婚約者の誕生日パーティーに婚約破棄を申し出た

温故知新

第1話 婚約者は信じていた

「ディルク・フォン・ルーラット王太子殿下。お誕生日、おめでとうございます」



 王家主催の王太子殿下の誕生日パーティーで、私アリアン・ディスクレイス公爵令嬢が婚約者である王太子に挨拶を申し上げる。



「アリアン! 貴様は今日の誕生日パーティーに招いていないはずだ!」


 ディルク・フォン・ルーラット王太子殿下は、腕の中に抱き寄せたピンク色の髪と空色の瞳を持つ愛らしい男爵令嬢を庇いながら露骨に眉を吊り上げる。


 その堂々とした態度で婚約者を貶める姿に、賑わっていた会場が静まり返る中、ゆっくりと顔を上げた私は、王太子殿下の正式な婚約者として淑女の笑みを浮かべる。



「あら、殿下。婚約者である私が、殿下のお誕生日パーティーに招かれていないなど……そんな非常識な真似、あるはずがありませんでしょう?」

「チッ……!」



 舌打ちを隠そうともしないその姿に、胸の奥がひどく冷えていく。


 本当にここ三年で、ずいぶんと腑抜けてしまわれましたわね。


 かつてのあなたは、こんなにも浅はかで無様な姿をお見せする人ではなかったはず。


 まぁ、そんなあなただからそこ、私は“最高の贈り物”を差し上げることにしたのですけど。



「殿下。婚約者である私から、殿下に相応しい最高の贈り物を用意いたしました」

「贈り物?」

「はい」



 微笑みをさらに深めながら、かすかに震えた手でスカートの端をぎゅっと握りしめる。


 大丈夫、この日のために準備もした。


 もう迷いはない。



「殿下、私からの贈り物は――」



 一拍置いて、はっきりと告げる。



「あなたとの、婚約破棄です」



 その瞬間、会場にいた貴族達が揃って息を呑む。

 それも当然だろう。


 だって、王太子の誕生日パーティーという公の場で、王太子の婚約者が――勘当覚悟で、婚約破棄を申し出たのだから。



 ◇◇◇◇◇



 私とディルク様の婚約が結ばれたのは、八歳の頃だった。


 理由は驚くほど単純で、『公爵令嬢である私と、第一王子であるディルク様が同い年だから』。

 ただ、それだけ。


 王命による婚約というのもあって、私たちに拒否権など存在しなかった。


 もっとも、当時の私はそれを不満に思うことはなかった。


 だって、初めてみたディルク様は金髪碧眼でどこか愛らしさの残る顔立ち。

 そして、誰に対しても分け隔てなく紳士的で、心優しい王子様だったから。


 婚約者となった私にもディルク様は常に穏やかで、丁寧に接してくださった。

 そんな方に惹かれてしまうのは、時間の問題だったのだ。



「アリアン、最近の小麦の収穫量についてなんだけど……」



 互いに王族教育で忙しい日々を送りながらも、合間に設けられるお茶会の時間は、私にとって何よりの楽しみだった。

 ディルク様は、いつも私の好みを覚えていて、お気に入りの紅茶や菓子を用意してくださる。

 王族教育で学んだ国政の話。

 最近の国内情勢。

 それから、昨日食べた料理の感想や、王城で見かけたちょっとした出来事。

 真面目な話から他愛もない話まで話題は尽きず、時間はあっという間に過ぎていった。



「アリアン。僕は、君が婚約者で良かったと、いつも思っているよ」

「ディルク様……」

「僕はいずれ、父上の後を継ぐ。その時、君には……僕のパートナーとして、ずっと傍で支えてほしい」



 将来、国を背負う者として。

 その自覚を持ち、努力を惜しまないディルク様は、間違いなく次期国王に相応しい方だった。

 民の声に耳を傾け、視察と称して街に降り、直接交流を図る姿勢。


 だからこそ、私は思った。

 『この人を、傍で支えたい』と。


 例え、気軽に街へデートに行くことができなくても。

 二人きりの時間がお茶会だけだったとしても。

 次期国王として努力し続けながら、婚約者である私を大切にしてくれるディルク様のためなら我慢出来た。


 それに、王族教育が落ち着けば、きっと二人の時間は増えていくから、少しずつ距離が縮めればいい。


 そうすれば、私たちの間にある信頼に愛情が加わって、この国で一番幸せなカップル――は言い過ぎかもしれないけれど、忙しなくも、互いを尊重し、支え合える夫婦になれると。



 そう、本気で信じていた。

 学園に入学するまでは。

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