第6話「排除される一般人」
地下遺跡『クレイドル』中層。
そこは、死者の吐息のように冷たい空気が澱んでいた。
壁面に走る古代の魔導回路が、不整脈のように青白く明滅している。
カツン、カツン、カツン。
足音が、あまりにも整然と揃いすぎていた。
まるで訓練された軍隊のように、一切の無駄がない行進。
俺の背中を、嫌な汗が伝い落ちる。
(……おかしい。なにかが、決定的に狂っている)
先頭を行くカイル。
あいつはいつだって、野生動物の勘だけで罠だらけの道に突っ込むバカだったはずだ。
だが今は、俺の指示も仰がず、迷いなく最短ルートを突き進んでいる。
その背中には、呼吸による揺らぎすらない。
その横、大魔導士のルナ。
いつもなら「あと五分……」と寝言を垂れ流す彼女が、今は背筋を伸ばし、ブツブツと何かを呟いている。
「……ん。魔力循環、最適化。無駄な消費をカット……これなら、もっと撃てる」
うっとりと杖を撫でるその横顔には、眠気など微塵もない。
あるのは、力への純粋で冷たい執着だけだ。
「おい……みんな、どうしたんだよ」
俺の声が、空虚に響く。
振り返ったのは、近眼で何も見えていないはずのシリウスだ。
彼は、いつも掛けている瓶底眼鏡を、無造作に外してポケットに突っ込んだ。
「眼鏡……外して大丈夫なのか?」
「必要ありませんよ、レイ。……以前はなぜ、あんな硝子ガラスに頼っていたんでしょうね」
シリウスが、裸眼のままスタスタと歩き出す。
壁や障害物を、一度も見ずに避けていく。
「視えますから。進むべき『最適解』のラインが、床に焼き付いているようにハッキリと」
薄く笑うその瞳は、焦点が合いすぎている。
俺を見ているんじゃない。俺という「不確定要素」を冷徹に分析している目だ。
「どうしましたか、レイ?」
不意に、目の前に真っ白な手が差し出された。聖女リリィだ。
彼女は、聖母のように慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「顔色が優れませんね。……迷いがあるからですよ。さあ、『弱さ』を取り除いて(・・・・・)あげましょうか?」
「ッ、来るな!」
俺は反射的にその手を振り払った。
本能が警鐘を鳴らしたのだ。その笑顔の裏に、サディスティックな感情すら存在しない「虚無」を見てしまったから。
(こいつらは、誰だ?)
姿形は仲間たちだ。だが、中身がごっそりと「別の何か」に入れ替わっている。
俺の知っている、欠点だらけで騒がしい「あいつら」は、もうここにはいない。
「おいカイル!! いい加減に止まれ!」
恐怖を怒りで押し殺し、俺は先頭のカイルの腕を強く掴んだ。
ピタリ、と足音が止む。
ゆっくりと、首だけが回った。
「……あぁ? なんだよ、レイ」
俺は息を呑んだ。
いつものニカッとした笑みはない。
その碧眼は、透明なガラス玉のように透き通っていて――俺という人間を映していなかった。
「目が死んでるぞ。……調査はここで中止だ。命令だ、引き返すぞ!」
俺は必死に叫んだ。
頼む、いつものように「ちぇっ、しょうがねぇな」と笑ってくれ。
だが、返ってきたのは絶対零度の拒絶だった。
「中止? なに言ってんだ、お前」
カイルが無表情のまま、首をかしげる。
「俺たちは今、最高の気分なんだよ。……呼んでるんだ。奥で。強くなれるって」
「カイル……!」
「邪魔すんなよ、レイ。……弱い判断は、足を引っ張る」
ゾクリと鳥肌が立った。
同じ言葉を話しているはずなのに、会話が成立しない。
言葉の意味が、表面を滑って落ちていく感覚。
普段の「バカだけど頼れる相棒」は消え失せ、ただ「強さ」だけを求める信者のような何かがそこにいた。
俺は視線を床に落とした。
カイルたちが踏む石畳は『認証アクセス』の青い光を放っている。
だが、俺が踏んだ石畳だけは、光が消える。黒く、濁っていく。
まるで、世界そのものが俺という異物を吐き出そうとするように。
その時だった。
『――システム、異常ヲ検知』
頭蓋骨の内側を直接ガリガリと削るような、不快な声が脳内に響いた。
視界が赤く点滅する。
『対象:規格外』
無慈悲な選別。
理由も、情状酌量もない。ただの事実として。
『排除』
――ブォン。
音が消えた。
俺が立っていた石畳が、物理的に「消失」した。
落とし穴なんて生易しいものではない。最初からそこには虚空しかなかったかのように、世界が俺の足場を削除したのだ。
『廃棄』
「ッ!?」
内臓が浮き上がる強烈な浮遊感。
俺の体は、抵抗する間もなく奈落へと吸い込まれた。
「カイル!!」
喉が裂けんばかりに叫び、俺は必死に手を伸ばした。
その悲鳴が、カイルの深層意識に届いたのか。
弾かれたように彼が振り返る。
「……レ、イ?」
一瞬、カイルの瞳に理性の光が戻った。
能面のような表情が崩れ、驚愕と焦燥が浮かぶ。
「レイッ!?」
彼は反射的に手を伸ばした。剣を捨ててまで、俺の手を掴もうと身を乗り出した。
指先が、触れ合う。
一瞬、時が止まった。
カイルのゴツゴツした手のひらの熱を感じた、その刹那。
『――接触ヲ断テ』
ズズズッ……!
カイルが立っていた床が、高速で後方へとスライドした。
遺跡そのものが、俺たちを引き剥がしにかかったのだ。
「あ――」
指が、離れた。
遠ざかるカイルの顔が、絶望に歪むのが見えた。
届かなかった温もり。
そして、俺の視界は漆黒の闇に飲み込まれた。
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