第1章 古代遺跡編
第5話「遺跡に魅入られた英雄たち」
【ノービス冒険者ギルド・早朝】
カチャカチャと食器の音が響く酒場で、俺は「絶望」という名の朝食を味わっていた。
目の前には、空っぽになった財布。
そして、山積みになった皿の塔。
「ぷはぁ! 朝からのレッドベアの肉ステーキは最高だぜ! おかわり!」
「……ん。魔力回復には糖分。ハチミツたっぷりのパンケーキ、あと5枚追加」
「僕は鹿肉のローストを。計算によると、今の筋繊維の超回復には赤身肉が最適です」
「あら、私は朝摘みのフルーツと最高級の紅茶をいただくわ。美容にいいのよ」
カイル、ルナ、シリウス、そしてリリィ。
こいつらの胃袋はブラックホールか。
昨日のスライム討伐で得た僅かな報酬は、風呂代とこの朝食で完全に消滅した。
「……おい、お前ら」
俺は震える声で言った。
「昨日の報酬、もう底をついたぞ」
「「「「えっ?」」」」
「えっ、じゃない! 宿代もまだ払ってないんだぞ! それに……」
俺はカイルの腰にある剣を指差した。
「そのボロボロの剣、どうすんだよ。スライム叩きすぎてヒビ入ってるだろ」
「あー、そういやそうだな。新しいのが欲しいけど、金がねぇのか」
カイルが呑気に笑う。
ふと、酒場の壁に貼られた古新聞が目に入った。
でかでかと踊る見出し文字。
【王都最強パーティ『暁の五英雄』 西方遠征へ出発】
写真には、煌びやかな鎧を纏った美男美女が写っている。
……同じ「英雄」って肩書きでも、目の前でパンケーキを貪っているうちの4人とは、住む世界が違う気がした。
(そんなことより、明日の飯代だよ……)
俺が頭を抱えていると、受付嬢のミリアさんが小走りでやってきた。
彼女の表情は、いつになく真剣だった。
「レイさん、ご相談が……。実は、ギルドマスターから指名依頼が入っています」
「え? 俺たちに?」
俺たちは、ざわつく酒場から離れたカウンターの隅に呼ばれた。
そこには、朝からジョッキを傾けていたゴルグさんもいたが、彼の顔も険しい。
「単刀直入に言います。……**『西の森の古代遺跡クレイドル』**についてです」
ミリアさんが地図を広げる。
そこには、赤インクで×印がつけられた場所があった。
「最近、この遺跡周辺で魔力の異常活性が観測されています。報酬は調査だけで銀貨30枚。ですが……」
ミリアさんは言い淀み、視線を伏せた。
「……本当は、ベテランのBランクパーティに振る予定でした。でも……」
「でも?」
「“あなたたち”を指名するように、と」
「誰が?」
「……ギルドマスターです。理由は、教えてくれませんでした」
背筋に冷たいものが走る。
ギルドマスター、わざわざ俺たちごときを指名?
隣で飲んでいたゴルグさんが、重々しく口を挟んだ。
「俺の知り合いも何人か戻ってこなかったな。あそこは『魔物』がいるんじゃねぇ。もっと質の悪い……悪霊がいる。強くなりたいと願う奴ほど、取り込まれて帰ってこなくなるんだ」
悪霊。
俺の最も苦手なジャンルだ。
「ひぃッ……! 無理です! 俺、そういうお化け屋敷みたいなの無理なんです! パスで!」
俺が即答で断ろうとした、その時。
「銀貨30枚か……。それなら、新しい剣が買えるな」
カイルがポツリと呟いた。
その目が、ふと真剣な光を帯びていた。
「なぁレイ。行こうぜ。……なんか、いかなきゃならねぇ気がするんだ」
「いかないといけない?」
「ああ。そこで、もっと強くなれる気がする」
カイルだけじゃない。ルナも、シリウスも、そしていつもは文句ばかりのリリィでさえ、どこか虚ろな目で地図を見つめていた。
まるで、磁石に引き寄せられる砂鉄のように。
(……なんだ、この感じ)
嫌な予感がした。
だが、今の俺たちに金がないのは事実だ。それに、入り口を見て帰るだけなら……。
「……わかった。調査だけな。絶対に奥までは行かないぞ」
俺は渋々承諾した。
それが、とんでもない落とし穴への第一歩になるとも知らずに。
◇
【地下遺跡・管理区画】
地上での呑気な会話とは裏腹に、地下深くでは冷徹な「観測」が行われていた。
「……報告します。ターゲットがエリアに侵入」
無機質な石室。
無数のモニター水晶に囲まれているのは、黒いローブを纏った男――『闇の使徒』支部長、【ヴァリウス】。
「ククク……順調だ」
ヴァリウスは、水晶に映るカイルたちの姿を見て、恍惚とした表情を浮かべた。
「この遺跡の名は『クレイドル』。古いにしえより眠る、聖なる試練の地」
ヴァリウスの背後には、彼が崇拝する上位存在からの指令が刻まれた石碑が鎮座している。
そこに記された言葉は、ただ一文。
『英雄に試練を与えよ』
「石碑のお告げ通りだ。この遺跡は、相応しき者が訪れた時のみ目覚める」
ヴァリウスが操作盤に魔力を流し込む。
「さあ、始めようか。彼らが真の英雄となれるか、それとも力に溺れて朽ち果てるか……我々が見届けるのだ」
モニターの中で、カイルたちが遺跡の入り口に立つ。
ヴァリウスは期待に胸を膨らませた。
だが、その視線が一人の青年レイに止まった時、彼の眉がピクリと動いた。
「……なんだ、この『空っぽ』な男は?」
他の4人が、まばゆいばかりの魔力光を放っているのに対し、この男だけが「無」だった。
魔力ゼロ。
遺跡の魔導回路が、彼を生命体として認識すらしていない。
「魔力を持たぬ者……? 紛れ込んだネズミか」
ヴァリウスは不快そうに鼻を鳴らした。
「神聖な儀式の場に、不純物は不要だ。……遺跡の守護機構よ、「浄化の儀」を執り行え。不純物を直ちに排除せよ」
◇
【西の森・遺跡入口】
鬱蒼とした森を抜け、俺たちは遺跡の入り口に到着した。
巨大な石造りの門が、口を開けた怪物のようにも見える。
苔むした石段が、地下の闇へと続いていた。
「うへぇ……。雰囲気ありすぎだろ」
俺は腰のベルトを確認した。
『聖水(ただの塩水)』、『お守り(木彫りの熊)』、『非常食(乾パン)』。
魔除け対策は万全だ(気休め)。
「いいか、みんな。作戦を確認するぞ」
俺は真剣な顔で振り返った。
「今回の目的は『調査』だ。つまり、『中の様子を見て、ヤバそうなら即撤退』。これが最重要ミッションだ!」
だが、返事はなかった。
「……カイル?」
カイルは遺跡の闇を見つめたまま、動かない。
その瞳孔が、少し開いているように見えた。
「……強い匂いがする」
カイルが夢遊病者のように呟く。
「血と、鉄と……力の匂いだ。俺を呼んでる」
「……ん。魔力が濃い。気持ちいい」
ルナも、杖を抱きしめてうっとりとしている。
そして、リリィだ。
普段なら「汚い」「暗い」「靴が汚れる」と文句を言うはずの彼女が、泥だらけの石畳の上に立って、うっとりと闇を見つめていた。
「リ、リリィ? 足元、泥だらけだぞ? 汚くないのか?」
俺が声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
その瞳には、いつもの傲慢さも、人間らしい輝きもなかった。
「……汚い? いいえ、レイ。『清浄』だわ」
「えっ?」
「感じるの……この奥にある、純粋な『力』の輝きが。なんて美しいのかしら。早く……早くあそこに身を浸したい……」
リリィが恍惚とした笑みを浮かべる。
(……変だ)
俺のスキル【一般常識】が警鐘を鳴らす。
カビと腐敗臭がするこの遺跡を、「清浄」だって?
いつもの彼らなら、「肉食いたい!」とか「燃やす!」とか「帰りたい!」とか騒ぐはずだ。
こんな静かで、統率の取れた空気は……まるで「操り人形」みたいじゃないか。
「おい、やっぱり帰ろうぜ。ここ、なんかおかしいって」
俺がカイルの肩を掴もうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
遺跡が地鳴りを上げた。
石の門が、ひとりでに開き始めたのだ。
中から漂ってくるのは、カビ臭さと……肌を刺すような静電気のような圧迫感。
「開いた……。歓迎されているな」
カイルが迷いなく足を踏み入れる。
ルナやリリィも、吸い込まれるように続く。
「……素晴らしい」
シリウスが眼鏡を光らせ、独り言のように呟きながら歩き出す。
「この魔力配列……合理的です。僕の求めていた『解』が、この奥にあります」
俺だけが、強烈な拒絶感を感じていた。
まるで、胃の腑が締め付けられるような悪寒。
「ま、待てって! 罠かもしれないだろ!」
俺は叫びながら、慌てて彼らを追いかけた。
ここで一人になる方が怖い。
俺たちは闇の中へと進んでいく。
ズズズ……ッ。
全員が中に入った瞬間、背後の石扉が重い音を立てて閉ざされた。
ドンッ!
完全な密室。退路は断たれた。
「ひぃッ!? と、閉じ込められた!?」
俺がパニックになって扉を叩く。びくともしない。
しかし、カイルたちは振り返りもしない。
彼らの目は、通路の奥で明滅する**「青白い光」**に釘付けになっていた。
「……行こう。試練が待っている」
「……ん。強くなれる」
「ああ……導かれているわ」
「……解を見つけなければ」
彼らの背中が、遠く感じる。
俺は震えながら、その背中を追うしかなかった。
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