「くたばりやがれ、クソ野郎」と申し上げましたけど、後に撤回し、晴れやかな笑みで祝いの言葉を述べますわ!

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祝い




「仕事! 政務! 義務! 書類にサインだ捺印だ⁉ うるさいんだよ、アーシア! キサマの言葉には愛がない!」


我がメディシス侯爵家で開いているパーティの会場に、招待もされていない一組の男女が現れた。


男のほうは、わたくしの婚約者であり、また、我が国の王太子であるマウリツィオ・デ・スフェッレッラ殿下。

キラキラしい金の髪に青い瞳の、童話にでも登場しそうなきれいな顔をした王子様。

だけど、わたくしに言わせれば、外見だけの無能だ。


桃色頭をしている女のほうは、マウリツィオ・デ・スフェッレッラ殿下の愛人……、失礼、恋人。名前は……なんて言ったかしら? おぼえる価値もないから、聞いたことはあるけれど、忘れたわ。

外見は可憐、中身はスカスカ、話す言葉は意味不明。

そんな小娘の一体どこがいいのやら。わたくしにはわかりませんが、マウリツィオ殿下は、小娘の細い腰を抱きながら叫んでいる。


「キサマとの婚約など破棄だ!」

「そうですよ! アーシア様は酷い! 婚約破棄も当然です! ねえ、このパーティにご参加の皆様! お聞きください! アーシア様はマウリツィオ殿下の婚約者であるからと言って、言いたい放題、やりたい放題なのですよ! 宿にまで押しかけてきて!」


桃色頭がホールに集まっている紳士淑女の皆様に訴える。


「あたしは、マウリツィオ殿下を愛しているの! だから、彼の癒しとなっているのよ! 皆様、お願いです! アーシア様なんて酷い人を、マウリツィオ殿下の婚約者とは認めないで!」


パーティの参加者たちは困惑顔。

頷いているのはマウリツィオ殿下だけ。


「そうだ! この俺様に必要なのは、サインに捺印を口うるさく求めてくるアーシアではない! この俺様を愛してくれる心優しい女、クララ・ド・ダズブルゴだ!」


桃色頭と見つめあっているマウリツィオ殿下。


わたくしは淑女の笑みを浮かべながら、ホール内に響く声で言いました。



「黙れ。くたばりやがれ、クソ野郎」



クソ野郎ことマウリツィオ様が、呆気に取られた顔で、わたくしを見ております。


「アーシア……、キサマ、今、何と……?」


あら、嫌だわ。マウリツィオ様はお耳が遠かったのかしら。

仕方がありませんわね。もう一度言いなおしましょうか。


「『くたばりやがれ、クソ野郎』と申し上げました。マウリツィオ王太子殿下」


言い直した言葉に、ホール内の紳士淑女の皆様もマウリツィオ様と同じような驚愕の表情を浮かべております。


あら? わたくし、何か、おかしなことを言いましたかしら?

思わず首を傾げたら、わたくしの赤みを帯びた黒く長い髪が揺れました。


我がメディシス侯爵家が緊急開催したパーティ会場に、招待もされていないのにやって来ただけではなく、愛人……桃色頭の腰を抱きながら、一方的な婚約破棄を告げる。更には大至急と申し上げた書類にサインもせずに、桃色頭との逢瀬に出かけること多数。


そんなマウリツィオ王太子殿下に、わたくしが『クソ野郎』と告げただけでございますが。


わたくし、おかしなことは言っておりませんわよねえ。


ああ、もしや、侯爵家の娘であり王太子殿下の婚約者、貴族学園では『淑女の鏡』『学園の薔薇』と称されたこのわたくし、アーシア・ディ・メディシスが、王太子であるマウリツィオ・デ・スフェッレッラ殿下に『クソ野郎』などと、平民の言葉を使ったことに、皆様、驚いたのかしら?


あらあらあら?


驚くようなことかしらねぇ。


だって、前から見ても、後ろから見ても、右から見ても、左から見ても、どこからどう見てもマウリツィオ殿下なんて『クソ野郎』でございましょう?


お上品な言葉で、マウリツィオ殿下を表現することなどできはしませんわ!


あえて類似の言葉を告げるのならば、クズ野郎や無能……かしら。


まあ、表現はいかようでも、わたくしは、青いものを青い、白いものを白いと称しただけですわよ。


「わたくしとマウリツィオ殿下の婚約は王命。個人的な感情などございません。政略、仕事、任務、業務。そういう種類のものですわ。愛だの癒しだの、元々ございません。ちゃんちゃらおかしい発言をした上で、身勝手な婚約破棄を行うとは片腹痛いですわね!」


婚約破棄を、こちらから申し出ずともマウリツィオ殿下のほうから言い出していただけたのは、ありがたいと言えばありがたいけど。

どのみち、マウリツィオ殿下とわたくしの婚約など、そのうちなくなるようなもの。

だから、どうでもいいと言えば、どうでもいい。


「書類にサインをして、捺印するだけの簡単なお仕事もできず、多方面に多大なる損害を出しているマウリツィオ王太子殿下など、クソ野郎を通りこして、クズ野郎ですかしらね!」


わたくしの声が、パーティ会場内に響きます。

クソ・クズ野郎様の愛人様が、ピンク色のふわふわの髪を振り乱して、進み出て、場違いな発言をしたしました。


「ひどいです! マウリツィオ殿下はクソ野郎でもクズ野郎でもないです!」


あら、まあ。わたくしとは異なる意見ね。


「あら。ではその根拠は?」

「へ?」

「身勝手な婚約破棄。王命違反。しかも陛下がマウリツィオ殿下の功績となるようにと用意した書類にサインをせずに王城から逃げ出す。そんなマウリツィオ殿下をクズ野郎ではないと主張なさるのなら、根拠を述べてくださいませね」

「だ、だって! あたしとマウリツィオ殿下は愛し合っているんだもの!」


愛? 

ナニソレおいしいの? ですわね?


「不貞行為のために、損害を生じさせる。クズ以外の何物でもない」

「愛は人生において一番大切なものなの! 愛をお持ちのマウリツィオ殿下がクズなわけはないじゃない!」


愛? 

クズの殿下に、脳内お花畑の愛至上主義者のお二人はお似合いね! なーんて!

だけど、愛なんかではお腹は膨れないのよ。


「……貧民街で、食べるのにも困窮している貧民の皆様や、戦場で今まさに敵と交戦している兵士の皆様に、愛があればなどとご主張するつもり? そんなことを言ったら、唾液でも吐きかけられますわよ?」


唾を吐きかけられる程度で済めばいいけれど。


「で、でも!」

「空腹のままに死んでいった兵士たち。その肉親たち。彼らに『愛があれば何でもできるんですぅ~』なーんて、ふざけたこと、言えます? 言えるのなら、即座に辺境に送り込んで差し上げますけれど」


隣国であるアルナルディ王国とスフェッレッラ王国は、争いの最中。

戦場となっているのは我が国、トニャッツィ辺境伯領。

しかも我が国が劣勢。


ただし、その劣勢をなんとかする策は……ある。


わたくしは周囲を見回した。

我が父、兄。パーティの招待客。そして、使用人たちに、我が家の私兵たち。

目くばせをしてみれば、父も兄も、やってしまえとばかりに頷いてくれている。


では、わざわざ我が家のパーティにやってきてくれたのですから、マウリツィオ殿下と桃色頭を歓待して差し上げましょう。


わたくしはにっこりと微笑んだ。


「そうね。愛ね。殿下とあなたが愛を交わしあっていましたわね。愛欲におぼれていただいたおかげでマウリツィオ殿下が処理すべき業務が遅れ、トニャッツィ辺境伯領への補給が遅れたの」

「え?」


武器も弾薬も食料も薬も不足している。至急、トニャッツィ辺境伯領まで送ってほしい。


何度も届けられた支援要請。


トニャッツィ辺境伯領には我がメディシス侯爵家とつながりの強いものが多数いる。

遠縁ではあるが親戚に含めてもよい者たち、傘下の者。わたくしが幼い時に知り合った者たち。

そもそも我が父であるメディシス侯爵とトニャッツィ辺境伯は学生時代からの友人である。



国王陛下に向けての支援要請だけではなく、我が父宛てに、直接、トニャッツィ辺境伯からの救援を求める手紙が何通も届いた。


だから、国王陛下のご命令を待たず、父は独自に動こうとした。


武器、弾薬。防水布で作られたテント。消毒薬。薬。包帯。毛布や武器。食料品にワイン。


メディシス侯爵家が手を尽くして、すべてをそろえ、荷馬車に積み……、そして、トニャッツィ辺境伯領へと向かおうとしたその時、国王命令で、荷馬車は止められた。


これといった功績もなく、無能で、享楽的なマウリツィオ・デ・スフェッレッラ王太子殿下に、国王陛下がなんらかの功績を与えてやりたいと、いきなり言い出したのだ。


我がメディシス侯爵家が用意した支援物資を、王太子マウリツィオ・デ・スフェッレッラの名でトニャッツィ辺境伯領へ送れ。


トニャッツィ辺境伯領へ物資が送ることができるのならば、それでいい。

それでよかったのに……。


支援物資の送付品目。

支援要請受領書。


そんな書類に、名前を書き、捺印をする。マウリツィオ王太子殿下の仕事はそれだけ。

わずか数分で終わるような、簡単なお仕事。

書けば、すぐにでも支援物資を乗せた馬車は、トニャッツィ辺境伯領へ向かう。


だと言うのに、サイン一つせずに、無能でクズのマウリツィオ王太子殿下は、桃色頭との逢瀬に出かけた。


帰城を待っていられない。

名目など後からどうとでもすればいいから、とにかく、至急、物資を送らせてほしい。


我が父、メディシス侯爵が、何度も何度も王に頼んだ。


物資の到達が遅れれば、それだけトニャッツィ辺境伯の領民、兵たち、皆が苦しむだけだ。


訴えた。


けれど、陛下はどうしても王太子に功績を与えたいと、頑なに拒んだ。


サインくらい、さっさとさせればよかろう。王太子のサインがあれば、物資を送ってもよい。


陛下が言ったのは、それだけ。


マウリツィオ王太子殿下を王命にて帰城させることすら行わずに、放置。


無能の親も無能だ。


嘆いた父。


大々的に、王都からトニャッツィ辺境伯領へと物資を送ることができないから、小規模に、少しずつ、せめて薬と食料だけでもと、こっそりと送ったけど……焼け石に水。


日に日に増していく、犠牲者の数。

せっかく用意した食料も、保存食を除き、荷馬車の中で腐ってしまった。


王命など無視していっそ……。


父が、体を震わせながら、何度そう言ったことだろう。


耐えきれず、マウリツィオ殿下が桃色頭を連れこんでいる宿に、このわたくし自らが乗り込んで、サインと捺印をと迫ったのは昨日のこと。


マウリツィオ殿下は、そこまでしたわたくしを宿からたたき出して、更に今日、我がメディシス侯爵家で開催した、支援義援金のためのパーティに乗り込んできた。


馬鹿なのかしら? 


わたくしは、壁際や廊下に待機している我がメディシス侯爵家の私兵たちに「この二人を捕らえなさい」と命じた。


捉えられ、縄に縛られ、床に転がされるマウリツィオ殿下と桃色頭。


「な、何をする! 俺様はこの国の王太子だぞ!」

「そうよ! 縄を解きなさいよ!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐマウリツィオ殿下と桃色頭。


わたくしはその二人を冷たい目で見下ろす。


「お前たちが肉体的遊戯に勤しんでいる間に、トニャッツィ辺境伯領ではどれだけの兵が死傷し、飢え、苦しんだと思うの?」


わたくしたちが準備した食料の一部も無駄になった。

再度支援物資を用意するのはたやすくはない。メディシス侯爵家の資金だとて、無尽蔵ではないのだ。


だから、このパーティを開催し、参加費用という名目で、トニャッツィ辺境伯領への義援金を貴族の皆様に募った。

集まった資金を使って食料や武器をトニャッツィ辺境伯領へと送る。


そのパーティで、何が愛だ。ふざけるな。愛で、死んだ兵士が生き返るか!


「お二人を、このまま、トニャッツィ辺境伯領までお送りさせていただきますわね」


マウリツィオ王太子殿下と桃色頭が目を見開く。


「キサマ何を……」

「何をって、決まっているではありませんか。もう戦線が維持できないほど、トニャッツィ辺境伯では民も兵も領主でさえも飢えているの」


こっそり送った支援物資。

当然、不足している。

領主でさえ、一日にたった一杯の野菜スープを飲んで飢えをしのいでいる。

戦うことなどできない。


「戦う力なんて残っていないのに、陛下は戦線を維持しろと命じてくる。支援物資は送りたくても王太子殿下のサインなしでは送れない。では、どうすればよいと思います?」


わたくしは口角を上げて笑ってやる。


「いくつか手はありますわよね。で、その中でも一番簡単なのは、降伏すること」

「勝手に! 降伏などできるものか! 戦線の維持は王命だ!」

「ええ。陛下はそうおっしゃいますね。でも、トニャッツィ辺境伯でさえ、食料もなく、戦うことなどできないのが現状なの」


撤退も禁じられ、食べるものもなく。

だのに、王命通りに戦って死ねと?

馬鹿々々しい。


「だからね、御礼申し上げますわ、マウリツィオ・デ・スフェッレッラ王太子殿下」

「な、何を……」

「もちろん。あなたの身柄をトニャッツィ辺境伯に送り、それから敵国であるアルナルディ王国に送ってもらいます」

「は……?」

「大丈夫ですわ。アルナルディ王国のファビオ王太子殿下とはすでに密約済みです。こちらの国から貴人の捕虜を送るとね……」


本当は、わたくしが捕虜となって、敵国に捉えられる予定だった。わたくしを助けるために、父がアルナルディ王国に下り、下りついでにトニャッツィ辺境伯へ支援物資を送る……という手筈整えていたのだけれども。


王太子が捕虜なれば。

いかな国王陛下でも、自ら動かなくてはならなくなるでしょう。


「ちなみにこの義援金を集めるためのパーティですが、反スフェッレッラ王国国王陛下、反スフェッレッラ王太子殿下の決起集会に近い側面もあったのですわ」


開催しようと計画を下最初は、本当にトニャッツィ辺境伯へ送るための義援金集めのパーティ……だけのつもりではいたのだけれど。わたくしたちだけではなく、王に対して不満を持つ者は多かったのよ。


離反して、アルナルディ王国に下りたいと我が父に相談を持ち掛ける者がいた。しかも複数。


知らぬは王家ばかりなり……なんてね。


そんな状況下で、反王家の筆頭、メディシス侯爵家に乗り込んでくるなんて、ホント殿下は無能でいらっしゃいますわね。

飛んで火にいる夏の虫?

どこかにそんな言葉があったと思いますが、まあ、運よくマウリツィオ・デ・スフェッレッラ王太子殿下などが手に入りましたので、有効活用をいたしましょう。


「ふふふ。人質生活もきっと、お二人の愛があれば乗り切れることでしょう」


人質になる前に、怒り狂ったトニャッツィ辺境伯や辺境伯爵領の領民や兵士に嬲り殺されるかもしれないけれど。


そこまでは、わたくしが関与することはない。


このパーティに参加している者たち、メディシス侯爵、兄、そしてわたくし。


わたくしたちは皆「トニャッツィ辺境伯爵領」へ「支援物資を送るだけ」ですもの。


それにね、国王陛下の望みの通りでございましょう?

何の功績もない王太子殿下が、わざわざ兵を鼓舞するために、自ら戦場へと赴く。

何てご立派な王太子殿下。

ほーら、陛下のお望み通りの立派な功績よ!


まあ、そのご立派な行動の末に、敵国の捕虜となるとは運がお悪かったのですわね……なーんて。うふ、うふふ、うふふふふ。


もちろん我が父であるメディシス侯爵とトニャッツィ辺境伯はアルナルディ王国と密約を交わしておりますから、もっと大きな不幸がマウリツィオ・デ・スフェッレッラ王太子殿下の身に降りかかるかもしれませんが。


マウリツィオ王太子殿下お一人では辺境などに向かわせたりいたしませんわ。桃色頭も殿下に同行させますし、すべてが終わったあと、この会場にいるわたくしたちも、アルナルディ王国に下りますからね!


うふ、うふふ、うふふふふ。


大丈夫。あなた方には愛があるのでしょう?

ああ、そうね、再会できた折には、殿下に向かい「黙れ、くたばりやがれ、クソ野郎」とはもう申しませんわ。

発言を撤回させていただきます。

代わりに、申し上げましょう!


「わたくしたちの役に立ってくださって、ありがとうございます、元・王太子殿下!」


この祝いの言葉と共に、晴れやかな笑顔を、あなた様にお送りいたしますことを、お約束いたしますわ!






終わり



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






お読みいただきまして、ありがとうございました!

1/5文章修正いたしました。





覚書き


■アーシア・ディ・メディシス侯爵令嬢

  赤みを帯びた黒く長い髪


■メディシス侯爵


■カルロ・デ・トニャッツィ辺境伯


■マウリツィオ・デ・スフェッレッラ王太子殿下

  金髪、青目。クソ野郎。


■クララ・ド・ダズブルゴ男爵令嬢

  桃色頭


■スフェッレッラ国王陛下

  無能の親も無能。


■ファビオ・デ・アルナルディ 敵国の王子

  活躍する予定が、名前しか出なかった( ´艸`)


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