第2話 婚約者は宣言される

「アリアン。大事な話がある。執務室に来てくれないか?」

「はい、分かりましたわ」



 婚約してから十年が経ち、私もディルク様もすっかり紳士淑女として成長した。

 かつては可愛らしさの残っていたディルク様は、いつの間にか凛々しい青年へと変わり、その姿を目にするたび、私の鼓動はうるさく跳ねるようになっていた。

 そんな折、私は珍しくディルク様の執務室へ呼び出された。

 婚約を結んでから、二人きりで執務室に招かれるのはこれが初めてだったため、自然と胸が高鳴る。

 けれど、その期待は、彼の言う『大事な話』であっさりと冷めてしまったのだけれど。


 初めて入った執務室は、効率を重視したもので生真面目で誠実な彼らしいものだった。


 入ってすぐ、対面のソファーに座らされるとディルク様が人払いを命じる。


 よっぽど大切な話らしい。



「さて、早速本題に入るんだけど」

「はい、なんでしょうか?」



 二人きりの執務室で、どこか浮ついた表情のディルク様が反対側のソファーに座られると早速本題……ではなく、確認をし始めた。



「僕たち、来月学園に入学するよね?」

「そうですわね」



 16歳になる私とディルク様は、この国の仕来りに従って、王族や貴族が通う学園に来月から入学する。


 それは、先月の王太子妃教育で教えてもらった。



「そして、学園を卒業したら、王命に従って僕たちは結婚するんだよね?」

「えぇ、そうですね」



 ――何を今さら。そのためにこの10年、互いに王族教育に励んでいたではありませんか。


 そう思ってしまったのは、きっと私だけではないはず……と信じたい。



「だったら、学園に通っている間、僕を自由にさせてくれないか?」

「えっと……それはどういう意味でしょうか?」



 この話の流れで「自由にしてほしい」と言われ、その意味が分からなかったわけではない。

 けれど、どうしても――信じられなかった。


 だって、次期国王として頑張っていたディルク様がそのようなことを口にするとは思えなかったから。


 すると、ディルク様は不機嫌そうに口をへの字に曲げ、行儀悪くソファーに腰掛けて足を組んだ。



「僕は生まれたときから、国王になるための勉強ばかりしてきた。自由なんて、どこにもなかった」

「……それは、私も同じなのですが」



 私は八歳から王太子妃教育を受けてきた。

 けど、それ以前から公爵令嬢として厳しい淑女教育を受けてきた。


 そういう意味では、私もディルク様と同じく自由なんてなかった。



「ハッ、どうせ君は、僕と違って少しくらい自由はあっただろう?」

「いえ、私もそれなりに自由はありませんでしたが……」

「ともかく!」



 ディルク様は私の言葉を遮り、声を荒げると、まっすぐに私を睨みつけて宣言する。



「学園に通っている間、僕を自由にさせてもらう! 異論は認めない! どうせ君と僕は、最終的には結ばれる定めだから」



 そう言い残し、ディルク様は執務室を出て行ってしまわれた。

 一体、何が彼の琴線に触れたのだろう。


 今までそんな素振りはなかった……はず。



「それよりも、学園で“自由”って、まさか……」



 私は、随分前に王太子妃教育で教わった話を思い出す。

 遥か昔。

 当時の王太子が「僕を自由にさせてもらう!」と言い放ち、学園に在学中、数多の令嬢と浮名を流した。

 その結果、貴王族への信頼は大きく揺らぎ、王家は存亡の危機に陥った。

 当時の国王は、その王太子を廃嫡。

 さらに、社交界で問題児とされ、王太子の寵愛を一身に受けていた男爵令嬢と彼を婚姻させ、一代限りの伯爵位を与えた上で、辺境の領地へ追いやることで、辛うじて王家の危機を乗り切ったとされている。



「殿下も、王太子教育で教わったはずなのに……本当に大丈夫かしら」



 かつての王家の大罪を、繰り返さなければいいのだけれど。

 ディルク様が去った後の執務室で一人、私は王太子としての彼の振る舞いと、彼との将来に拭えぬ不安を覚えた。

 そして、その不安は虚しくも的中してしまうのだった。

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