1-1 だらしなさNo. 1魔法使い

 チチチッ、という小鳥の囀りが曇りガラスの窓の外から聞こえた。分厚い本を枕がわりにして机に突っ伏して寝ていた少女は目を覚ます。もう朝なのかと思いとりあえず少女は椅子から立ち上がる。立ち上がったはずみに積み上がっていた本達が何冊かバラバラと机の上に崩れて散乱。少女は慣れた手つきで本達をまた積み上げた。そしてその辺に落ちていた古びた膝丈までの黒い、裾が広がっている長袖のワンピースを着る。細く華奢な身体にはブカブカ。

 あちこちに本が積み上がっている間をまるで迷路のようにのろのろと歩き、少女は木の扉を開け、部屋を出ると階段を降り、一階の洗面所に向かった。錆びた取手を捻り、蛇口から出てくる水を小さな手で掬うと顔にパシャパシャとかける。

 「冷べたっ……!うぅ………」

 少女は思わず身震いし、すぐに近くに置いてある手拭いで顔を拭く。そして顔を上げる。そこに映っていたのはいつもと変わらない自分。

 癖のついている亜麻色の髪、前髪の間から覗く自身なさげな菫色の瞳、血色の悪いどこか青白い顔。

 思い出す。いつか誰かに、「笑えば幾分か愛嬌ある顔なのに」と言われたことを。けれど少女にとって笑うなど簡単なことではないのだ。

 少女がさっさと二階の自室に退散しようとした時、洗面所の入り口からヒョイと見慣れた顔が覗いた。

 黒に近い癖っ毛の濃い茶髪の髪を低い位置で一つに束ねていて、無精髭を生やし、細い銀縁の丸眼鏡をかけている四十代後半ぐらいの男。男は少女に声をかける。

 「おう、起きたかアウローラ。おはよう」

 「あ、おはよう、ございます……ジェンキンスさん……」

 アウローラと呼ばれた少女は自身なさげな小さな声で挨拶を返す。

 「朝飯できてるから、ちっとは食べろ。死ぬぞ」

 「ヒッ、、!し、しし、し、死ぬ、んですか…?私……」

 酷く動揺するアウローラをジェンキンスは適当にあしらう。

 「あ?比喩表現だ、比・喩。とにかく食べろよ。このままじゃお前が大好きな魔導書研究もできなくなるぞ」

 「そ、それはダメ、です!!私、ちゃんと食べます!!」

 魔導書研究ができなくなるということはアウローラにとって死ぬことと同じレベル。本の虫ならぬ魔導書の虫であるアウローラは魔導書だけで一週間過ごせるほど魔導書が好きなのである。

 アウローラはそそくさと居間に行く。間も無くしてジェンキンスが出来たてホクホクの焼きジャガイモのオリーブ添えを運んできた。ジェンキンスが席につくとアウローラは黙々と食べ出す。

 「美味いか?」

 「あ、、は、はい」

 「そりゃよかった」

だがいつもすぐ無言になる。アウローラは人と喋るのが苦手で自分からは決して話さない。ジェンキンスも寡黙なため自分からはなかなか話さない。おかげでこんな地獄絵図がすぐ生まれるのだ。だが今日は違った。

 チラリとジェンキンスはアウローラを見ると言う。

 「昨日、夜お前の部屋に忘れ物届けに行ったら悲惨なことなってたな」

 「悲惨なこと、とは……?」

恐る恐る聞くアウローラにジェンキンスは容赦なく現状を突きつける。

 「服は脱ぎっぱなしで床に散乱、本はいつでも雪崩のように崩れてきそう、杖は床に転がってる、ローブは埃かぶってる。俺の店兼家の一部に住んでるくせにあんなに魔導書やら色々持ち込み汚くしやがって。」

 後半ほぼ愚痴を言うジェンキンス。実際、アウローラの部屋はどこからこんなに運んできたのかと言うほど大量の魔導書で埋め尽くされている。おまけに魔法使いの証である身の丈を超える金の立派な杖や金糸が施された黒のローブを埃まみれにしている。一介の魔術師が見たら泣くレベルである。

 「で、でも……心地いいから………」

 手をゴニョゴニョさせながらモゾモゾと口を動かすアウローラにジェンキンスはトドメの一撃を放った。

 「だらしなさNo. 1魔法使いランキングあったら大陸一位決定だな。優勝おめでとう」

 「あぅっ……ひ、酷いですぅ……」

半ば涙目でアウローラは訴えた。

 「酷かねぇよ。ちなみに優勝者のアウローラさんにはちゃーんと景品も用意しているからな。天才魔法使い様にとっては至極簡単で嬉しーいプレゼントだ」

 アウローラ・フローリスは天才魔法使いである。一般的に、魔法が使える存在〈魔術師〉は詠唱が不可欠で魔法の同時行使が三つまでなところ、アウローラは猛努力の末、弱冠13歳までに魔術の無詠唱化&七つまで同時に魔法を行使することを会得。そして魔術師を超えた存在、〈魔法使い〉の称号を得たのだ。それから訳あって人と関わらずに、小さな町の中の、ジェンキンス・エバンスが営んでいる小さな魔法骨董店の奥で、魔法協会から送られてくる小さな仕事を細々とこなしたり、魔導書の研究をしたり住み込みのような形で少しずつ日銭を稼ぎながら暮らしているのだ。

 アウローラはすぐに嫌な予感がした。こうしてジェンキンスが何かをほいほいくれる時は大体ろくでもないことの始まりだからだ。

 「け、景品……ち、ちなみに、いらない、というのはぁ…」

 「なしだ」

 ジェンキンスは容赦なかった。寧ろどこか楽しそうに見えた。

 「うぅ………あの魔導書は確か新しい結界効率化魔法の規則性が……一昨日の魔導書の問題点は………」

 目線を下にやり魔導書に思いを馳せ、現実逃避しようとしているアウローラにジェンキンスは言う。

 「景品は〈ウィリーデの森〉での5種の木の実採集だ。俺が研究に使うための」

 「き、き、木の実、採集…うぅぅ……なんで、私がぁ………」

 「ニートのくせに文句言うな」

 「に、ニートじゃ、、」

 だが当然その先は言えない。冒険者協会にも所属しておらず、引きこもって最低限の与えられた小さな仕事しかしていないアウローラはニート同然なのだから。




天才魔法使いはこうして泣く泣く世界一いらない優勝景品を貰った(命令された)のである。


 

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