうだ。

 二人の言い分は分かる。俺だって迦久良かくら神社で育ってきた。大事にしたい気持ちはよく分かる。

 よく分かるが俺の週末は、推しのためにあるわけで!

 いや本当になんでだよ姉ちゃん――ッ!!

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