第4話「スライム相手に奥義を撃つバカがいるか」
チュンチュン……。
爽やかな小鳥のさえずりが、ノービスの朝を告げていた。
だが、俺の目覚めは地獄だった。
「……ぐ、ぐるじぃ……!」
息ができない。体が動かない。
俺は薄目を開けた。
まず、首元に冷たい金属の感触。
カイル(剣聖)が、抱き枕のように俺の首に腕(と剣の柄)を回して爆睡している。
おい、寝返り打ったら俺の頸動脈が逝くぞ。
次に、腹部への重圧。
ルナ(大魔導師)が、俺の腹を枕にして丸まっていた。
「……んぅ……世界、燃やす……」
寝言で世界を危機に晒すな。
そして足元。
リリィ(聖女)が、俺の足をオットマン(足置き)にして、女王のような姿勢で熟睡している。
蹴り飛ばしたいが、動くとカイルの腕が締まる。
最後にシリウス(弓聖)。
こいつは……梁はりから逆さにぶら下がっていた。
シーツで自らを梱包し、ミノムシのような状態だ。
「……Zzz……睡眠効率……最大化……」
怖いよ! 落ちてきたら大事故だぞ!
なんだこの地獄絵図は。
昨晩、「部屋代節約のために全員同室でいいだろ!」とカイルが言い出したのが間違いだった。
英雄たちは寝相まで規格外(災害級)なのか。
「……お前ら、起きろぉぉぉ!! 朝だぁぁぁ!!」
俺は全力で叫び、カイルの腕(凶器)を振りほどいて脱出した。
◇
「ふわぁ……よく寝たぜ! レイの首、ちょうどいい硬さだったな」
「……ん。レイの腹、反発係数が完璧」
1階の酒場兼ロビーに降りてきた俺たちは、朝食(硬いパンとスープ)を流し込んだ。
俺だけ目の下にクマができている。絶対近いうちに個室を取ってやる。
「よし! 腹も膨れたし、初仕事と行くか!」
俺たちは掲示板の前に立った。
カイルが目を輝かせ、一番上の赤い依頼書を剥がそうとする。
【緊急依頼:ワイバーンの討伐(推奨ランクB)】
「おっ! これだ! 空飛ぶトカゲ! 朝飯前の運動に丁度いいじゃんか!」
「待てバカ! 却下だ!」
俺はカイルの手を叩き落とし、一番下にある地味な白い紙を剥がした。
【常設依頼:ブルー・スライムの討伐】
【場所:ノービス平原】
【報酬:1匹につき銅貨5枚】
【備考:増えすぎたので減らしてください】
「これだ。冒険者の基本中の基本、スライム退治だ」
「はぁぁ!? スライムぅ? 鼻息で死ぬ雑魚じゃねーか!」
「ぷにぷにしてて燃やし甲斐がない」
「計算リソースの無駄遣いです。僕の矢は一本でスライム100匹分の価値があります」
全員からブーイングの嵐。
だが、俺は真顔で告げた。
「いいか! お前らは昨日、酒場の壁を粉砕した前科持ちだ! まずは街の外で『力のコントロール』を覚えろ! これはリハビリだ!」
俺たちは渋々(俺以外)、ミリアさんのカウンターへ向かった。
「おはようございます、ミリアさん。この依頼を受けます」
「あ、おはようございますレイさん! ……あら、スライム討伐ですか? 剣聖様たちが?」
「はい。害虫駆除からやらせていただきます」
「そ、そうですか……(この人たち、本当に英雄なのかな……)」
ミリアさんの疑いの眼差しを背に、俺たちは街を出た。
◇
ノービスの街を出てすぐ。
青々とした草原が広がる**『ノービス平原』**。
そこに、そいつらはいた。
「プルルッ!」
半透明の青い体を持つ、バスケットボール大の魔物。
【ブルー・スライム】。
攻撃性も低く、子供でも棒切れで倒せる最弱モンスターだ。
「……弱い。弱すぎる。殺気が皆無だ」
カイルが剣の柄に手をかける。
「いいか、今回の目標は『綺麗に倒すこと』だ。素材の『スライムゼリー』は売れるから、消し飛ばすなよ?」
「おう! 任せとけ! ……いくぜ、雑魚がぁぁ!!」
カイルが前に出た。
スライムが1匹、ポヨンポヨンと跳ねてくる。
「我が剣は雷いかずち、我が心は無! 塵と消えろ……剣聖奥義ッ!!」
大気がビリビリと震える。
カイルの剣が、太陽よりも眩い光を放ち始めた。
おい、待て。その規模はおかしい。
「【 轟雷・天地断ヴォルテック・ブレイク 】ッ!!!」
「バカやめろぉぉぉ!!!」
俺の制止は遅かった。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
轟音と共に、平原に巨大な雷の柱が立ち昇った。
衝撃波で俺の体は吹き飛び、地面が揺れ、遠くの鳥が一斉に飛び立つ。
土煙が晴れた後。
そこには、直径50メートルの巨大なクレーターが出来ていた。
スライム? ゼリー?
跡形もない。原子レベルで分解されたわ!
「……ふぅ。手応えのねぇ奴だ」
カイルがカッコつけて剣を納める。
「手応え以前の問題だバカ!! 地面が抉れてるだろ!! オーバーキルにも程があるわ!!」
「あ? 悪い悪い、ついクセで」
「……ん。カイル、下手くそ。次は私」
ルナが前に出る。
「私は綺麗にやる。……【 終焉の劫火アポカリプス・フレア 】」
「詠唱をやめろぉぉ!! 平原が地図から消える!!」
「フッ……やはり物理演算が必要です。僕なら最小の矢で最大の戦果を……【流星群メテオ・レイン】」
「空から矢の雨を降らせるな!! スライムがザルになる!!」
「もう、みんな野蛮ね。私が浄化してあげるわ……【聖なる光ホーリー・レイ】!」
「回復魔法で攻撃すんな! 昇天しちゃうだろ!!」
ダメだ。
こいつら、「手加減」の回路が焼き切れてる。
スライム1匹殺すのに、国を落とす兵器を使おうとしやがる!
「ぜぇ、ぜぇ……。お前ら、いい加減にしろ……!」
俺は叫んだ。
発動! スキル【一般常識】!!
「スライム相手に奥義を使うな! MPの無駄遣いだろ! 初心者は『ひのきの棒』でポカポカ叩くのが常識だぁぁぁ!!」
カッ!
俺の体から放たれた、何とも言えない地味〜なベージュ色の光が4人を包む。
「……ッ!? そ、そうか……コストパフォーマンス!」
「MPの無駄……それは、賢くない」
「ひのきの棒……それが最適解……?」
4人がハッとして武器(大量破壊兵器)を地面に置いた。
そして、俺が持ってきた予備の「木の棒」を手に取った。
「くそっ、これならどうだ!」
カイルが棒を振り上げる。
ブンッ!
凄まじい風切り音と共に、棒がスライムに――当たる寸前で止まった。
「……ああっ! ダメだ! 本気で振ると棒が風圧で折れる!」
「……ん。軽く振ると、当たらない」
カイルがプルプル震えながら、スライムを棒で撫でている。
ルナは棒の先端に火をつけようとして、棒ごと燃やして灰にした。
シリウスは「棒の空気抵抗係数が計算と違う」とパニックになっている。
「プルル〜♪」
スライムたちが、完全に俺たちを舐めて足元にまとわりついてくる。
「うおおお! 当たれぇぇぇ!」
ペチッ。
「プルッ(ノーダメ)」
「くそがぁぁぁ!! 剣を使わせろぉぉぉ!!」
最強の剣聖が、スライム1匹に翻弄されて涙目になっている。
なんだこの情けない光景は。
結局。
俺たちは日が暮れるまで、泥だらけになってスライムと「おしくらまんじゅう」をする羽目になった。
◇
夕暮れ時の冒険者ギルド。
俺たちはボロボロの体を引きずって、カウンターへ戻ってきた。
「……依頼、達成しました……」
俺はカウンターに、かき集めた「スライムゼリー」の入った袋をドサッと置いた。
ミリアさんが検品する。
「はい、確認しました! ブルー・スライム30匹討伐ですね。……あの、皆さん随分とボロボロですが、苦戦されたんですか?」
「……精神的に、死ぬほど苦戦しました」
ミリアさんは不思議そうにしながらも、報酬が入った小袋を差し出した。
「お疲れ様でした! 報酬の銅貨150枚です!」
ジャララ……。
手のひらに乗った、大量の銅貨。
150枚。
重みはあるが、この世界では銀貨1枚と銅貨50枚分の価値しかない。
5人で割れば、一人あたり銅貨30枚。
「……やっす!!」
カイルが叫ぶ。
「あんなに苦労してこれだけかよ!? 銅貨30枚って、屋台の串焼き30本食ったら終わりじゃねえか!!」
「……ん。剣聖の時給、安すぎ」
「非効率極まりない労働でした。矢を一本使っていたら大赤字です」
全員が絶望している。
だが、俺はニヤリと笑った。
「甘いな、お前ら。この銅貨150枚には、特別な価値があるんだ」
「あ?」
「これを持って、これから行く場所がある」
俺は窓の外、湯けむりが立ち上る一角を指差した。
「大浴場だ! 稼いだ金で入る風呂こそが、冒険者の特権なんだよ!!」
◇
カコーン……。
小気味よい桶の音が響く、ノービス大浴場。
広大な露天風呂からは、夕日に染まる海が一望できる。
「ぷはぁ〜〜〜……生き返るぅぅ……」
俺とカイル、シリウスは、熱々の湯船に肩まで浸かっていた。
泥と汗が流れ落ち、凝り固まった筋肉がほぐれていく。
湯船の先客には、傷だらけのベテラン冒険者が一人、気持ちよさそうに腕を組んで浸かっていた。
「へへっ、最高だなレイ! 昼間の疲れが吹き飛ぶぜ!」
カイルが手ぬぐいを頭に乗せてはしゃぐ。
その声を聞いたベテラン冒険者が、片目を開けてこちらを見た。
「おう、坊主たち。見ねぇ顔だな。新入りか?」
「おうよ! 今日デビューしたばっかだぜ!」
カイルが調子よく答える。
「へぇ、デビュー戦はどうだった? 派手にやったのか?」
「まあな! スライム30匹と死闘を繰り広げてきたところだ! いやー強敵だったぜ!」
スライム相手に死闘。
ベテラン冒険者が吹き出しそうになるのを堪えている。
恥ずかしいからやめてくれカイル。
「威勢がいいな。ま、怪我がなくて何よ……」
ベテランが言いかけた、その時だった。
ザパァァァン……ッ!!
突如、湯船の湯量が異常に増えた。
まるで巨大な岩山が沈んできたかのような質量感。
「……あ?」
俺が振り返ると、そこには一人の男が入ってきていた。
身長は2メートル近いだろうか。
全身が鋼のような筋肉の鎧で覆われ、体中には無数の古傷が刻まれている。
赤銅色の髪に、野性的な髭。
「うィ〜〜〜……。やっぱ仕事の後はこれに限るなァ……」
男は豪快に湯をすくい、顔を洗った。
ただのガタイのいいオッサンに見える。
だが。
「……ッ、ッ……!?」
隣のカイルが、ビクッと震えて固まった。
シリウスも、メガネの奥の目が泳ぎまくっている。
「おい、どうしたカイル? のぼせたか?」
「……ッ、あ……」
カイルは返事もできない。
顔色が真っ青で、小動物のように縮こまっている。
さっきまでの威勢の良さはどこへやら。
すると、男が俺たちに気づき、ニカっと笑いかけてきた。
「おう、すまねぇな若いの。ちっと狭くしちまったか?」
俺は普通に会釈した。
銭湯では譲り合いがマナーだ。
「いえ、大丈夫ですよ。ここ空いてますから、どうぞ」
「おう、ありがとよ」
男が隣に座り、豪快に足を伸ばした。
男はカイルの方をジロリと見て、興味深そうに目を細めた。
「……いい体してんじゃねえか、兄ちゃん。剣士か?」
男に話しかけられ、カイルがビクンと跳ねた。
「あ……あぁ……、ま、まあな……」
「ほう。ジョブは?」
「……け、剣聖……だ」
カイルの声が震えている。いつもの自信満々な態度はどこへやら、完全に蛇に睨まれた蛙だ。
男は眉をピクリと動かし、次はシリウスを見た。
「眼鏡の兄ちゃん。お前は?」
「……弓聖、です」
シリウスも硬い声で答える。
男は顎を撫でながら、俺の方を見た。
「へぇ……剣聖に弓聖か。そりゃ豪華だな。……まさか、お前ら3人だけのパーティじゃねぇよな?」
俺は首を振って答えた。
「いえ、あと二人。大魔導師と聖女の女の子がいるんですけど、向こうの女湯に入ってますよ」
俺が指差すと、男は目を丸くした。
「大魔導師に聖女だと? ……おいおい、英雄の見本市かよ」
「あはは、よく言われます。設定盛りすぎだって」
俺が笑うと、男も愉快そうに「違げぇねぇ!」と笑った。
その瞳の奥で、鋭い光がギラリと輝いた気がした。
だが、それは一瞬のこと。
男はカイルの背中をバシッと叩いた。
「ガハハ! そいつは大層なジョブだ! 将来有望だなオイ!」
「……う、うっす……」
「緊張すんなって。裸の付き合いにランクもジョブも関係ねえよ」
男は湯をすくいながら、遠くの海を眺めた。
「俺も昔はよぉ、お前らみてぇに泥だらけになって、駆け回ってたもんさ。……あの頃が一番楽しかったかもしれねぇなァ」
その横顔には、歴戦の猛者だけが持つ哀愁と、深い優しさが漂っていた。
男は立ち上がり、腰に手ぬぐいを巻いた。
「ま、精々長生きしろよ、若いの。冒険者は生きて帰るまでが冒険だからな」
男は手を振り、脱衣所へと消えていった。
その背中には、咆哮する獅子の刺青が刻まれていた。
男がいなくなった瞬間。
カイルが「ぷはぁっ!!」と息を吐き、湯船に沈んだ。
「し、死ぬかと思った……」
「僕の計算では、彼がその気になれば、僕たちが全滅するまで0.5秒でした……」
二人とも冷や汗でビショビショだ。
「大げさだな。ただの気のいいオッサンだったろ?」
俺が言うと、さっきのベテラン冒険者がガタガタ震えながら話しかけてきた。
「お、おい坊主……! お前、知らねえのか……!?」
「え?」
「今の男だよ……! ありゃあ、現Sランク最強パーティ『暁の五英雄』のリーダー……【『獅子王ライオン・ハート』のグレイド】だぞ!!」
「……えっ?」
俺は固まった。
今のオッサンが?
王都の子供たちが憧れる、世界最強の英雄?
「マジかよ……。俺、Sランクのリーダーと混浴しちまったのか……」
「しかもお前、普通に世間話してやがったぞ……」
カイルが信じられないものを見る目で俺を見ている。
俺は遅れて背筋が寒くなった。
知らないというのは恐ろしい。これが一般人の鈍感力か。
◇
風呂上がり。
脱衣所で着替えながら、俺はこっそりと自分のステータスプレートを確認した。
「……」
今日はスライム討伐で、俺も棒を持って暴れまわった。
何匹かは確実に叩いたし、アシストもしたはずだ。
そろそろレベル2になってもいい頃だが――。
【 Lv:1 】
「……嘘だろ」
俺は思わず呟いた。
数字はピクリとも動いていない。
経験値バーのようなものすら表示されていない。
(なんでだ? スライムじゃ経験値が少なすぎるのか? それとも……)
脳裏に浮かぶのは、あのギルドカードの文字化けと、白い空間の声。
俺の体は、やっぱり何かがおかしいのかもしれない。
「おーいレイ! 早くしろよ! コーヒー牛乳飲むぞ!」
外からカイルの声がする。
俺は慌ててプレートをしまった。
「おう! 今行く!」
不安はある。
だが、今はせっかくの風呂上がりだ。難しいことは明日考えよう。
スライム相手に奥義を撃つバカがいるか!
……そして、最強の獅子王を「ただのオッサン」扱いする一般人がいるか!
ここにいるんだよなぁ。
◇
大浴場の外。
夜風に当たりながら、獅子王グレイドは懐から小さな通信魔道具を取り出した。
「……おう、俺だ」
低い声で話しかける。
電話の向こうの相手は、王都の冒険者ギルド本部にいる男だ。
「ああ、見つけたぜ。……面白い連中をな」
グレイドは、浴場から聞こえてくるカイルたちの騒ぎ声を聞きながら、ニヤリと笑った。
「剣聖、弓聖、それに大魔導師と聖女まで揃ってやがる。まだヒヨッコだが、芯は悪くねぇ」
そして、彼はふと思い出したように付け加えた。
「それとな、面白いもんが混じってたぞ」
『面白いもの?』
「ああ。俺の**『威圧』**を目の前で受けて、眉一つ動かさずに普通に接してきた肝の座ったガキが一人いた。……ありゃあ、もしかすると化けるかもしれねぇな」
グレイドは魔道具をしまい、夜空に輝く星を見上げた。
「楽しみが増えたじゃねぇか。なァ、ガリアス」
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