2章5話:街の花嫁

 待ち伏せによって集団下校を余儀なくされた僕だったけど、とりあえずニコラが居ないのがまだ救いか。いや居ないなら居ないで怖いんだけどさ。


「今日も楽しかったな! 進学してから毎日充実してるなぁ。明日は俺の友達を紹介するよ。ほの囮もすぐに仲良くなれるはずさ!」

「はぁ、友達」


 海知の友達ということは、既にコイツが何か吹き込んでる可能性が高いし友達にはなれないだろう。というか過去にこいつの友達とまともに友人関係を築けたことが一度もない。


「んー、まぁ楽しみにしとく」

「あぁ!」


 僕の態度に海知は何も疑問は抱かないらしい。とは言えこちらをチラチラ見ては赤い顔で向こうを向いたりする。こちらからしたら茶番でしかない。

 でもまぁ確かに海知や夏葉からすれば、僕は土日で一気に髪が伸びて顔だちはさらに女性的になってるわけだし、気になるのも仕方ないのかな? あまりまじまじと見られるのは嫌なので前髪を伸ばしてメカクレ状態にして眼鏡をかけているが、はてさて効果のほどは如何に。


「で、ちなみにニコラは?」

「ニコラなら用事があるとか言って教室に残ってたわよ? なんかクラスの男の子たちと話すことがあるんだって。やっとニコラの恋バナも聞けるのかしら!? きゃああ!」

「恋バナねぇ」


 ニコラ当人は夏葉が好きなので少なくともその説はないが、こうして想い人に相手にされてない感出てるのはザマァねぇなと思う。あ、それ中学時代の僕に効く!

 しかし問題なのはクラスに残ってやってることの方だ。ロクでもないこと企んでるのは明白だけど、さてどうでるやら。

 向こうは僕の記憶を消し去ったと思い込んでるから、暫くは様子見するだろうな。その間にこっちも何か策を弄する必要があるんだけど。


「ほの囮?」


 考え込んでいると、不思議そうに夏葉が顔を覗き込んできた。そのまましばらく僕を見ている。何か顔についてる?


「どしたの?」

「…………なんか変」

「いやいや、いつも通りでしょ。ちょっと考え事してただけ。それよりニコラの恋バナ? 楽しみだな」


 心にも無さすぎる発言に自分でも笑ってしまった。ふふんと鼻を鳴らす程度だったが、しかし隣ではもっとニコニコ笑ってる女の子がいる。月潟琵樹だ。


「で、お前はなんでそんな楽しそうなの?」

「お友達と下校だなんてなんだか青春って感じがするもの。楽しいなあ、楽しいなあ」


 かみさまがついぞ見せることのなかった、何も考えてなさそうな満遍の笑み。あまりにも害意も敵意もない普通の笑みに思わず毒気が抜かれてしまう。

 彼女の正体がわからない以上、迂闊には踏み込めない。けれど僕は月潟に聞いてみたいことがあった。


「なぁ、お前」

「琵樹」

「へ?」

「お前じゃなくて、琵樹。琵琶の琵に樹海の樹で琵樹。どう、可愛いでしょ?」

「………………月潟」

「あ、意地悪だ〜」


 袖を口に当て、くすくすと笑いながら揶揄ってくる。一挙手一投足があざといんだよコイツ……。



「月潟は、この街が好きか?」



 なんとなく聞いてみたかったこと。彼女はかみさまじゃない。かみさまは僕であり『私』だ。

 けれどもし、彼女がかみさまと何らかの関わりがあるのだとしたら……。この街についてどう思っているのかとても気になっている。

 でもこんな質問、普通直ぐには答えられない。変なこと聞いちゃったな、なんて少し反省したところ、





「嫌いだよ」





 即答だった。

 思わず息を呑むほどに、彼女の表情は美しかった。少し頬を緩めてそんなことを言うものだから、思わず僕は足を止めてしまった。

 しかしそれも数秒、月潟があざとげに首を傾げると僕の緊張も解けてしまった。


「だって百合カップルいないんだもん……かなちい……」

「えぇ…………」

「てぇてぇ関係が見たいの。ライトなものからヘビーなものまで、なんでもござれの百合狂乱! 1番好きなのはダーク百合……読み物としては最高の部類だよねー!」

「助けて……」


 話が噛み合わないので目を逸らして前の連中を見ると、夏葉が海知と談笑していた。

 昔の僕ならこの瞬間心臓が酷く重くなっていただろうけど、今は違う。なんというか、ヒーローとメインヒロインの関係を見た感覚。そうだよ、海知には夏葉が、夏葉には海知がお似合いだ。これは本心から言える。


「楽しそうだね、夏葉」

「あれで隠せてると思ってるからすごいよ。まぁあれで気づいてない海知はすごい通り越してキモいけど」

「辛辣〜。……でもほの囮くん、優しいんだね」

「………?」

「夏葉のこと好きなんでしょ?」

「…………ニコラからは海知のことが好きだと教えてもらってたよな」


 一体どこからそれを読み取ったのだか。


「なんとなーく4人の関係見てたら見えてくるものがあるよねー。ああ、でももう夏葉に気は向いてないんだ。残念、ほの囮くんの恋バナ聞きたかったのに」

「……………探偵か何かなの?」


 軽口を叩いたつもりだったが、月潟はクスりと笑いながら指を指して言った。




「そだね。私は名探偵なんだ。だから、君のことをもっと知ってみたいって思ってるよ」




 わからない。

 彼女がわからない。

 この飄々とした感じはいかにもかみさまらしさを感じる。けれどその節々からかみさまの如き畏怖を感じない。

 お前は、一体何者なんだ?


「おおーい! ほの囮、琵樹! 早くこいよ! 良いものがみれるぞ!」

「はやくー! 特に琵樹はみておいた方がいいわよー!」


 だいぶ前を歩いていた海知と夏葉の大声で我に帰る。月潟もなんだろう、と言った顔でこっちをみていた。

 2人で小走りで住宅街へ続く階段を降りると、そこには、



「わぁあああ!」

「あー…………」



 目を輝かせる月潟、目が死んでいく僕。これが対比ってやつだな、美しいな。目の前の光景は僕にとってこの街の嫌なところを煮詰めたような光景だが。

 夕暮れ時の街に似つかわしくない真っ白い服。いわゆるウエディングドレスと呼ばれ、結婚式でのみ見ることの出来るはずの珍しい衣装。恐らく普段目にすることはないだろうけど、北湊都の人間ならしょっちゅう見ることができる。

 ウエディングドレスからのぞく若干の角張った鎖骨、隠しきれない筋肉質。顔には野暮ったいほどけばけばしいメイクが施され、そのたらこ唇には真っ赤なルージュが引かれている。

 身長は175はあるだろうか。確かに女性らしい顔立ちではあるものの、そこでウエディングドレスを着てブーケを持ち、ゆっくりと歩みを進める人物は間違いなく『男性』であった。


「えっと……?」


 月潟もどうやら気付いたようで、少し困惑気味だった。

 ウエディングドレスの男は暗い表情をしたままこちらに気づかない。そしてその男の側を数人の男性が囲んでいる。小汚いタンクトップを着たおじさんや、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる老人、禿げ散らかしたデブ。そんな彼らが男の腰に手を回し、手を取り、男を家の方へと招き入れていた。


「花嫁さんのお参りー!!!」


 家から人が出てきて、大きな声で叫ぶ。すると周囲の家の窓が一斉に開き、人が出てきて溢れんばかりの拍手が起こった。

 にこにこニコニコ、みんな一様に嬉しそうにして手を叩く。特に老人たちのはしゃぎようは最早異常だった。

 花嫁は終始絶望したような暗い顔で、周囲を見渡していた。やがて僕たちの方へと視線を向けた。

 僕は目がいい。だから彼の口元までよく見えてしまう。呟くように発した、

「助けて」

 という言葉さえ、口の動きから読み取っただけなのに鮮明に耳元で聞こえたような気がした。

 後ろからおじさんが花嫁を押す。花嫁は、そのまま家の玄関を潜って中へと消えていった。それを見届けたのち、近所の住人たちは何事もなかったように窓を閉め、カーテンを閉めた。

 この間、実に3分も経っていない。


「綺麗だねぇ。みんなで花嫁を温かく迎える。北湊都のいいところだ」

「今年の花嫁は粒揃いですな。美味しそうだ」

「あの腰のラインがたまらねぇ」


 周囲で見ていた人々が口々に感想を漏らす。それは海知たちも例外じゃない。


「いつか、俺も……ほの囮と……」

「海知とけっこ……きゃああっ! 私ったら恥ずかしい! まだ早いわよばかああ!」


 ……まぁこの恋愛脳共は放っておくとして、僕はチラリと横に目をやった。

 月潟は目を見開き、片手で頭を抱えていた。


「なに、こ、れ……」


 月光色の宝石の如き瞳が今にも溢れ落ちそうなほど、彼女の瞳孔は開いていた。そして彷徨える目は僕の方を見た。意味不明だと言わんばかりの表情で、僕の肩を掴む。


「ねぇ、なに、あれ……違うよ、だって、花嫁ってもっと幸せで……周りがじゃなくて、本人がもっと幸せになるべきで……」


 衝撃だった。

 北湊都の人間はみんな『街の花嫁』を見て賞賛する。狂ったように拍手し、その姿が見えなくなれば何事もなかったように日常に戻る。いいや、この光景こそが日常だと言わんばかりに、だ。

 だから、彼女の反応は僕にとって衝撃だった。


「つき、がた」

「違うよ! あんなの、違うよ……」


 飄々とした変人:月潟琵樹が、初めて人間らしいと思えた瞬間だった。あのかみさまの顔しているとは思えないほどに弱々しい表情と声音が、僕の心をざわつかせる。

 だけど、今はとにかく彼女を落ち着けなければ。ダメなんだよ、この街でアレを否定することは、この街の全てを敵に回すということだ。


「どうしたの、琵樹?」

「夏葉ッ! 君はアレを!」

「月潟!」


 焦る月潟の肩を掴み、僕は彼女に顔を近づけた。その桜色の唇に人差し指を立て、『静かに』というジェスチャーをする。角度的に海知たちからは見えていない筈だ。

 月潟の乱れた呼吸音がよく聞こえる。彼女のあどけない顔が、僕を向いたままぴくりとも動かない。


「頼むから……静かに……」


 苦虫を……いや、憎悪を噛み潰すかのような表情をしている自覚がある。だがそれで充分だった。月潟は静かに頷き、僕はこのポーズを解いた。


 その後の下校で、彼女が一言も喋らなかったのは言うまでもない。

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