2章2話:山の神の復活

 唐突な美少女の編入に、クラス中は大はしゃぎだった。


「よっし! 琵樹ちゃんよろしく!」

「俺も俺も! 仲良くしてくれや!」

「私も!」


 詰め寄せるクラスメイトたちに、ニコニコと笑みを向ける月潟。夢中になるクラスメイトたちに対して海知と夏葉が止めに入る。


「おいやめろよみんな、月潟さん困ってるじゃないか! それにLHRはまだ終わってないんだぞ」

「そうよ! ごめんね、月潟さん。うちのクラスの男子アホなの……」

「だいじょぶだよ。ありがとね」


 口元に袖を当て、一切の笑みを絶やさない月潟琵樹の反応はなんだかとても不気味だった。とはいえ少し困っているようにも見えたから、完全に表情が読めないわけではない。そこはかみさまと異なる部分だ。

 ニコラの反応も変だ。ずっと月潟を監視するように見つめている。いつもの余裕たっぷりで癪に触るニヤニヤ顔は鳴りを顰め、かなり警戒心を強めていた。これはどう見るべきだ?


 この時間では細かい謎作業があったが、LHR中の僕の思考は全てあの月潟という少女に割かれてしまっていた。


「改めて、俺は柏崎海知かしわざきかいち! よろしくな!」

赤泊夏葉あかどまりかよよ! わからないことがあったらなんでも聞いてね? 女の子少ないから嬉しいわ!」

「村上ニコラだよ。ぬふふ、美少女だねぇ。ボクと禁断の恋とかどう?」


 相変わらず海知と夏葉は正統派に、そしてニコラは初手でふざけにかかった。あいつの自己紹介はいつもあんな感じなので、特にそこに違和感は感じない。

 だが当の月潟は予想外の反応をしてきた。


「あれれ、私も女の子好きだよ? 禁断の恋しちゃう? ニコラちゃん♪」

「え、あ、え……?」

「どしたの?」

「ぬ、ぬふふふ! せ、積極的なんだねぇ琵樹ちゃんは!」


 明らかに気押された反応。戦略的撤退にかかったのは明白だった。だがしかし月潟は止まらない。


「その反応、ニコラちゃん好きな子いる?」

「ひょぇ!? そ、んなことないよ!」

「そう? 恋バナなら相談に乗るからね」

「ど、ども」


 なんだコイツ。ニコラに引かせた? というかもしかしてニコラの影響下に落ちていないのか?

 その後ニコラとの会話を聞いたクラスの男子たちは、興味津々で月潟に話しかけた。


「月潟ちゃんまーじ可愛いわー。彼氏とかいる?」

「ばっかお前、こんな美少女にいないわけねーだろ? な?」

「こら困ってるだろ! ごめんね月潟さん。こいつらに悪気があったわけじゃないから無理に答えなくても」

「いないよ?」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉお!!!」」」」」


 うるさっ。

 けどまぁ良かったな。これでお前らに少しチャンスが出来たぞ。……なんか胸がちくりとする。治れ、煩い、コイツはかみさまじゃないのに。

 などという葛藤をしている最中、月潟は口を開く。





「だって私、女の子の方に興味あるんだもん」





 ……教室中が凍りついた。

 今なんつった? 興味がある? 何に?


「え、と?」

「百合は! 世界を! 救う!」

「え、あ、はい……」


 月潟が唐突に目を椎茸目に変えてガッツポーズを取った。え? え? え?

 謎の勢いに、海知や夏葉はもちろんニコラまでもが引いていた。僕も若干困惑してる。ごめん、かなり困惑してる。


「私、百合大好きなの、いいよね、百合」

「え、うん? うん?」

「わかってくれるか、同志よ」

「なんか勝手に同志認定されてるぅ!?」


 ニコラが本気の困惑顔になっていた。珍しい。

 そして自身の病的なまでに真っ白な手でニコラの手を掴むと、あたりには百合の花が散らばった。……比喩とかではなく、なんかどこかから落ちてきた。


「え、な、なに!?」

「応援してるからね!」

「あ、あり、がと、う?」

「いやこの百合の花は一体どこから……」


 海知のツッコミに対して、月潟はにへらっと笑った。


「お近づきの印だぜ?」

「あ、ありがとう……?」

「ううん、君じゃなくて夏葉ちゃんとニコラちゃんに」

「知ってた……」


 まさに奇想天外、予測できないジョーカーが場に置かれた瞬間だった。海知がガチツッコミに回るなんて珍しい。

 そしてそんな奇想天外不思議ちゃんキャラな月潟を目の当たりにし、尚且つ百合が好きだと宣言した彼女を前にクラスの男子たちは、沈んだ。


「ちーん……」

「や、まだ、その、俺らに勝機が」

「あ、ごめん、私男の子苦手なんだ。その代わりに、はいこれあげる」

「これはどうも……いてぇ!」


 今度は唐突に薔薇の花を取り出して男子に押し付けた。棘が痛そう……。なんというか、不憫だ。

 しかしまぁ随分と変わった性格の少女だ。ニコラがこうも手玉に取られているのは見ていて爽快なものがある。僕の気分はそこそこ晴れた。

 けれど転入生、その手法、わざとやってるなら悪手だぞ。

 

「……きっも」

「はぁ、めちゃめちゃ調子乗ってるじゃん」

「花嫁放棄じゃね?」


 北湊都の気風、それは『出る杭をぐちゃぐちゃに叩き潰して破壊してしまっても構わない』だ。目立つ人間は目立つ分だけヘイトを買う。そこら辺のヘイトコントロールは上手くニコラがやるだろうけど、あいつの今日の反応見る限りどう転ぶかわからない。


「ま、まぁ、いいじゃないか。これからよろしくな! クラスメイトとして仲良くやろう!」

「よろしくね♪」


 それに、海知の前では女子は否応なくヒロインとして物語に組み込まれる。流れはどうあれ現時点でニコラや夏葉と仲良くなったのなら、必然的に海知とも仲良くなる。この後の展開は注視しなければ。

 などと思考していると、いつの間にかすぐそばまで月潟が来ていた。気配がなかったぞ……なんなんだよコイツ。


「騒がしかった? ごめんね。私、月潟琵樹。君は?」

「……座席表みればいいじゃん。んじゃ先帰るから」

「……………………」

「なんだよ」


 カバンを担いで離席するが、月潟はじーっとこちらを見つめてきておりそれが気になって思わず足を止めてしまった。

 しかしあまりに顔が良い。その月光色は僕にとっては救いの色だから、下手したらずっと見ていてしまう。やはり直視出来ずに目を逸らした。


「あ、また逸らした」

「ーーーーッ!? 人に顔じろじろ見られたら誰でもそうするでしょ。そっちこそ僕になんか用? 顔にお米でも付いてる?」

「ううん? 可愛い顔だなぁって思って」

「なーーーッ!?」


 思わず仰け反る。唇が触れ合いそうな距離。距離感がおかしなことになっているなコイツ。

 その桜色の唇を見るたびに、あの日あの時、かみさまの唇を思い出す。僕の初キス。初めての感触。忘れられない、忘れられるわけがない。


「帰る」

「あ、待ってよ」


 全力疾走で廊下を駆け抜け、月潟を振り切った。なんというか、あいつを見てるとどんどん駄目な方向にいきそうだ。

 しっかりしろ犀潟ほの囮。お前にはやるべきことがあるだろうが。


「かみさまは僕だ。お前じゃない。かみさまの顔で、僕のかみさまを歪めるな」


 この街の人間はみな滅ぼす、それがかみさまの意思だから。僕は私で、私は僕だ。大丈夫、僕は私は自分のやるべきことをやるだけだ。




 だから、早く鎮まってくれよ、僕の心臓。




「くそっ……」


 ニコラ、海知、夏葉の3バカでさえ面倒なのに更に面倒なのが増えやがって。今日は無性に樹海に行きたい。そこで暫くゆっくりしてから、また騒動を起こしに行こう。

 そうだよ。あいつじゃない。

 かみさまはもっと恐ろしくて、邪悪で、でも優しくて、僕の救世主なんだ。あれはかみさまじゃない。

 



「よし、それじゃあ今日も張り切っていきましょう!」




 樹海の神社の奥、あの赤い部屋で不敵に笑う。『私』こそが今の山の神だ。周囲の幽霊たちも楽しそうにケタケタと笑っていた。

 僕の狙うターゲットは危害が及んでもあまり心が痛まないやつにしている。それなら身内や今まで危害加えてきたやつばかり狙えば良いんだけど、それだとABC殺人事件を模してる意味がない。でもせっかく狙うなら、もっと楽しくなるように心のもやもやを全部晴らしてしまえるような相手にしたいじゃない?


「ぎゃはははははははははは!!!」

「おい金持ってんだろ? 跳ねてみろよ」

「ひぁ、ひぃぃ!? ごめんなさい、勘弁してください!」

「あぁ!? 出せっつってんだよクソが!」


 ガァン! と金属バットが叩きつけられる音がよく響く。

 ここは不良がたむろすると噂の裏路地。地元商店街近くの細い路地でイキってるヤンキー擬きなど程度が知れているが、まぁ治安維持にもなるし良いことしたー! って感じするから良いか。

 さてそんな彼らの為に用意した本日の怪現象はこちら。


「かーごめ、かごめ、かーごのなーかのとーりーはー」


 蝋燭台を持って歩く白い和服の少女。薄暗い路地には夕陽など届かず、仄暗い雰囲気が漂っている。

 少年たちは突然路地に現れた和服少女を見て、そのまま固まってしまった。あれ、まだ固まるには早い気がするんだけど。何もしてないぞ?


「ぁ、ぁぉぁ……」

「ば、ばけ、もの……」


 おろろ? 何この怯え方。お前らヤンキーだろ? 

 ああ、もしかして……。


「お兄さんたち、視えるんですか?」


 僕の悪戯に付き合ってくれる幽霊は意外と多い。操ってるわけじゃなくて、勝手についてくるのだ。僕のことを山の神として崇めている古参の霊たちは割と集まってくれるため、見事にプチ百鬼夜行が出来上がるわけである。

 彼岸のモノというのはかみさまが証明してくれたように『信仰心』、これは信じる力と言い換えても良いけど、そういうもので視える視えないが決まる。

 つまり彼らにとって何かを信じる行為によってこの幽霊たちが視えるようになったわけで……。


「た、たけしが言ってたあの幽霊……」

「ひっ!?」


 ああ、僕が日曜日に起こした3件の事件、その被害者に彼らの友達でも居たのだろう。

 そしてその『噂』が伝わり、僕という怪異ーーかみさまを認識させるに至った。

 生者であるという点を踏まえても、力のない山の神である僕が既にくっきり視えているとは考えづらい。恐らくまだあやふやな認識だろう。だが、人間じゃない存在の空気感を感じ取ることぐらいは出来る。



「くす、くすくす、くすくすくすっ! さぁ、お兄さんたちも遊びましょう! あは、あははははは!!!」



 そんな山の神を演じることは、それ即ち恐怖心を煽ることに繋がる。僕は彼女に対して畏れと信仰心を抱いたが、そっちの方が異常なのだと彼らの反応を見てよくわかった。


「ぁあああああああああああああ!!!」

「ひぃいぃぃぃいいいいい!!」

「た、たす、けて、まって! 置いてかないでぇぇえ!」

「ぎゃああああああああ!!!」


 薄暗い雰囲気に現れた異形の存在を前に、脱兎の如く逃げ惑う少年たち。何か幻覚でも見ているのかと言いたいくらい、過剰に逃げるその様子を見て、なんだか笑いが止まらなかった。

 あ、黒い幽霊が彼らの足を引っ張ってる。コケた。何もないところで転んだから余計怯えてる。

 なんて人間観察をするのが面白くて仕方ない。当人たちからしたら未知という恐怖に怯えるしかないのに、知っている側はこんなにも面白い。

 

 もっともっと広めてあげないと。僕が私が、山の神がこの地に復活したということを。


 不良たちに置いて行かれたこともあり、怯えたまま固まっているいじめられっ子の少年。彼もまた逃げ出そうと必死に地を這っている。


「あはは、逃げないでくださいよ。私そんなに怖くないですよ? ね?」

「ひぃ!? たす、たすけ……」

「助けて欲しいですか?」


 こくこくと頷く少年。そんな彼を見下ろし、口を三日月に歪めて言った。


「では、ちゃぁんと脳に刻みつけて、たくさんたくさん語り継いでくださいね。私、山の神の復活を! あはははは、あははははははははは!!!」

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