第2章:現代へと続く憎悪

2章1話:月潟琵樹

 図書室の一角、桜花の香りが漂う窓際で、僕は僕のよく知る少女に出会った。

 いつも怪しげで邪悪な笑みを浮かべ、圧倒的なオーラで全てを跳ね除ける。全てが謎でどこまで本当でどこまでが嘘だかわからない、雲のように掴むことの出来ない神様。


 そんな神様がいま、目の前で年相応の表情をしていた。


「かみ、さ、ま………?」


 思わず漏れ出た声に、少女は首を傾げた。

 あどけなく幼い顔立ちからは、本当に何を言っているのかわからないという言葉がありありと伝わってくる。

 その桜色の唇が動き出す。


「えと、私今日から登校なの。君、どこかで会ったことある?」


 目を見開いたまま動けない。

 どうして此処にかみさまがいる?

 どうしてかみさまの姿で、僕の前に立っている?

 どうして、僕を知らない……?


「ぁ……………」


 


 ーーねぇほの囮、お願い。私を、見つけて




「ぉ、ぁぁ、どう、し、て」

「え、ちょっと、だいじょぶ?」


 思わず立ち眩みがして僕は漸く視線を背けることが出来た。

 かみさまとの最後の記憶が蘇る。消え入りそうな声で、それでも確かな本当の願いを僕に伝えてくれた。あれは一体どういう意味だったのか。

 目の前で心配そうにしている少女は確かにかみさまの見た目をしている。

 けれど、違う。

 間違いなく違う。

 彼女はかみさまではない。

 かみさまはそんな顔しない。

 して良いはずがない。


「気分、悪いの?」


 かみさまの見た目をした少女をチラリと見る。

 なんだか心がざわざわする。嫌な気持ちじゃないけど、とても苦しくて悲しい気持ちになる。かみさまじゃないこの子に、僕は昔会っている?



 ーー私を、みつけて



 何度も何度もあの言葉がチラつく。

 わかってる、わかってます。北湊都を滅ぼして、貴方を見つけます。だから、目の前の少女のことなど知りません。大丈夫、僕は山の神、この子は今日初めて会う知らない女の子。かみさまじゃない。


「だい、じょうぶ。ごめん。もう、行くから」

「え? まって、どうして」

「……………邪魔して、悪かった」


 心配そうに覗き込む少女を振り切って僕は廊下に飛び出そうとする。

 そんな僕の裾を彼女は掴んできた。しかし僕が引っ張ったせいでバランスを崩してしまう。


「きゃっ!」

「ーーッ!」


 思わず抱き止める。その時の微かな髪の匂いでさえ、かみさまとほぼ同じで、僕は思わず目を逸らした。


「あり、がと……」

「………………別に」


 ぶっきらぼうに呟いて、今度こそ廊下に出る。1秒でも早くあの場から立ち去りたかった。あの子を見てるとどんどん苦しくなる。胸が痛くて、苦しくて、張り裂けそうで、僕は……学校からすら逃げ出したくて堪らなかった。

 くそ、山の神になってもこれだ。もう逃げないって、そう決めたのに。くそ、くそ、クソクソクソくそッ!


 早歩きで廊下を歩く。

 教室には戻りたくなかった。きっと今戻ったら酷い顔で授業を受けることになる。それはニコラや海知たちに漬け込まれる隙になってしまう。

 僕は学校では絶対に気を抜かないと決めている。常在戦場、ここには安らぎを得る為に来ているわけじゃないんだ。


「ほんっと、酷い顔」


 男子トイレの鏡の前でポツリと呟いた。汗を拭き、乱れた髪を整える。少し歩こう、考えを整理したい。トイレから出てひとまず校庭の陰の方を目指すことにした。

 校庭のベンチに座り、少し考える。

 彼女は何者だろうか。

 少なくともかみさまではないことだけはわかる。理由はないけど、なんとなく彼女に逢えるのは『終着点』な気がするから。だからひとまずかみさまとは別人として考える。

 けれどそれ以上の考察は出来ない。何故ここに現れたのか、この学校の生徒なのか、そもそも人間なのか。考えれば考えるほどわからなくなっていた。


「あ、チャイム……」


 4限を全てサボってしまった。次の授業くらいは出ないとニコラに怪しまれそうだ。

 5限は体育か。男女別になる体育なら、少なくともニコラの前ではないからそこまで気を張らなくても良い。行くか。

 なんて思った僕が馬鹿だった。


「遅刻だぞ! ……ん、あれ、女子は体育館だぞ?」

「すんません、男子です。犀潟です」

「お、おお、そうかそうか。じゃあさっさと2人組でペア作れー。準備体操後に軽くレクリエーションやるからな」


 さっさと着替えて体育に参加することになった。普通に嫌だけど、今サボってもなんだかモヤモヤしそうだから体を動かしてた方がよっぽど良い。


「ほの囮、ペア組もう!」

「……や、僕別のやつと」

「俺はお前と組みたいんだ!」

「………」


 黒髪のイケメン、柏崎海知。

 彼は歯の浮くような台詞も、ストレートな熱意も伝えられる奴だ。だからこそ下心もかなり分かりやすい。

 組みたくない。これ以上無駄に好感度上げたくない。ヒロインいっぱい居るならそっちいけよ、全員攻略目指してんの?


「やー、ほら、いつも海知とばっかだし、偶には他のやつがいいかなぁって、あはははは!」


 だがしかしそんなことを言おうものなら、


「お、海知と組まねえなら俺と組まね?」

「僕と組もうよ!」

「お、おおおおおお俺と組んでくれ!」

「しょうみ、俺と組むっしょ?」


 その後海知から離れたならとばかりに他の連中が寄ってくる羽目になる。何度も言うけど僕見た目はともかく男だからね? それでいいのかお前ら?

 ニコラが記憶を消したと思ってる手前、海知のことを露骨に避けるのはリスキーだ。仕方ないがここは海知と組もう。……なんかこれ選択肢出てるみたいで嫌だな。


「海知、組もう……」

「本当か!?」


 なんか凄く嬉しそうにしていた。前までなら特になんとも思わなかったのだが、今は凄く微妙な気持ちになる。

 準備体操の時、なんか赤面しながら後ろに立つの本当にやめて欲しい……。


「ほの囮、お前……本当に女子にしか見えないんだけど」

「へぇどうも。早く身体を前に押して?」

「あ、ああ。でもなんだかフローラルな香りが」

「早く押せ」


 なんか恐る恐る触れられるので余計くすぐったい。んっ、くすぐったい!


「んっ、んっしょ……っと」

「おいやめろ……その声は、その……俺に効く……」

「やめろはこっちの台詞じゃ! その中途半端な触り方やめろ、くすぐったいんだよばか!」

「ほの囮、本当に女子じゃないんだよな? その……身体柔らかいな」


 なんでこの発言が出てくるのにモテるんだコイツは。ゾゾゾゾゾと鳥肌が立つ。それを好感度高めのヒロインに言ったら確かにちょっとラブコメ始まる感あるかも……ねぇよ。少なくとも僕相手ならねぇよ。

 その後当たり障りない会話をしながらサッカーボールを蹴ってやり過ごした。


 問題はその後、6限後のLHRロングホームルームだった。

 なんだか知らないけどすごく嫌な予感がする。身震いというか、なんというか。風邪かな? 風邪だな。よし帰ろう。

 そう思って帰り支度を始めていたら、夏葉に止められた。


「ほの囮、今日はロングホームルームあるわよ?」

「夏葉、僕サボるからテキトーに伝えといて」

「……ほの囮、ホントにどうしちゃったのよ! 私、ほの囮の相談なら幾らでも乗る、乗りたいの!」


 今更何言ってるんだ。夏葉に相談することなど何一つないのだが。


「や、いいって。ていうか何するのロングホームルームって。ちょっとやらなきゃいけない事あるから出来ればあんまし時間取りたくない」

「やらなきゃいけない事ってなに? 私も手伝うわ!」

「それこそ大丈夫。ほら、先生来たよ」

「……ほの囮、私のこと避けてる?」

「避けてない避けてない。席、つきなよ」


 夏葉のせいで時間を使ってしまった。お陰で逃げられない。僕の予想が正しければ……もうなんとなく覚悟はしているけど……。

 そして案の定、僕の嫌な予感は的中した。




月潟つきがた琵樹びじゅです。諸般の事情で編入が遅れちゃいましたけど、今日からこのクラスでお勉強することになってます。よろしくね〜♪」




 月潟琵樹と名乗るかみさまの顔をした少女は、やはり僕のいるクラスだった。つまり、


「………………ヒロイン、かよ」

 

 尚更気が重くなった。理由は分からないが。

 月潟琵樹? ホントに何なんだよお前。

 見た目は本当にかみさまのまま。月光色の髪と月光色の双眸、長い睫毛と桜色の唇。小柄で女の子らしいふわふわした雰囲気。セーラー服の上から着たカーディガンの萌え袖で可愛らしく口元を隠す仕草。見た目は本当に今まで見たことないレベルの美少女。恐らく日本トップクラスだとは思う。こんな状況じゃなかったら歓喜していたことだろう。

 でも僕にとってはニコラと同レベルで警戒すべき対象だ。彼女はかみさまじゃない。だとしたらかみさまの姿で僕の前に現れた理由はなんだ? 


「あっ」

「……………」


 僕の前を通過する時に目が合った。月潟琵樹は何か言いたそうな表情をしていたけど、すぐに満遍の笑みを浮かべた。


「よろしくね♪」

「………………………ああ」


 まただ、彼女の前だと本当に何も言えなくなってしまう。かみさまの姿というのは狡い。とにかく、警戒心だけは持っておこう。それにこれもまたニコラの陰謀の可能性が高い。

 そう思ってニコラの方をチラリと見たら、彼女もまた怪訝そうな顔で月潟琵樹を眺めていた。

 どういうことだ? これはお前のシナリオじゃない、のか?

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