2章6話:花嫁屋敷を襲撃しよう
今日は久しぶりに犀潟邸へと帰宅した。
黙り込んで弱々しそうな月潟を家まで送ろうとしたのだが、ここで良いからと近所のスーパーで別れた。あの時の表情がいまだに脳裏に焼き付いて離れない。
「あらほの囮ちゃん、帰ってたの? 最近夜帰って来ないから心配よぉ。今日はご飯食べるわよね? 早く座ってちょうだい」
相変わらず有無を言わさずに食卓にぶち込もうとしてくる叔母。こんなニコニコしているが、母の通帳から大量の金を下ろして使っていることを知った今、叔母のソレが悪魔の笑みにしか見えなくなった。
「要らないです。やることあるんで」
「あっ、ちょっと!」
2階に上がると、犀潟ヨハンの部屋が少し空いており、こっちをうるうるとした瞳で見ている人影がポツリ。
「お兄ちゃぁん、一緒に女装……」
「………」
そんなクソ従兄弟を無視して部屋に入り、中から鍵をかける。これで暫くは安泰だ。
ベッドに寝っ転がって今日のことを考える。月潟琵樹、彼女のことだ。
「あんな反応、久しぶりに見たな」
『街の花嫁』は北湊都旧市街地に古くから伝わる風習だ。
アレを忌避する人間は全く見たことがない。けれど時々、花嫁はああして暗い表情のものがいる。花嫁は概ね高校卒業と同時になるものが多いが、時々中途で採用していることもある。
この時期に初めての『奉仕』ということは、つまりそういうことだろう。
「胸糞悪い」
花嫁の仕事は概ね『男娼』と言って差し支えない。見目の良い男子が女性として調教を受け、辱められる。それが神への供物なのだと本気で信じ込まされ、信者……つまり街の人間の相手をさせられる。
これをしているのは旧市街地の一部地域だけだから、見たことがないのなら恐らく月潟は新市街地から来たのだろう。それでも少しすれば慣れてしまうのが北湊都の嫌なところなのだが。
因みに花嫁は毎年5人程度選出され、神へ捧げられる。自ら進んで成る者が多いとは聞くが、あの表情を見るにそうとは思えない。現代日本とは思えない狂った風習だ。
「次はあいつらにするか」
イライラが溜まりすぎて、僕はふと思い立った。こう言う時こそ『山の神』の出番じゃないか。自己満足? そんなの分かりきってる。これはストレス解消だ。
大体お前らの言う神って何だ。北湊都の神は『山の神』だ。断じて『色恋の神』などではない。
「ていっても、山の神が何なのかは今だにわかってないけどね」
農作業をする男を山に連れて行ってしまう嫉妬深い女の神、それが山の神だ。逆に言えばそれ以上の記述は他にあまりない。学校の図書室では限界があるのか、はたまた僕の探し方が下手くそなのか。
というかその嫉妬深い神、って記述、かみさまには全く見合ってないんだよなぁ。なんでそういう伝わり方をしているのやら。
ともあれ、次のターゲットが決まったのなら即行動だ。窓から部屋を脱出し、チャリを漕いで先ほど花嫁が入っていった家を目指す。
旧市街地はバカみたいに広いので結構な時間がかかったものの、ようやく近くまで着いたので川原に自転車を止めて準備する。
川面を眺めて精神を集中させる。すると川面に映る人影が変化した。
「よし、あいつらの顔を恐怖でぐちゃぐちゃに歪ませてやりましょうね」
準備完了。
僕は私はかみさま。山の神の後継者だ。
今日は河原が近いということで、いつもより霊がいっぱいくっついてきた。なんかやけに泣き声がうるさいなと思ったら水子の霊が多いのか。この辺なんかあるのかな?
少し草むらをかき分けてみると、簡素な木の囲いの中に石で出来た祠を発見した。中にはお地蔵さんのような石像が祀られており、蝋燭台や何かの木札なんかも設置されている。周囲にはバラバラに散らばった石。これは……
『水子』というのは、中絶や流産で亡くなった子供のことだ。その亡くなった子どもを「水子」と呼ぶ理由としては諸説あるが、かつて亡くなった胎児や乳児を川に流して弔っていたという話は有名だったりする。ここに供養塔があるということは、かつてここがその弔いを行う場所だったのだろうか。
というか水子は霊の中でもヤバイと聞くのだけど、こんな粗雑な作りで祀ってていいんだろうか……。しかも積まれた石崩されてるし。
ひとまず石を積み直した。汚れているし、明日にでも本格的に掃除してあげよう。
「……………嫌な声は、聞こえないですね」
意図的に近寄らないようにはしているが、花嫁の入った家から悍ましい嬌声が聞こえてくるなんてことがあっても不思議ではない。
さてそれじゃあ、まずは正統派に攻めますか。手頃な石を拾い窓ガラスに向かって放り投げる。
パリンッ! と良い音を立てて窓ガラスが割れ、中から「なんだ!?」と慌てる声が聞こえる。
「誰だぁ!」
大声で喚きながら庭へと降りてきた男は……下半身を露出したままだった。うえええぇ……服着ろよキッショ。
あたりを見渡しているようだけど、このクソ田舎の北湊都には街灯がない。そして今の僕は山の神……つまり、人々の認識が曖昧になっている。監視カメラに残ることもないだろう。隠れている以上当然奴からも見えない。
……? なんか水子たちがわきゃわきゃ煩いな。やけにやる気があるというか、なんというか。
「ぃぁぁぁぁぃああぁ」
「ぅぃいぁあぁあ」
「………? ああ、もしかして石崩したのあいつらなんです? ……あぁ、蹴っ飛ばした感じね、うん、うん。それはそれは、ちゃんと怒りをぶつけておいで」
水子の霊たちは塀をよじ登り庭に侵入していく。そして庭で下半身を露出した男たちの足を掴んで動けなくしていた。
恨み辛みが大きいと実物に干渉できたりするんだね、やっぱ認識の力最強だわ。
「な、なんか、うごかねぇ……」
「本当だ、な、なにが……え……」
彼らに見えるように篝火を焚き、僕は庭へと出現する。篝火を炊くと結構しっかり僕の姿を認識してくれるらしく、彼らの前には突然白い服を着て彼岸花で顔を隠した女の子が現れたように見えることだろう。
「私を………みましたね?」
固まる彼らを見てニタリと笑い、足元を指さす。
信仰は信じることで発生する。一度異形の存在を視てしまった彼らには、恐らく足元の水子たちもガッツリ視えるようになっている筈だ。
ーー自分たちの体によじ登ろうとする真っ黒な赤子の姿と、この世のものとは思えないような、耳をつんざく産声を。
「ひぃ、ひぃぃぃぃいぃぃ!?!?」
「がぼぼぼぼぼぼぼぼっ!」
「や、やめ、ひぃ、ひぎゃあああああ!!!」
ぺたりと座り込み泣き叫ぶもの、失神して泡を吹くもの、逃げ出そうと半狂乱になるもの。反応は様々だ。ああその顔汚いなぁ。
「まるで水死体ですね。今からなってみます? そんなのでも、欲望丸出しの下卑た表情よりはマシかもしれませんよ? くすくすっ!」
座り込んで喚いてる男の前に立ち、口を大いに歪ませて笑う。そしてそのまま口に彼岸花を押し込んだ。
「プレゼントです。水子たちに謝りながらゆっくりお休みしていってくださいね」
苦しそうな呼吸音と共に地面に倒れ込む男。どうやらパニックになりすぎて呼吸困難を起こしたらしい。死なないでね? それは僕の流儀に反するから。
そこで失神してる男にも彼岸花を被せ、残る1人に近づく。
「ひ、ひぃっ!? だ、だれかっ! だれかぁあああ!!!」
「くすっ、くすくすっ。入って来ませんよ? 誰も。さぁ、私と遊びましょう!」
花嫁の入った家には途中で入ってはならない。これは北湊都におけるルールだ。花嫁に配慮してというのが建前で、本音は彼らの情事を邪魔してはならないというものだろう。今回は好都合だ。
近所の人間は花嫁の入った家で起こるこういう悲鳴や奇声を日常茶飯事だと捉えている節がある。だから誰もこの異常に気づかない。気付けない!
「かーごーめかごめ! かーごのなーかのとーりーはー、くすくす!」
男の周りを囲むように黒い幽霊たちがゆらゆらと蠢き出し、男はそれを見てぺたりと座り込んで声も出せなくなった。やがて、
「ひ、ひひ、ひゃ、ひゃひゃひゃ、あひゃひゃ……」
白目を剥き、狂ったように笑い始めた。これは水子がなんかやったのかな? まぁいいや。あんまり長引いても困るし程々にね?
「帰るよみんな」
裏庭の柵から細い路地を抜け、外に出た。予想通り人は集まっていない。これならそのまま河原に抜けても大丈夫だろう。
そう思って路地から外に出ようとした時、
「………………へ?」
「……………………」
月夜に照らされた月光色。先ほど見たばかりの月光色の髪が靡いて、少女の美しい顔が現れる。
何故、ここにいる。お前は夕方に向こうのスーパーで別れて帰ったんじゃ……。
月潟は目を見開いたまま、ただ一言、
「綺麗……………」
と呟いた。
その言葉に我を取り戻した僕は、慌てて路地に戻り、塀を伝って別のルートから河原を目指して走り出す。
既にかみさまとしての姿ではなく、元のパーカーにジーパン姿だ。
「はぁ、はぁっ、なんでいるんだよ……」
見つからないように河原を目指し、誰もいないことを確認して砂利の上に腰を下ろす。
目的は達した。けど危なかった。なんで月潟がここにいる? 何をしにここに?
ふと、彼女が何か手に袋を持っていたことを思い出した。アレはなんだったのだろう?
「ぃぁぁぁ」
「ぉぁぁぁ」
「へ? あ、ああ。ごめん。ありがと、助かったよ。このお礼はちゃんと掃除して返……ん?」
水子の霊の様子がおかしかった。先ほどまで少し怒っていたのだけど、今はなんだかキャッキャと楽しそうにしている。ストレス発散できたからか? いや、違う……。
水子たちと共に祠があった場所に向かうと、そこには、
「……掃除、されてる」
汚れていた屋根が丁寧に拭かれ、苔も落とされている。石の祠の中にあった石像や蝋燭台もしっかりと磨かれた跡があった。
何より、お饅頭やらお賽銭やらが供えられている。お饅頭に至ってはシール付き。このシールには見覚えがある。
スーパー
月潟がお供物までして掃除までしていった? 何のために? あいつが近くにいたことから、状況証拠的にはやったのは月潟。いや、そうと決まったわけじゃないけど、そうなのだとしたら……。
「あいつ、本当に何なんだよ」
やはり僕は、彼女についても知らなくてはならない気がする。
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樹海のかみさま ー 因習村の花嫁ENDを回避したい男の娘ヒロインは、美少女かみさまと共に闇堕ちして街ごと全て滅ぼすことにした ー ただの理解 @tadanorikai
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