第4話 恋を捨てる決意
扉が閉まったあと、
静けさだけが
残っていた。
昼前の光が、
窓から差し込み、
床に淡い影を落とす。
いつもと同じ、
はずの風景。
それなのに、
何かが
決定的に違っていた。
ルーチェは、
しばらく
その場から
動けなかった。
ロバートの
背中が、
まだ
視界に残っている
気がした。
「……終わったんだ」
声に出すと、
それは
現実として
胸に落ちてきた。
終わった。
恋も、
未来の話も、
信じていた時間も。
すべて、
ここで。
ルーチェは、
ゆっくりと
カウンターの内側に
戻った。
エプロンの紐を、
結び直す。
指先が、
少しだけ
震えていた。
「……大丈夫」
誰に
言い聞かせる
わけでもなく、
小さく呟く。
仕事がある。
この店がある。
それだけで、
生きていける。
そう、
思いたかった。
カラン、と
鈴が鳴った。
顔を上げると、
常連の老婆が
立っていた。
「おや、
今日は早いね」
「はい」
無理に
笑顔を作る。
「少し、
腰をね」
いつものように、
治癒を施す。
ヒール。
淡い光が、
手のひらから
広がる。
老婆は、
ほっとしたように
息を吐いた。
「助かったよ」
「あなたが
いると、
安心する」
その言葉が、
胸に
じんわりと
染みた。
「ありがとうございます」
深く、
頭を下げる。
人の役に
立っている。
必要と
されている。
それは、
確かなことだった。
恋人として
選ばれなくても。
ヒーラーとしての
自分は、
ここにいる。
次々と
訪れる客。
軽い怪我、
疲労、
古傷の痛み。
ルーチェは、
黙々と
癒やし続けた。
考えないように
すれば、
手は
動く。
でも、
ふとした瞬間に、
胸が
きしむ。
ロバートの
声。
笑顔。
「大丈夫だよ」
そう言って、
頭を撫でた
感触。
そのたびに、
奥歯を
噛みしめる。
「……やめよう」
心の中で、
何度も
言う。
考えるのは、
もうやめよう。
恋をすると、
期待してしまう。
期待すると、
裏切られる。
だったら。
最初から、
持たなければ
いい。
夕方、
店を閉める頃には、
体よりも
心が
疲れていた。
ルーチェは、
店の奥の
小さな部屋へ
入る。
簡素な寝台。
小さな机。
ここが、
自分の
生活のすべてだ。
椅子に座り、
手を
見つめる。
この手で、
どれだけの人を
癒やしてきただろう。
恋人の
手を
握るよりも、
多く。
「……私には、
これがある」
声に出すと、
少しだけ
力が
戻ってくる。
王女リーンの
姿が、
脳裏を
よぎる。
輝く髪。
高価な衣装。
迷いのない笑顔。
比べても、
意味はない。
最初から、
勝負に
ならなかった。
そう
思うことで、
心を
守ろうとする。
でも、
どこかで
自分を
否定している
ことにも、
気づいていた。
「……違う」
小さく、
首を振る。
負けたわけじゃ
ない。
選ばれなかった
だけ。
それと、
価値は
別だ。
ルーチェは、
ゆっくりと
立ち上がった。
鏡の前に
立つ。
そこに映るのは、
疲れた顔の
少女。
けれど、
目は
まだ
死んでいない。
「私は、
私の人生を
生きる」
鏡の中の
自分に
語りかける。
「恋愛に
振り回されるのは、
もう
終わり」
「誰かに
選ばれるために
生きない」
「自分のために
生きる」
一つ一つ、
言葉を
刻むように。
胸の奥で、
何かが
静かに
固まっていく。
それは、
諦めでは
なかった。
決意だった。
その夜、
久しぶりに
眠れた。
夢は、
見なかった。
翌朝。
ルーチェは、
少し早く
目を覚ました。
窓を開けると、
新しい朝の空気が
流れ込む。
深く、
息を吸う。
「……よし」
看板を
磨く。
扉を
開ける。
いつもより、
少しだけ
背筋を
伸ばして。
「いらっしゃいませ」
最初の客に、
はっきりと
声をかける。
恋は、
もう
追わない。
けれど、
人生は、
止めない。
仕事一筋。
趣味も、
満喫する。
それで
いい。
それが、
今の
私。
ルーチェは、
そう
心に決めた。
その決意が、
やがて
誰かの目に
どう映るか。
このときの
彼女は、
まだ
知らなかった。
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