1-4 いざ、アルス王国へ!

 ガラガラと何かが地面を走る音が聞こえる。パカパカと何かが地面をゆっくりと一定のリズムで歩く音が聞こえる。カタカタと振動が伝わる。

 ハッとアウローラは目を覚ます。どうやら自分は寝ていたらしい。木の床が見える。

 身体をゆっくりと起こすと、目の前には新緑色の草花がだだっ広く広がっており、小さな家々が点々と遠くに存在していた。

 どこか見たことのある風景。アウローラが首を傾げた時、声がした。

 振り向くと、ルーカスがいた。

 「やっと起きた!随分と長い間意識を失ってたからどうしようかと思ったよ」

 アウローラはそれを聞いて段々と思い出した。

 森、魔獣、ルーカスに助けてもらった、そして気絶。

 アウローラは顔を真っ赤にして急いで謝った。

 「ご、ごめんなさい…!私、また迷惑かけて……」

 「気にしてないよ。そうそう、君の荷物も乗せておいたから」

 「乗せて、おいた…?」

 アウローラはルーカスの発言に妙に引っかかった。まるで今自分が何かに乗ってるような………

 「あれ?まだ気づいてなかった?ここ、荷台の上だよ」

 「にだいのうえ…?」

 平然と言うルーカスの言葉にアウローラはルーカスの言葉を繰り返し、脳に定着させようとする。そして改めて自分の状況を確認した。

 カタカタ揺れる木の床、見える二頭の馬の頭、見えるキャラメル色のハンチング帽を被った男性の頭。そして床に置かれているアウローラの杖と麻の袋。

 つまり、荷台の上である。

 アウローラは急いで立ちあがろうとした。

 「危ないよ、今立ったら…」

 「きゃあっ!!」

ルーカスの静止も虚しく、アウローラは馬車が揺れたはずみで荷台の上に転びそうになる。ルーカスは笑い、受け止める。

 「っと。あははっ、ほら言ったじゃん。今は馬車が走ってるから危ないんだよ」

 「ご、ごめんなさい…!!」

 アウローラはすぐにルーカスの手から離れると、慎重に尋ねる。

 「あの、この馬車は……どこに、向かっているんですか…?」

 「ああ、〈アルス王国〉だよ」

 「アルス王国…?それって……あの、クレメンス・バートン・トルーガリーさんの出身国の⋯?」

 「クレ… ごめん、なんて?」

 ルーカスに尋ねられた途端、アウローラはふんす!といきなりペラペラと饒舌に語りだした。

 「クレメンス・バートン・トルーガリーさんです!ニンジンを星型にくり抜くことができる魔法を開発した方なんです…!この魔法は今から437年前に当時、魔術師養成機関の一つ〈マース〉に通っていたトルーガリーさんが厨房のニンジンをスープに入れ…………」

 「ストップストップ!その、トルーガリーさんのことはなんとなくわかったから」

 ルーカスが止めようとするとアウローラはぷくっと頬を膨らませて、「まだ終わりじゃありません!」と言う。

 「…でもそのトルーガリーさん、ニンジンを普通に切るだけの魔法じゃダメだったのかな」

 「おそらくですよ?トルーガリーさんは天才、なんです!トルーガリーさんは常人には理解できない、至高の魔術師、だったんです!きっと!」

 自信満々に言うアウローラを見てルーカスは遠い目をする。魔法のことにあまり詳しくないルーカスでもコレは流石にわかる。

 (多分違うだろうなぁ)

 ルーカスのそんな目に気づかないアウローラは何やらまだ目を輝かせながら一人でぶつぶつとトルーガリーの役に立たなそうな魔法のことを呟いていた。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 『アルス王国まであと100ペル』という立て看板を通り過ぎた頃、アウローラはふと尋ねる。

 「そういえば……アルス王国には何の用で…?」

 「え?まさか覚えてないの?君はこれから〈冒険者協会〉に行き、色々登録して、僕のパートナーになるんでしょ?」

 アウローラは思い出した。森で約束したこと。ルーカスの手を取ったこと。

 「ほ、本当に、私、パートナーになるんですね……」

 アウローラはあの時手を取った自分がいまだに信じられなかった。そして同時に、少しは進歩したのかな、と少し自分を褒めた。

 「ほら、あそこに見えるのがアルス王国だよ」

 指をさされた方を見ると、大きな入り口の門が見えた。

 間も無くして荷馬車は門の前に止まる。

立っていた二人の兵士が荷物確認をする。

 問題なく入ることができた。荷馬車の御者が荷馬車を門付近の端に停めた。

 「ほい、ここまでだ。俺も物資を店々に届けなきゃならねぇ。ここでお別れだ」

 ルーカスは頷き、懐から銀貨を数枚取り出し、御者の手に握らせた。

 「十分助かったよ。ありがとう」

 「あ、ありがとう、ございます…」

 「おう!嬢ちゃんも気ぃつけてな」

 そうして御者は二人を置いてどこかに行ってしまった。

 その背中を見送り、ルーカスは振り返り、アウローラを見るとにこりと笑う。

 「よし!じゃあ行こうか、冒険者協会へ」

 「は、はいっ…!!」

 アウローラは麻の鞄を斜めにかけ、身の丈を超える長い金の杖を胸の前で握り、頷く。

 


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 アウローラはルーカスの後ろをトコトコと歩きながら、興味津々で時々キョロキョロと辺りを見回す。

 アルス王国はとても大きな国で、アウローラが住んでいる〈バーノック王国〉とは全然違う。様々な遠国の商人が絶え間なくやってきたり、移動式劇団がやってきたり、美食が揃っていたりと、とにかく大きな国なのだ。

 最近ではアルス王国への移民も多いだとかで、より活気溢れているそうだ。

 冒険者協会に向かう途中、ルーカスは言う。

 「君には先に僕のことを話しておこうと思う。パートナーになる仲だしね」

 「は、はい」

 「僕の故郷はアルス王国の北部に位置する〈イェニシ村〉なんだけど、昔から伝説に出てくる勇者に憧れていてね。それでこのアルス王国にある剣士養成機関の学園〈シュヴァリエ〉に編入したんだ。シュヴァリエでは途中まで馬鹿にされてたよ。一般家庭のくせに、ってね。

 そしてあれよあれよと言う間に卒業して、冒険者協会に入って簡単な依頼を受けて日銭を稼いでたんだ。そんな時に訪れた森でアウローラに出会ったんだ」

 「そ、そうだったんですね……」

 アウローラは髪をくるくるといじりながら思う。引きこもりのアウローラでも、剣士養成機関の学園の一つ、〈シュヴァリエ〉のことは知っている。

 シュヴァリエは大陸随一の剣士学校だ。貴族ばかりの学園で、よほど優秀でなければ入ることすら許されない場所。 

 そこに一般家庭出身のルーカスが途中編入することがどれだけ大変で血の滲むような努力をしたのかを。

 それを何も知らない他人が勝手に馬鹿にすることはあってはならない。

 同じような境遇だったアウローラだからわかることだ。

 「……る、ルーカスさんは、すごいと、思います……その、努力は、誰も馬鹿にする権利なんか、ありません…… 少なくとも私は…そう思います」

 声を振り絞り、ゆっくりと言うアウローラに少し驚きながらも、ルーカスは微笑み、「ありがとう」と言った。

 「さて!着いたよ、ほら。顔をあげてみて」

 ルーカスに促され、顔をあげたアウローラは驚いた。目の先には煉瓦造りの大きな立派な建物が腰を下ろしていた。

 何人もの人たちが出て行ったり入って行ったりしている。

 「ここがアルス王国の〈冒険者協会〉だよ。来るのは初めてだよね?」

 「は、はい…私が、かつて一年間だけ、冒険者協会に所属してた時は、バーノック王国の冒険者協会でしたから…」

 「そっか、じゃあ案内しないとね。着いてきて」

 そうしてルーカスとアウローラは冒険者協会の重厚な扉を開け、中に入った。



 「わぁ…………」

 中には沢山の人たちがいて賑やかだった。

 みんな冒険者や冒険者志望の者たちばかり。大体がパートナーらしき人と一緒にいるのがわかる。

 「み、みんなパートナーいるんですね…」

 「うん、そうだね。討伐対象になる魔獣は剣だけでは通じない、魔法だけでは通じない、というのが多いからみんな剣士と魔法使いのパートナーを見つけるんだ」

 「………」

 アウローラは思い出す。かつて組んだ冒険者たち二人のことを。

 二人ともアウローラのことをとてもすごいとか言い、パートナーにしたのにいざ組んでみれば文句ばかり、挙げ句の果てにはアウローラを置いて逃げたこともあった。

 「…どうしたんだい?」

 「あっ……な、なんでもない、です!」

 「本当かい…?それならいいんだけど…

まぁとりあえず登録しに行こう」

 「はい…」



 受付に行くと、桜色の髪の若いエルフの女性が微笑み出迎えてくれた。

 女性はアウローラの金の杖を見ると少し驚いた顔をした。

 当然だ。魔術師は普通だが、〈魔法使い〉はごく稀にしかいないからだ。

 「ようこそいらっしゃいました。ご用件は?」

 「あ、えっと……その……」

 言葉がなかなか出てこない。申し込みに来ました、という言葉が出てこない。人と全然話してこなかったせいだ。

 (なんで私は、これくらいも自分で言えないんだろう……こんな自分が嫌だ……)

 アウローラがワンピースのスカートをギュッと握りしめた時だった。


 

 「この子が新しく冒険者協会に申し込みに来たんです」


 アウローラはバッと顔をあげた。ルーカスはウインクをし、女性の方に向き直る。

 女性は何かを察し、頷いた。

 「かしこまりました。では一名様のご登録でございますね?では手続きを始めますので少しお待ちください」

 そう言うと女性は受付の奥の方に行った。

 アウローラはギュッと杖を握り締め、潤んだ目でルーカスを見る。

 「そのっ……また助けていただき、ありがとう、ございます……」

 「大丈夫、誰もここでは君を叱らないよ。君は悪くない」

 「うっ……ひっく、うぁ……うぅ……ありがと、ございます……」

 ポロポロと涙を流しながら言うアウローラの背中をルーカスはそっと撫でた。

 間も無くしてエルフの女性が帰ってくると女性は少し驚いていたがルーカスの目線から訳ありなことを察し、そっと羊皮紙と羽ペンを机に置いた。

 「では、ここに書いてあることをなるべく三個以上は書いてください」

 「………(コクリ)」

 アウローラはそろそろと羽ペンを取ると羊皮紙に書かれてある項目を埋めていく。

 そして書き終えると女性は紙を満足そうに眺め、バッジを一つ取り出し、アウローラに渡した。

 「これが冒険者協会の印です。身分証明書代わりにもなります」

 アウローラは小さな手でバッジをそっと取ると、しげしげと見つめた。

 金縁の丸いバッジで、濃紺の地に金の細い筆記体で『アルス王国冒険者協会』と書いてあり、アルス王国の冒険者協会の緻密なマークが記されている。

 アウローラがバッジに夢中になっている隙にルーカスは次の行動に移った。エルフの女性に言う。

 「実は、この子とパートナーになりたいと思っているんだ」

 「そうでございましたか。では、フローリスさん、あなたもそれに賛成ですか?」

  「あうっ……」

 急に話をふられたアウローラは手をゴニョゴニョさせながら、小さく頷いた。

 「……はぃ」

 女性はにこりと微笑むと紙をルーカスに渡した。ルーカスはその紙に羽ペンで自分の名前を書き、アウローラに渡した。

 アウローラも羽ペンで署名をした。

 女性は満足そうに頷いた。

 「これで契約成立です。それでは行ってらっしゃいませ。剣士様、魔法使い様」

 ルーカスは微笑み、アウローラの目を見て言う。

 「改めてよろしくね、“アウリ”」

 「よろしくお願い…あ、ああ、あ、アウ、リ!?な、なな、何ですか、それ…!?」

 「ん?アウローラだからアウリ、っていう愛称で呼ぼうかなって思って。“パートナー”だし?」

 ニヤリと笑うルーカスを見ながらアウローラは震えた。

 (そんな呼び名、ジェンキンスさんにもされたことないのにぃぃぃぃ!!)


 そこでアウリこと、アウローラは思い出す。

ジェンキンスから木の実採集という名の景品(お使い)を与えられていたことを。

 


 「うわぁぁぁぁぁ!!!!わ、忘れてたぁぁぁぁぁ!!!!」




 その場にいた者たちは悲鳴のような叫び声を聞き、一斉に振り返り、このポンコツ天才魔法使いを見たのである。






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※以下は作中に出てきたものを少し解説



100ペル 

→“ペル”とはこの物語の世界の距離の単位の

 一つであり、ペルはメートルを表します。



アウローラの登録内容

1、名前 アウローラ・フローリス

2、職業名 魔法使い

3、得意なもの 7つ同時魔法展開

4、家族 無し

5、卒業 魔術師養成機関〈アルテミナ〉

 

 




 

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