1-6 大預言者

 ちょうど正午に差し掛かった頃。

 「それじゃあ行こうか」

 「はい…!」

 扉を開き、冒険者協会を出た途端、グゥゥゥ という何かを絞ったような奇妙な音が聞こえた。

 その発生源はアウローラの腹だった。

 「ひうっ!!」

 思わず自分の腹の前に手をやり、アウローラは顔を紅葉のように真っ赤に染め上げた。

 「き、聞こえ、ました…よね…?」

 チラリとルーカスの顔を伺うアウローラ。

くつくつと小さく笑い、ルーカスは提案を持ちかける。

 「仕方ないよ、あの朝のオムライスの時からもう随分たっているからね」

 ゴーンゴーンゴーン

 ルーカスが言い終わるや否や、正午を知らせる鐘が鐘楼から鳴り響いた。

 ポンと手を叩きルーカスはとある店を指差す。

 「あそこのパン屋は王国随一のパン屋でね、今日はあそこのパンを買ってお昼にしよう」

 「は、はい」

 そうして二人は石畳の上を歩き、パン屋〈アノール〉の扉を開けた。

 カランカランと小さなベルが店内に鳴り響く。昼時なこともあり、店内には数名の客がいた。

 バターのパン、クロワッサン、ミルクパン、チーズパン、ピザパンなどなどが並び、「どいたどいた!出来たてが通るよ!」と威勢のいい女将の声が響く。女将がオーブンピールを持って新たな焼き上がったパンを運ぶ。客たちはワイワイと近くに集まる。

 香ばしい匂いが入り口に立っていたアウローラたちの鼻腔をくすぐる。

 (わぁ……なんて美味しそうな匂い……)

 思わずアウローラが背伸びをして女将たちがいる方を見ているとポン、と背中をそっと押された。

 「僕たちも行ってみよう」

 「!!……(コクリ)」

 二人は女将たちがいる方へ移動した。

そこには出来たてホヤホヤの美しいパンが並んでいた。外側はエナメル色にこんがりと焼き上がっており、ふっくらとしている。

 アウローラが見惚れていると、ルーカスが女将に注文をしだした。

 「うーん、、じゃあこの出来たてバターパンを二つとあそこにあるピザパンを二つお願いするよ」

 「あいよ!ちょっと待ってな」

 女将はトングでバターパン二つとピザパン二つを紙袋に入れてルーカスに渡す。アウローラは駆け寄り、麻の鞄から小銭袋を取り出し、自分の分の金額を手に乗せた。

 だがルーカスが全部払ってしまった。

 「だ、ダメです……!!わ、私も……

んっ!?」

 アウローラは人差し指を口にそっと当てられた。

 「いいの。これは僕が勝手にしたことだから。アウリは気にしなくていいよ」

 「で、でもっ……!!」

 それ以上はルーカスの顔を見ると何も言えなかった。だから代わりに言う。

 「い、いつか……必ず、この借りは返します…から……」

 「ふはっ、いいって、」

 親切にされ慣れていないアウローラはまだ納得できていなかったがとりあえず今回はこれで我慢した。

 二人が店のドアを開け、外に出た時だった。

 少し先の広場で騒動が起きた。

深い茶色の毛並みの大きな馬が暴れ狂っていた。何度も何度も広場を駆け回り、砂埃を巻き上げている。あまりにも馬が激しすぎて誰も近づけない。「魔術師はいないのか!?」と誰かが叫んだのが聞こえた。

 そして続いて甲高い悲鳴。

 「きゃあああ!!!!誰か、誰か止めてぇぇぇぇ!!!!」

 よく見ると馬の背中には必死に手綱を握りしめて落ちないように馬の背中にしがみついている15、16歳の少女がいた。

 このままじゃ100%もうすぐ固い石畳に落下してしまうのが目に見えてわかる。

 (あ、あの人…助けなきゃ…!)

 アウローラは小さく息を吐くと静かに、スッと杖を馬と少女に向ける。

 その行動に気づいたルーカスがアウローラを見るとハッとした。アウローラの表情は恐ろしいほどに無。

 次の瞬間、馬の目がとろんとし、馬は大人しくなった。周りで騒動を見ていた男の一人が恐る恐る馬に近づく。そして驚いた。馬は立ったまま寝ていた。他の人たちも近寄り、確認すると男と同じように驚く。

 「さっきまであんなに暴れてたのに…」

 「一体誰が…」

 アウローラはホッと胸を撫で下ろす。そしてへなへなと座り込んだ。

 「よ、良かったぁ………」

 ルーカスはしゃがみ込み、アウローラを見る。

 「今のは、君がやったのかい?アウリ」

 「ひうっ……!は、はいぃ……で、でも、黙ってて、くださいね………」

 アウリがそう念を押すとルーカスはニコニコと微笑みアウローラの頭を撫でた。

 「よくやった、えらいえらい」

 「な、撫でないでくださいぃぃぃ……」

 アウローラが縮こまっていると、まだ幼さを若干残した、でも自信に満ちた声が響いた。

 「お待ちくださいませ!!」

 「ひぃっ!?」

 声の方角を見ると一人の少女がズンズンとこちらに向かってくる。

 白銀の腰ぐらいまである内巻きのふわりとした髪を靡かせ、緑色の雫型の宝石が付いた髪飾りを小さくシャラシャラと鳴らしながらやってくる少女。赤いベルベットの膝丈までのドレスを着ていることから、先ほど馬にしがみついていた少女だとわかる。

 少女はアウローラ達の前で止まる。

アウローラは震え、もうすっかり怯えた小鹿のようになっている。

 「先程はお助けいただきありがとうございました」

 少女はドレスの裾を摘み、洗練されたお辞儀をする。

 「…ひ、人違い、で………」

 「いえ。わたくしは確かに見ましたわ。貴女様が魔法を使うためにそちらの杖をわたくしとアーピーンの方に向けたのが」

 「あ、アーピーン…?」

 「わたくしの馬ですわ。あの暴れ馬です」

 「そ、そうなんです、か……」

 ここでアウローラは思う。なぜ自分が杖を向けたのが、あんなに離れていた広場から、それも暴れ馬の上に乗っていたこの人から見えるのか、と。

 「わたくし、実は剣士養成機関〈シュヴァリエ〉に通っていますの。だから普通の人よりも視覚が優れているのです」

 「へぇ……じゃあ僕と同じですね」

 さっきからずっと二人のやりとりを聞いていたルーカスがにこりと微笑み口を挟んだ。

 「剣士の素質がある人は、一般的な魔法が使えない代わりに、みんな五感や身体能力が高い人が多いんだ」

 「そ、そうなん、ですね……」

 アウローラは剣士のことをよく知らないため、素直に感心した。

 「貴方は?」

 「ルーカス・ルミニウスです。貴女と同じシュヴァリエ出身で、今は冒険者をこの子と一緒にやっています」

 少女は目を輝かせた。そして手を胸に当て、今度は剣士らしい格好で自己紹介をした。

 「アルス王国ブラックヴェル伯爵家が長女、ガーネット・ローズ・アップルトンにございます。先程は助けていただきありがとうございました。魔法使い様」

 「な、なな、何で、魔法使いって……」

 ガーネットは杖をチラリと横目で見る。

 「その美しい杖がその証拠にございます。魔術師は銀の杖、金の杖を持つことが許されるのは世界で数人しかいない偉大なる魔法使い様だけでございますから」

 「へぇ……勉強なるなぁ」

 (べ、勉強なるなぁ、じゃないですっ!!ああああ……)

 ふらふらと横の揺れているアウローラの手をガシッと取ると、ガーネットはその宝石のような赤い目をキラッキラとさせる。

 「わたくし、とってもとっても感動いたしましたのっ!!詠唱もなくて高度な睡眠魔法を使えるだなんて!!まさに、伝説に出てくる大魔法使い様のようでしたわぁ!」

 ブンブンと手を振られ、目の前でめちゃくちゃ褒められ、自己肯定感のめちゃくちゃ低いアウローラはもう失神寸前。何とか言葉を紡ぐ。

 「だ、だい……?」

 「勇者と大魔法使い」

 ルーカスが広場を指指す。そこには、さっきまで暴れ馬騒動で見えてなかったが、大きな金色に光り輝く像が立っていた。

 「行ってみようか」

 3人で広場まで行き、像の前に立つ。

その像は世界史の本に出てくるような絹を纏い、片手に本を持ち、一つの方角を指さしている頑健そうな老人の像だった。

 土台に金のネームプレートがあった。

 「大予言者…アルバス・アルカーヌム……?」

 「まさか、知らないの?」

 カタコト気味のアウローラにルーカスは少し驚いた。なぜならアルカーヌムのことは小さな子でも知ってるぐらい有名だから。

 「うぅ……す、すみません………」

 魔導書にしか興味がなく、アルテミナにいた時も実践魔法の授業と魔導書解読の授業しかまともに受けていなかったアウローラは世界史の授業などこれっぽっちも頭に入っていない。

 「大預言者アルバス・アルカーヌム。今から約4000年前の人でね、当時からほぼ外さない予言をしていたことから当時のアルス王国の王様にも重宝されていたらしい。国家の一大事に関わる大きなことは全てアルカーヌムが予言をしていたらしい」

 「ふえぇ……」

 「まったく、すごい人ですわよね」

 「そんなアルカーヌムは死ぬ前に、とある予言をしたんだ。とっても有名な。

 『いずれ来たる日、

世界の空より六つの大厄災が降り注がん。

その影は大地を覆い、

人々の心は恐怖と絶望に沈むであろう。


されど、厄災を鎮め得る者あり。

それは運命に選ばれし偉大なる勇者、そして叡智と魔力を極めし大魔法使いなり___』


 ってね」


 「それが皆さんがこぞって剣士や魔法使いを目指す理由なのです。剣士の中から勇者が生まれ、魔法使いの中から大魔法使いが生まれる、、、けれど今は誰もまだ少なくともそんな予兆を見せる人はいませんの。それに、その厄災だって、アルカーヌムが死んでから一度も訪れてないのですわ。だから半ばみんな信じてませんの。厄災も勇者も大魔法使いも」

 肩をすくめるガーネットはアウローラにニコリと微笑む。

 「そろそろ戻らなければ爺やが心配しますので、わたくしはこれにて失礼しますわね。…最後に、、わたくしのお友達に、なっていただけないでしょうか、」

 扇子で少し赤く染まった顔を隠しながら小さな声でガーネットは言う。

 「あ……えっ、と………」

 アウローラはかつての友達が脳裏によぎったがすぐに消した。

 「そ、そのっ……わ、私なんかで、よければ………」

 その言葉を聞いた途端ガーネットはパァッと大輪が咲くようなとっても嬉しそうな顔をした。ガーネットは心配だったのだ。昔友達になろうと言った子達はみんなガーネットのことを生意気、気取り屋、と言って離れていったから。だから本当に嬉しかったのだ。

ムズムズする口を押さえる。

 「よろしく、お願いしますわっ!!」

 「は、はい……え、えっと……アウローラ・フローリス、ですっ…」

 「きゃああっ!なんて可愛らしいお名前!」

 「あ、あうっ……」

 アウローラは少しびっくりしたが僅かに微笑んだのだった。

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