第3話 選ばれなかった理由
朝の光が、
窓から差し込んでいた。
いつもなら、
心地よく感じるはずの
柔らかな光。
今日は、
ただ眩しい。
ルーチェは、
カウンターに手をつき、
ゆっくりと
息を吐いた。
目は、
重い。
一睡も
できなかった。
涙が枯れるまで
泣いたわけでもない。
ただ、
目を閉じるたびに、
あの光景が
浮かぶ。
月明かり。
王女リーンの笑顔。
ロバートの手。
「……仕事しなきゃ」
自分に言い聞かせ、
店の準備を始める。
包帯を整え、
薬草を並べ、
器具を磨く。
手は、
覚えている。
心が追いつかない
だけで。
カラン、と
扉の鈴が鳴った。
反射的に、
顔を上げる。
そこに立っていたのは、
ロバートだった。
一瞬、
世界が止まる。
胸が、
強く
締め付けられた。
「……来たんだ」
声は、
自分でも驚くほど
平坦だった。
ロバートは、
気まずそうに
視線を泳がせ、
店内を見回す。
「話がある」
短く、
そう言った。
「そう」
それ以上、
何も返せない。
逃げたい。
帰ってほしい。
けれど、
逃げたままでは
終われない。
ルーチェは、
深く息を吸い、
椅子を指差した。
「閉店前までなら」
「……ありがとう」
二人は、
向かい合って
座った。
この距離が、
ひどく
遠く感じる。
沈黙が、
重い。
先に口を開いたのは、
ロバートだった。
「昨日は……
驚かせて
ごめん」
「そうだね」
それだけ、
返す。
責める言葉も、
泣き言も、
もう
出てこない。
ロバートは、
唇を噛み、
しばらく
黙り込んだ。
「俺は……」
「正直に
話すよ」
その前置きに、
胸が
ざわつく。
「君と
付き合っていた
時間は、
本物だった」
「でも――」
「でも、
何?」
声が、
少しだけ
低くなる。
ロバートは、
目を伏せた。
「王女リーンと
出会って、
世界が
変わった」
その言葉は、
予想していたのに、
痛い。
「彼女は、
特別なんだ」
「身分も、
立場も、
何もかもが
違う」
「でも、
だからこそ……」
「惹かれた?」
ルーチェは、
淡々と
言葉を繋ぐ。
ロバートは、
小さく
頷いた。
「君には、
申し訳ないと
思ってる」
「……そう」
「思ってるなら、
なぜ
隠してたの?」
ロバートの肩が、
わずかに
揺れた。
「言えなかった」
「君を
傷つけたく
なかった」
その言葉に、
胸が
チクリと
痛む。
「結果は、
同じだよ」
静かに、
そう告げる。
「傷ついた」
「それも、
一番
嫌な形で」
ロバートは、
言葉を
失った。
「私ね」
ルーチェは、
自分の
手を見る。
少しだけ、
震えている。
「未来のこと、
考えてた」
「一緒に
店を大きくして、
この街で
生きていく」
「そういう
話も、
したよね」
「ああ……」
「それは、
全部
なかったこと?」
ロバートは、
すぐに
答えられなかった。
沈黙が、
答えだった。
「……ごめん」
その一言で、
全てが
終わる。
「私が
足りなかった?」
問いかけは、
自然と
口から出ていた。
「ヒーラーだから?」
「王女みたいに
輝いて
いなかったから?」
ロバートは、
慌てて
首を振る。
「違う」
「君は、
悪くない」
「ただ……」
「ただ?」
「選べなかった」
その言葉に、
ルーチェは
小さく
笑った。
「違うよ」
「選んだんだよ」
「王女を」
その事実を、
はっきりと
突きつける。
ロバートは、
何も
言えなかった。
「ねえ」
ルーチェは、
顔を上げ、
真っ直ぐに
彼を見る。
「王女は、
本気?」
その問いに、
ロバートは
戸惑った。
「それは……」
「わからない?」
「……ああ」
その答えに、
妙な
納得が
あった。
「そう」
「でも、
あなたは
行くんだ」
「王女の
もとへ」
ロバートは、
小さく
頷く。
「それが、
答えだね」
ルーチェは、
立ち上がった。
話は、
終わった。
「もう、
ここには
来ないで」
声は、
静かだった。
「私、
前を向く」
「恋愛に
振り回されるのは、
もう
終わり」
「仕事が
ある」
「この店が
ある」
「だから……」
「さようなら」
ロバートは、
何か言おうと
した。
けれど、
言葉は
出なかった。
しばらくして、
立ち上がり、
扉へ向かう。
カラン、と
鈴が鳴る。
その音が、
やけに
大きく響いた。
扉が
閉まる。
完全な、
静寂。
ルーチェは、
その場に
立ち尽くした。
涙は、
出なかった。
代わりに、
胸の奥が
ひどく
静かだった。
「……選ばれなかった」
その言葉を、
心の中で
繰り返す。
悔しさも、
悲しみも、
全部、
抱えたまま。
それでも。
生きていく。
この店で。
この街で。
ルーチェは、
ゆっくりと
エプロンを
身につけた。
今日も
開いている。
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