第3話 婚約者は静かに決意する
「アハハハッ、オリアナは本当に可愛らしいな」
「殿下こそ、とても麗しい方ですわ」
学園に入学して一年半が過ぎたある日。
教室にいた私は、学園の中庭で堂々と浮気をする婚約者の姿を目にし、小さくため息をついた。
学園に入学して以来、ディルク様は宣言通り、見目麗しい令嬢たちと浮気を繰り返していた。
ある時は、我が家と敵対関係にある家の令嬢と。
ある時は、留学中の友好国の王女様と。
『上位貴族の令息たちと親しくしている』と令嬢たちの間で問題児扱いされている男爵令嬢と浮気している場面を目撃した時には、さすがに卒倒しそうになったわ。
それほどまでに、彼はとっかえひっかえ、臆面もなく浮気を重ねていたのだ。
最初は『冗談でしょう』と思っていた。
だって、次期国王になるべく日々研鑽を積んでいたディルク様が、堂々と浮気をするなど、他の貴族たちへの示しがつかない行為をするとは、到底思えなかったから。
けれど、初めてその現場を目にした時、彼が本気で“自由”を謳歌しようとしているのだと思い知った。
それからは、見かけるたびに婚約者として咎めた。
悪しき歴史を、繰り返してはならないと思ったから。
まぁ、その度に『君と僕は卒業後に結婚するんだから、その間くらい自由にさせてよ』って言葉が返ってくるのだけど。
そう言えば、幼い頃から婚約者がいるにも関わらず、別の令嬢と親しくていたわね。
あの時は、私が諫めただけで大人しくしてくれたから特に気にしなかったけど……なるほど、彼の浮気癖は生まれもったものだったのね。
「アリアン様」
「えぇ、分かっている。今すぐ行くわ」
仲の良い伯爵令嬢に声をかけられ、私は再びため息をつきながら重い腰を上げ、教室を出た。
正直なところ、私の両親や国王夫妻がディルク様を諫めてくだされば、こんな面倒な役回りを担わずに済む。
けれど、うちの両親も国王夫妻も、ディルク様の浮気を「若気の至りだから」と、問題視してくれない。
それどころか、『あなたが婚約者として、きちんと諫めないからでしょう』などと言われる始末。
結局のところ、彼が浮気をしていても王太子としての公務をきちんとこなしているから目を瞑っているのでしょう。
「ディルク様。何度も申し上げておりますが、公の場で婚約者以外の令嬢を侍らせるのは、次期国王として示しがつきません。どうかおやめください」
「アリアンか」
中庭に現れた私を見て、ディルク様は露骨に顔を顰めた。
その横で、彼と仲睦まじく談笑していた令嬢が、瞳を潤ませながらディルク様に身を寄せる。
その口角は、僅かに歪んで上がっていた。
この子、噂の男爵令嬢ね。
『王太子のお気に入りになった』という噂は本当だったようね。
眩暈で倒れそうになるのを必死に堪え、視線をディルク様へ戻すと、彼は不機嫌そうに口を開いた。
「アリアン。何度も言っているだろう。僕と君は、卒業すれば結婚する。だからその間は、自由にさせてほしいと……」
その時、ディルク様は何かを思いついたように、ぱっと表情を明るくした。
「そうだ。君も自由にすればいい」
「は?」
何をおっしゃっているの?
眉を顰める私に向かって、急に機嫌を良くしたディルク様が、水を得た魚のように語り出す。
「君は『自分に自由がない』ことに不満を持っているんだろう? だったら、君も自由にすればいい。君の両親や父上には、僕から話しておくから」
「何を……言って……」
『自分が浮気しているから、君も浮気していい』
そんな理屈が、まかり通るわけが……
「さすがですわ、ディルク様! 本当にお優しい方ですのね!」
「アハハハッ、ありがとう。オリアナ。君と結婚できたら、どれほど幸せだろう」
「っ!?」
婚約者がいるにもかかわらず、別の女に平然と愛を囁くその姿を見た瞬間。
私の中で、何かが音を立てて崩れ落ち、木っ端微塵に消え去った。
「……分かりました。あなたの言う通り、自由にさせていただきます」
「あぁ、そうしてくれ」
男爵令嬢と再びいちゃつき始めた婚約者に背を向け、教室に戻る私は静かに決意する。
もういい。
こんな男、こちらから願い下げだ。
この国がどうなろうと、知ったことではない。
誰もがあの男の幸せを願っているのならば、私は私自身の手で幸せを掴みに行く。
たとえ勘当されようとも構わない。
その後、私は王太子妃としての公務をこなしながら、己の幸せを掴むため水面下で動いた。
そのことを、隣国の皇子様がすでに知っているとも知らずに。
そして2年後、王太子の誕生日パーティーで私は贈り物として『婚約破棄』を申し出た。
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