1章22話:絶対ヒロインになんてならない

「は?」

「聞こえなかった? 僕は夏葉のこと諦めるからさ。ニコラが夏葉とくっ付くのを応援するって言ったんだ」


 ニコラの目的は夏葉と結ばれることでもある。その為に僕と海知をくっつけて障害を取り除こうとした。

 ではニコラの恋の成就、その協力をすると言ったらニコラはどう反応する? その目的を見失って、僕を海知とくっつけようとするのをやめるか。それとも。

 これは今までの夏葉を諦めきれない僕なら取れない選択肢だけど、今なら取れる。今僕は夏葉になんの興味も抱いていない。それならば此処でそのカードを切ることができる。

 さぁ、どうだ。


「ほの囮、夏葉のことはもういいの?」

「うん。脈ないし諦める」


 これは今となっては本音だ。むしろ数年もズルズル引きずった僕がおかしい。

 夏葉とニコラがくっつけば彼女の目的の大半は達成できる。それならそこに協力は惜しまなくていい。


 だが、ニコラの反応は変だった。


「駄目だ」

「あ?」


 髪を掴み、苦しむように下を向いてぶつぶつと何かを呟き始める。


「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。ほの囮は夏葉に執着してなきゃ。じゃなきゃ縁が切られる。その隙に海知と結ばれなきゃ駄目だ。計画の変更は難しい。結ばれなきゃ、結ばれなきゃ」

「にこ、ら?」

「4人一緒じゃなきゃ駄目なんだ。ほの囮が離れるのは駄目、駄目、駄目!」


 ……こいつ、想像以上に根深いかもしれない。

 ニコラがおかしくなったのは入学式から。それならこいつの背後にいる色恋の神もその頃にコイツを巫女にしたんだろう。それなのにもうこんなに呑まれてる。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。彼岸と近づき過ぎればいずれ彼岸に呑まれる。僕も肝に銘じておこう。


「やっぱり改変しよう。ほの囮が夏葉をまだ好いてるように書き換える。ここ数日間でおかしくなったなら金曜まで戻す」

「………」

「ああでも女装イベントを思い出せるようにしないと整合性が、ああ、くそくそくそ。それなら放課後以降の記憶を消してその間にボクが調査すれば」

「おい、ニコラ」

「うんそれでいこう! ぬふふふー。これからもっともっと楽しくなる! 一緒に堕ちていこうね、ほの囮。ボクが君をヒロインにしてあげるよっ」


 満足げなニコラ。自分のゲーム盤で自分が負けるなんて微塵も考えていないほど自信たっぷりだった。

 そんなニコラにやられっぱなしじゃない。僕は彼女に立ち向かう必要がある。そして、そんな彼女に屈辱的な敗北を味わわせてやる。

 口を開く。そして、嫌味たっぷりに笑って言ってやった。




「いいや、僕は絶対ヒロインになんてならない」




 それを聞いたニコラは牙を剥いたような顔でこっちをみて、そのまま指を鳴らした。

 これが記憶操作か。けれど、やはり……。


「はぁ、はぁ……ムカつくムカつくムカつく。これで問題ないはず。……ほの囮、授業はじまっちゃうよう? はやく行かないとだねえ」

「…………………そうだな。行こうか」


 満足げなニコラの笑みを見て確信する。

 やはり、僕に記憶操作は効かない。


◇◆◇


「ほの囮を私の巫女にしておけば色恋の神の『駒』としてその影響を受けなくなる。つまり向こうの思い通りに動かされることがなくなるわけ! ざまぁみろ盗人! あーはははははははは!!!」


 かみさまの言葉を思い出す。

 彼女は確かに巫女になればニコラの影響力を排除できると言った。ならばその上位互換である『神』もまた影響力の及ばない埒外の存在ということになる。

 それはここ数日の動向でも見て取れる。

 土日の間、いくつか嫌な偶然はあったものの基本的に僕はニコラの監視から外れていたと言える。色恋の神のテリトリーである樹海の外にいたにも関わらず、だ。

 となるとやはり彼女の記憶操作も効くはずがない。僕の記憶は4/11に逆戻りしていないし、その8ヶ月後の冬の景色まで鮮明に思い出すことが出来る。

 そして何より、ニコラはまだ僕に対して影響力を及ぼせると勘違いしている。これは大きなアドバンテージになる。


 さて教室に戻ると、既に授業が始まっていた。何か言いたげな海知と夏葉を無視して、僕らは席に着く。

 3限まで終わり、お昼休み。さて一応健康診断ウィークらしいので保健室行ってさっさと済ませてこよう。


「健康診断受けてくる」

「え、ちょ、ほの囮!?」


 引き留めようとする夏葉を置いて僕は教室から出た。ニコラはやはり不思議そうにするけど、その原因を見つけるのはまだ先だろう。

 しかし記憶操作ね。本当に厄介だな。恐らく影響下にある人間の記憶をある一定の範囲で弄ることが出来るとかそんな感じだろう。人格改変は出来ないそうだから、人格に影響を与えるほどの記憶改変は出来ないってことかな。それでも厄介だけど。


 さて保健室の扉を開けようとした時、


「あんっ! やめ、やめろよ!」

「女みてえな声出して、誘ってやがるな」

「〜〜〜! やめっ」


 ……男達の声が聞こえる。イケメンが保健室でイチャラブしてるんだろうなぁ。扉をそっ閉じ。健康診断は明日受けよう。

 女子の比率があまりにも少ないとこうして男色趣味が流行るのだろうか。男子校のノリって奴なのか。ニコラの力最強だな。


「鬱陶しい」


 廊下を歩くと男子達がこちらを凄い凝視してくる。噂の所為もあるだろうけど、容姿が目立つというのはこんなにも鬱陶しいのか。

 時々声をかけてくる奴を全部無視して教室まで戻ってくると、クラスの連中がみんな集まってた。サッと隠れて様子を伺う。


「犀潟、クラスに馴染めてないみたいだな」

「そーなんすよ。話しかけても無視されるし、きっと性別的にも不安なんすね」

「女子から積極的に話しかけてみるよ。ほら、心が女の子なんだし」

「今日やけに可愛かったよな……。もうアレ女子でいいだろ、学校1だろ」

「林間学校の部屋とかアイツどうなるんだろうな。……楽しみだな、へへ」

「良い匂いがしたでござる……」


 ……あかん。

 もう8ヶ月前のことなんで忘れてたけど、今の僕はニコラの噂によって"海知の事が好きな、女の子になりたい男の娘"という認識で通っている。お陰でクラスメイトの僕を見る目には凄まじい色眼鏡がかかっている。

 そもそもクラスの連中と関わるつもりは無いけど、この様子じゃ向こうからグイグイ来そうな流れである。

 というかニコラや海知はクラスで飯食ってないのか? ああいや、生徒会が有るとか言ってたような? ……生徒会、嫌な予感する。

 4限まではまだ時間あるし、やることもあるから図書室に行ってみるか。


「おぉ……まじで人いない」


 図書室は人がまばらだった。

 北湊都中央は高等部と中等部で図書室が2つあるけど、高等部は何故だか人がいない。みんな勉強嫌いなんかな。

 せっかく来たので郷土史のコーナーからテキトーに本を集めて読み始める。放課後には自分なりにノートに纏めてみようとは思っているけど。なにぶん資料が多い。


 図書室に来た目的は勿論『山の神』についてだ。

 これが厄介で、旧市街地に噂話程度でしか広まっていない。山の神とはいったい何なのか? いつからあの神社は存在し、かみさまを含めた何人もの人間はどのように山の神になったのか。それらを解き明かせばそれ即ち、


「かみさまが……『山の神』が、なぜ北湊都を滅ぼしたいのかに繋がる。……長い道のりだな」


 テキトーに目についたので、『北湊都の歴史』という本をパラパラ捲る。

 するとその本にはいくつもメモ書きとかがされていた。こんな本ほかに読む人いるんだな。

 質の悪い、年季を感じさせる紙切れがいくつも挟んであった。同じ筆跡で同じ人がメモ書きしている。全て北湊都空襲についての本だ。これは、どういう……。


「♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」


 チャイムの音、授業開始5分前か。流石に時間が少ないな。持って帰って教室で読むとしよう。

 そう決断し、本を閉じた時、ふと何を思ったか図書室の窓の方が気になった。

 なんだか心がざわざわする。嫌な感じではない。けれど、歩みを進めてもいけないと思った。だって進めてしまったら見てしまうから。

 けれどひどく好奇心に駆られた僕は、何かに導かれるように図書室の窓へと歩を進めた。進めてしまった。


 窓際、開け放たれた窓から桜花の香りが漂い、ふんわりと月光色のカーテンが揺れる。

 其処にいた人物は机からゆったりと体を起こすと、まだ眠そうに目を擦った。

 その一挙手一投足から目が離せない。

 月光色の髪も瞳も、そのあどけない顔立ちも、すらっと伸びた手脚や病的なほど真っ白な肌も、その全てが僕を救ってくれたあの方を象徴する要素そのままだったから。


 固まったまま動けない僕を見て、眠そうな少女は言った。





「ふぁあああ……おはよ〜。どしたのきみ? 幽霊でもみたような顔してるよ?」





 貴方を知ってる。

 けれど、そんな表情は知らない。

 僕のよく知ってる『かみさま』の顔をした少女が、僕の知らない表情であどけない笑みを浮かべていた。












__________


これで1章完結です。

はじめまして、ただの理解 と申します。

この作品を読んで頂きありがとうございます。

ちょっと難しい作品なので伸び辛い自覚はあるのですが、書きたいことを詰め込んでいるので是非高評価・感想いただければ幸いです。

2章も引き続きよろしくお願いします!

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