1-2 出会い、そして倒れる
アウローラはのろのろと自室に戻ると、何度もため息をつきながら、「行きたくないよぅ……」と呪いのように何度も復唱しながら麻の斜めがけ鞄に必要な物を詰めていく。
読み終えてない魔導書一冊、古びた地図、銀貨数枚、木の実を入れるようの小さな袋。
「なんで私がこんなことを……行きたくないよぅ……うぅ……」半ばべそをかきながらも着々と準備を整えていく。
髪もいつも通りハーフアップにする。これしかアウローラはやり方を知らないから。
最後に、先の方に緑色の綺麗な魔法石が嵌め込まれた身の丈を超える精緻な金の杖を握りしめる。ローブはアウローラには色々な意味で重すぎるので着用しない。
アウローラは姿見の前に立つ。そこにはこぢんまりとした貧相なチビの見窄らしい少女がまるで偉大なる老賢が持つような杖を握りしめているというなんとも珍妙な姿が映っている。
アウローラはまたため息をついた。これもアウローラの自己肯定感がものすごく低い理由の一つなのだ。
「こんな私がこんな立派な杖を持ってて本当にいいのかな……いいはずない、よね……これはもっと、すごい人が持つ物だよね……例えば、えっと………エデルニー・ティガリアディア・ズーナーデンさん、とか…?」
魔導書にしか興味ないアウローラはやけにマニアックな、ほとんど誰も知らないような名前しか浮かばない。
ちなみにズーナーデンとはアウローラが持ってる六百七十三冊の魔導書の一つに出てくる〈犬の頭に花を咲かせる魔法〉というなんともアホな魔法を作った人物である。
大半からしたら役に立たない魔法を使っただけの人でありその魔導書の周辺のページの端っこにしか出てこないような人物なので多分アウローラ以外誰も覚えてないだろう。
だがアウローラからしたらとってもすごい偉人の一人なのである。
ズーナーデンのことを思い出すとアウローラはなぜか勇気が出てきた。全く謎である。
「よし…ズーナーデンさんも、もしかしたら、私みたいだったかもしれない…よ、よぉし……い、行くぞー!」
アウローラは拳を握り締め、自分を鼓舞し、自分の予想する勇気のある者がするような体制と足取りで歩き出し、部屋を出た。背筋をしゃんと伸ばし、杖をしっかりと握り締め、大股で一歩一歩階段を降りていく。
ちょうどジェンキンスとばったり会った。アウローラは再び拳を握り締め、ぎゅっと引くと、口の端を上げ、鋭い目つきをし(アウローラの思ってる勇気がある者の顔)、ジェンキンスに言う。
「行って、きます!!」
ジェンキンスは全てを察し、眉間に手をやると、ため息をついた。
「…ああ、行ってらっしゃい」
「はいっ!」
こうしてアウローラは出立した。ジェンキンスは心配そうにその光景を玄関ドアに寄りかかり、背中と杖が見えなくなるまで見ていた。
「心配だなぁ… 」
ジェンキンスの心配も知らないアウローラは石畳の道をギクシャクと歩いていた。
アウローラにとって、これが勇気ある者の歩き方なのだ。
当然町行く人々からは好奇と若干の羨望の眼差しで見られている。それもそのはず。奇行をする少女が魔法使いにしか与えられないはずの黄金の長い杖を握り締めて歩いているのだから。
そんな目線にこの天才なのか馬鹿なのかわからない魔法使いの少女は自信を持って歩き続ける。
「うん、これでちょっとはかっこよく見える、よね」
否、全く見えないのである。
そして随分と歩き、町を抜けた。そよ風が吹き抜ける。
「わっ……すごい…町と全然違う……」
一気に視界が変わる。石畳はずっと続いているがいかにも田舎景色だ。ポツポツと遠くに小さな家が見えるだけであとは草花。そして十分ぐらい歩き、アウローラは〈ウィリーデの森〉の入り口まで辿り着いた。
「えっと、ここで合ってる、よね……?」
アウローラはもう一度まじまじと地図を見返す。古い地図のせいでところどころ地形が掠れていて読み取れないところもある。
「なんとか、なるよね…?木の実、見つけて帰るだけ、だし……」
アウローラは森に踏み込んだ。一気に空気が変わる。森はとても静かだった。小鳥の囀りが時々聞こえ、滝の水音が遠くから聞こえるだけ。
アウローラはキョロキョロと辺りを見回し、木の実を探す。だが今は冬になりかけなこともあり、なかなか見つからない。ザクザクと草と土を踏む音がやけに大きく聞こえてアウローラの心を不安にさせていく。
「…本当にこの森にあるの…?ジェンキンスさんが、騙してただけとか…うぅ……このままじゃ日が暮れちゃうよぅ………」
自分は何をしているのだろう、と思いそろそろ撤収しようと思った時だった。少し先にリスがいた。よく見るとリスは木の実を齧っている。
アウローラはすぐに駆け寄る。予想通り、そこには木の実が何個か落ちていた。
「あった…!!よ、よし、これでジェンキンスさんに怒られなくてすむ…」
アウローラは杖を側にあった木に立てかけ、麻の鞄から小袋を取り出して木の実を拾っていく。腐っていてじゅくじゅくになっているものなども多く、厳選がなかなか大変だった。
気づけば日が暮れだしていた。
そろそろ帰らなければと思い、立ちあがろうとした時だった。
グルルルル…………
低い獣の唸り声のようなものが聞こえた。
「な、何………?」
アウローラは怖くなった。鞄を肩にかけ、杖を取った瞬間、森の奥で何かが光った。
その正体はすぐにわかった。光った何かは森の木々の奥からゆっくりと姿を現した。アウローラはひくついた。
「ま、ま、まじゅ、う………」
魔獣。それはどこから現れたのかもわからない、いつの間にか古来から存在していたバケモノ。知性が低いものは獣の姿をしており、知性が高いものになる程人型に近くなっていく。そして魔獣の一番の特性は、魔法が効かないものもいること。見た目だけでは判断できないのだ。
だからこそ、魔術師は魔術師養成器官の学園を卒業すると冒険者協会に入り、剣士のパートナーを見つけ、共に行動するのだ。魔法が効かない魔獣は剣でしか倒せないから。逆に剣が通じない魔獣は魔法でしか倒せない。
だがアウローラは人を避けるために魔法協会に入ってないため、当然パートナーなどいるはずもない。
知識で魔獣のことはよく認知していたが知識だけでは当然戦える相手ではない。しかも実物を見るのは初めて。圧倒的にまずい状況。
アウローラが一歩下がった瞬間、魔獣は素早くアウローラの下まで距離を詰め、飛び上がった。
アウローラは杖を構え、咄嗟に無詠唱で防御結界を展開。青白い障壁に魔獣の爪が食い込み、パリン!とガラスが割れるような音を立てて防御結界が割れた。
アウローラは後ろに後退する。
(なんて威力……!こんなに魔獣って、強いの……!?ど、どうしよ………そ、それなら……)
アウローラはすぐに攻撃魔法を放つ。
強力な上級魔法。
炎の矢が数本、魔獣を直撃________のはずだった。
(っ!!な、なんで………)
魔獣は無傷。
アウローラの頭は一瞬で理解した。この魔獣は魔法無効型だと。となると魔法では倒せない。アウローラは絶望した。
「ま、魔法……効かないってことは………私、死ぬ……」
アウローラの手から杖がカランと音を立て、地面に落ちる。
アウローラは無詠唱で魔法が使えるし七つ同時に魔法の展開もできる。だがそれはあくまで相手に魔法攻撃が効く時だけ。魔法が効かなければいくらどんなすごい天才でも倒すことはできない。
逃げるという選択肢もあるが、“死” というフレーズに囚われてしまった今のアウローラではそんな考えすら頭に浮かばない。
へたり込み、涙が出てきた。
かつて誰かに言われた言葉が頭によぎる。
「ほら、だから言ったんじゃん。君は結局何もできない。役立たずなんだから」
「この役立たずが!!お前がいるら!」
「あ………ごめ、ん、なさ………」
誰に対しての謝罪か自分でもわからない。
魔獣がジリジリと距離を詰め、飛び出した。
アウローラは目を瞑り死を覚悟した。
…だが何も怒らなかった。痛みも無い、血も飛び散らない。
アウローラが恐る恐る目を開けると、目の前には魔獣の首が転がっていた。
「ヒッ……!!な、何で……」
訳がわからず、魔獣の身体がボロボロと崩れて消えていくのをただただ固まって見ていた。すると、声がした。
「間に合って良かった!君、大丈夫…?」
一人の青年が駆け足でやってきた。十八歳ぐらいの青年。淡い金髪に綺麗な碧眼、そして整った、人の良さそうな顔立ち。白いマントを羽織っており、手には銀色の剣を持っている。一目でわかる。この青年が魔獣を倒したのだということが。
アウローラは座り込んだまま動かない。
「君、本当に大丈夫…?もしかして怪我して……」
次の瞬間、太陽のような優しい笑顔を向けられた引きこもり天才魔法使いは長年闇に閉じこもっていた吸血鬼が陽の光を浴びせられ灰になるがごとく_________
「ふえっ、あっ⋯⋯⋯」
______________バタンッ
失神したのである。
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