1章21話:再びあの教室で

「うわ……」


 朝だ。

 昨日遅くに帰宅した僕だったが、家の連中はなんかヨハンが入院したとかなんとかでてんてこ舞いだった。原因を知ってる僕からしたらニヤニヤが止まらない。

 取り敢えず見つかったら一緒に病院に行きましょうとか言い出すに決まってるので、再び2階から家に入ってベッドに入らせてもらった。実に10ヶ月ぶりの自宅のベッドはなんか寝心地悪かった。

 次の日、早寝しただけあって早起きだった僕は、さっさと準備してパンを焼いて家を出た。見事に家に誰もいなかったのでとても優雅な朝を過ごすことが出来ている。

 で、今ここ。登校中とんでもないものを見て絶句する僕。


「ぱーりらっ、ぱりらっ高収入、オス♂っ!」


 BLキャバクラ、北湊都にて開店。嘘だろ? 若い男目当てでおじさんが行くキャバクラ……らしい。

 なんでそんな物珍しいものをよりにもよって北湊都なんて田舎街で開店させたのか。……まぁ一目瞭然ですね。


「ニコラめ……やりたい放題だな」


 BLで地域活性化でも目指してんの? やだよこんなので活性化する地元。

 それから、なにやらBL作品の映画のロケ地に選ばれたらしく、朝っぱらから街中に旗が立っていた。『おじさまずらぶ』というらしい、一回怒られろ。なんなの? 色恋全般の神じゃないの? なんでBL寄りに偏ってんの?

 あと昨日は気づかなかったけど、ここ最近で街のBL率が上がった気がする。……声をかけてくる連中も増えた。


「あ、あの、君! 今映画の撮影やってて、良かったら君もキャストに」

「寄るな」


 やはりこの容姿は目立つのだろう。いや、こっちは寧ろ女に見えるだろうからBL関係ないけど、この街全体でそんな雰囲気がある。


 因みに容姿に関しては前述べた通り、ボブカットくらいのメカクレ不良少女という印象だ。あくまでロックガールぽさを演出することでナヨナヨ犀潟ほの囮という固定観念を破壊するだけでなく、笹神幽々火とのギャップを演出するのにも役立つ。

 プラスで一応顔を隠す努力をすべく、伊達メガネを付けることにした。これでこの無駄によく出来てしまった顔を少しは隠すことができよう。自分で言うと本当に気持ち悪いな。

 長い後ろ髪はポニーテールにまとめて黒いバレッタで留めてあるし、紫のインナーカラーも上手くそれで隠せている。このヘアメイクは樹海生活時代にかみさまから教わったものだ。これで女子らしいポニーテールではなく、後頭部に髪を固定する形となった。


 さて、かなり寄り道して街の様子を見た結果、家を早く出たのに結構遅めに学校に着いてしまった。まぁ久しぶりの学校だ。気合い入れていこう。

 廊下に出ると、時間は8:12ということで生徒たちが談笑に花を咲かせていた。僕が通るとヒソヒソ話が始まるのやめてほしい。


「え、やば……あんな女の子この学校にいたか?」

「いや待て待て待て、男子制服着てるが!?」

「つーか上からパーカー着てるけどあれ校則違反では……」

「男じゃあないよな? 男装女子、か。女装は時々見るけどこっちは珍しいな」


 物凄い注目を浴びてしまっている。いちいち気にしてても仕方ないのでそのままクラスへと向かった。

 クラスメイト達が騒つく。幼馴染3人もずっと喋っているが、教室の騒つきに気付いてこちらを見た。 

 驚いたように目を見開くニコラ。ニコラだけじゃなく、海知や夏葉も同様に驚いていた。そんな彼らも無視して僕は席につき、家から持ってきたクリスティ著:『そして誰もいなくなった』を開いた。

 けどお構いなしに3人とも僕の席に近づいてくる。邪魔じゃぼけ。


「ど、どしたのその髪!? てか可愛くなってる! もしかして……彼氏でも出来て……きゃあああっ!」

「ほ、の囮、だよな? そ、その……すげー可愛くてビックリしたぞ」


 夏葉はなんか勘違いしてるけど、海知は頬を染めてこちらの頭に手を伸ばしてきた。こいつナチュラルに頭撫でようとしてきやがった!


「えぇい触るなばか! 初手ソレは本当に気持ち悪い!」

「え、ちょ、ほの囮?」


 なんだコイツ……。え、会ってすぐこんなことする奴だっけ? する奴だった気がする。する奴だったわ。そういうことにしとく。

 なんて思ってたらニコラがニヤニヤ顔で喋りかけてきた。

 

「ぬっふふ、遂にほの囮もメス堕ちしたんだねー!! 誰に? 誰に掘られたん? ボクに教えたまえよ!」

「え、やっぱりほの囮ったら!」

「……まじ、なのか」


 こいつらァ……。

 人の容姿が変わったのを恋のせいにするのは陽キャあるあるだぞコンニャロ。いや、かみさまのせいだから大差ないかもだけどさ。黙って聞いてりゃ掘られただのなんだのと……。

 いや落ち着け僕、ここで怒ってどうなる。やり過ごすのが大人な対応だろ。

 

「何もないって。それより金曜はごめん。突然のことでびっくりして」

「え? あ、ああ」

「ほの、か?」

「なに?」

 

 謝れる僕、超大人!

 まぁともかくニコラの目を欺く為には急激に変えるのではなく、さり気無く彼女らから距離を取る必要があるだろう。夏葉と海知には悪いけど暫く疎遠にさせて貰う。

 なんて事を考えて、ふと、僕は夏葉への執着が消えていることに気付く。代わりに今はかみさまの姿ばかり頭をよぎるから、男子の頭って単純だなぁと自嘲気味に笑った。


「あ、いや、俺もごめん。急に色々と……それよりあのあと追いかけたんだけど、見つけられなくて……」

「家で寝てた」

「え、いや、家にも行って」

「家で寝てたよ」

「え」

「家で寝てたって」


 僕のゴリ押しに対して推し黙る海知。ニコラが訝しむような目で僕を見る。そりゃそうだ、ニコラの加護を受けた海知が僕を見つけられないわけが無い。

 今までだって、来てほしくない時に海知は僕の元に現れた。海知の、ニコラの都合のいいように僕は見つかってしまう。

 でも樹海は違う。彼女らの手の届かないテリトリーだ。見つけられるわけがない。あはははは、訝しめ訝しめ! 恐らく初めての経験だろうし思う存分混乱してくれ!

 夏葉はそんな僕の様子を見て更に心配そうに声をかけてきた。


「ほの囮、ホントにどうしたの?」

「何が?」

「だから……その、なんか変だよ?」

「どこも変じゃなくないか? いつも通りいつも通り」


 波風は立てない。下手に立てたらニコラに怪しまれる。怪しまれたら街全部が完全に敵になる。今の、信仰がない僕じゃ何も出来ないからそれは困る。

 いいだろう、表面上はお前の思惑通りに海知のヒロインで居てやるよ。ただし付かず離れず、メインヒロインにならない程度の距離感で居続ける。それが最善策だ。


「ねぇほの囮、ちょっと来てくれる?」


 きたか。


「授業はじまるぞ?」

「すぐ終わるからさ!」


 焦りすらみせるニコラに、僕は微笑みかける。さぁ、どうでる?


◇◆◇


 あの入学式の日、ここがニコラのゲーム盤であることを話してくれたあの教室に、僕たちはいた。

 いつもと変わらぬ様子のニコラ。だがこいつはち囮を殺した張本人だ。絶対に許さない。本当は今すぐにでも殺してやりたい。

 けど我慢だ。今そんなことをすれば全てが台無しになってしまう。心を鎮めろ。

 憎悪に燃え上がる内心を抑え、にこりと笑みを貼り付けた。


「ねぇほの囮、金曜日、ほんとは何処に逃げたの?」

「家だよ?」

「それは嘘だ。ぬふふ、言ったよね? この世界はボクの手のひらの上だって」

「あー、うん。言ってたね。面白いジョークだ」

「……………その余裕っぷりも可笑しい。あれだけ追い詰めたのにどうしてそんなに余裕たっぷりなの?」


 かみさまが居なかったら今頃終わってました。おお、こわこわ。


「ここはボクのゲーム盤。理解できてる? ほら、あそこ見てみてよ」


 ニコラは屋上を指さす。警戒しながらも指された方向を見てみると、


「お、おい、誰かに見られたら……」

「いいじゃん、見せつけてやろうぜ、クラス1のイケメンが可愛い顔晒してるところ♡」

「あっ♡」


 ……ジーザス。

 見目の良いイケメン2人が屋上でイチャついてます。いや、それ以上にいこうとしている。もうすぐ1限始まるのに。

 かたや廊下の方では。


「海知様〜〜〜〜!!!」

「今日もカッコいい……」

「アタシが先に目をつけてたんだから!」

「ちょ、みんなどうしたんだ?」


 海知とゆかいな女の子達の声が聞こえてくる。どっちがマシかと言われるとこっちのが……や、イケメンのBLの方がマシだな。


「街も学校も全て、ボクの支配下。この街のBLブームは凄いよー? おかげで男性カップルが増えてきて眼福眼福ー」

「多様性だねえ」

「海知はやっぱ女の子にモテるねー。でも男にもモテるんだよー? ノンケな海知が男を選ぶ、その青春の過程をボクは楽しみたいのさ!」

「そうなんだ」

「ほの囮もそんな風に髪伸ばして可愛くなっちゃって! もしかして本当にボクの知らないところで海知に『メス堕ち』させられちゃった? ぬふふふ」

「あははは、してないしてない!」


 色恋の神だけど、この街の男女比率的にも男性カップルを増やす方向で決まったのか。『花嫁』候補も増えるし街としては万々歳なのだろう。

 などと考えていたらニコラが物凄く不機嫌になっていた。


「今日のほの囮、別人みたい。あああ、イライラするなぁ、駒なら駒らしく動いてよ、ボクの世界を掻き乱さないでよ風見鶏陰キャが」

「……………」

「ほの囮はボクの駒。ボクの奴隷なの。わかる? せっかく興が乗ってきたのになぁ、ああ、もうめんどくさいめんどくさい」

「……………」


 イライラと髪の毛を掻きむしるニコラだったが、やがて「よし、また改変しよう!」と言ってにっこり笑った。


「ま! こういうバグを正すのもゲームマスターの勤めだよね! 記憶操作で改変しちゃおう! ぬふふふ!」


 は? 記憶操作? そんなことも出来るの? こっわ。


「ほの囮はヒロインなんだからさぁ。もっとヒロインらしくなってもらわないと。人格改変は残念ながら出来ないけど、ボクの影響下にある人間の記憶なんて簡単に操れる。ぬふふっ! ほの囮は実は海知の恋人でーす! なんて記憶を植え付けることだって、できる!」


 怖すぎる。それに、最低過ぎる。

 どうしてこいつはこうも平然と人の気持ちを捻じ曲げて踏み躙ることが出来るんだ? 人の気持ちを破壊して、ち囮を殺して、僕を追い詰めて。何が彼女をここまで駆り立てるのだろう。

 いけないいけない。今はそれを考えている場合じゃない。今のを戯言と受け流し、あくまでニコラの妄想だと笑い飛ばすスタンスを崩してはならない。


「さっきから何の話をしてるの? 僕と海知がくっ付くみたいな話? ないない! あははは」

「そうだよね、だってほの囮は」

「ああ、ニコラは夏葉が好きなんだよね? それならさ、協力するよ!」


 先手必勝だ。ここで一枚手札を切るとしよう。このままニコラにペースを崩され続けるのは癪でしかないからね。

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