第3話「チュートリアルの街で全力を出すバカがいるか」
港湾都市ノービス。
活火山と海に挟まれたこの街は、夜になっても眠らない。
俺たちは、メインストリートの喧騒を抜け、冒険者ギルド『海猫の亭』へと向かっていた。
「いいかお前ら、ここからは『社会人』としての第一歩だ。名前を書くときはフルネームで、字は丁寧に書くんだぞ!」
「おう! 任せとけ!」
俺たちはギルドの重厚な扉を開けた。
ムワッとした熱気と、酒と料理の匂い。
中には多くの冒険者たちがたむろしており、新入りの俺たちに一瞬だけ視線を向け、すぐに興味を失ってグラスを傾け直した。
俺たちは受付カウンターへ向かう。
対応してくれたのは、栗色の髪をポニーテールにした、愛想の良い人間の受付嬢だった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ! 担当させていただきます、【ミリア】です。新規登録ですね? こちらの用紙にお名前とジョブをご記入ください」
渡された羊皮紙。
俺は羽ペンを手に取り、深呼吸した。
まずは俺からだ。手本を見せてやる。
【氏名:レイ・ノーム】
【ジョブ:一般人】
俺の苗字はノーム(Norm)。「標準」とか「基準」って意味の、村でも一番ありふれた名前だ。
ミリアさんがチラリと見て、少し首を傾げた。
「あの……レイ様? ジョブが『一般人』となってますが……『村人』や『荷運び人』ではなく?」
「あ、はい。一般人です。戦えません。荷物持ち専門です」
「は、はぁ……。まあ、登録は可能ですが……」
気まずい空気の中、次はカイルの番だ。
カイルが勢いよくペンを走らせる。
【氏名:カイル・イグニス】
【ジョブ:剣神(ゴッド・ソード)】
「中二病かッ!!」
俺は速攻でカイルの頭を叩いた。
カイル・イグニス。熱血なこいつにぴったりの「炎」を意味する苗字だが、問題はジョブ欄だ!
「『剣聖』ですら目立つのに、『剣神』って盛るな! 嘘つくな!」
「えー? だって聖なる剣より、神の剣の方が強そうじゃん?」
「そういう問題じゃない! 正式名称を書け! 『剣聖』って!」
「ちぇっ、わーったよ」
カイルは不満そうに二重線を引き、横にデカデカと『剣聖』と書き直した。
ミリアさんの目が点になっている。
「えっと……『剣聖』、ですか? あの伝説の英雄ジョブの?」
「おう! すげぇだろ!」
「は、はあ……(あ、この人たち、そういう設定でいく痛いタイプなんだ……)」
ミリアさんの目が完全に「可哀想な人を見る目」になっている!
だが、こいつらは止まらない。
次はルナだ。
【氏名:ルナ・セレスティア】
【ジョブ:爆弾魔(ボマー)】
「ルナァァァ!!」
セレスティア。「天空」を意味する美しい苗字が台無しだ!
「お前、自分のことそんな物騒な認識してたのか!?」
「……ん。だって、魔法撃つとみんな爆発するし」
「それは結果論だ! 正式名称! 『大魔導師』って書け!」
「……わかった」
ルナは書き直した。『大魔導師(爆弾魔)』と。カッコで本音を残すな!
次はシリウス。
【氏名:シリウス・ロジック】
【ジョブ:計算機(カルキュレーター)】
「お前はもう人間ですらないのか!!」
ロジック。「論理」の名の通りだが、無機質すぎるだろ!
「僕は事実を書いたまでです。弓は計算結果を出力する装置に過ぎませんから」
「弓聖だ! アーチャーの凄いやつって書け!」
「やれやれ、非効率ですね……」
シリウスは渋々『弓聖』と書いた。
最後はリリィ。
【氏名:リリィ・ホワイト】
【ジョブ:女王様(クイーン)】
「欲望が漏れ出てるぞ!!」
ホワイト。「純白」の名を持つ聖女が聞いて呆れる!
「あら、これからのパーティ内でのヒエラルキーを明確にしただけよ?」
「俺たちは平等なパーティだ! 『聖女』! ヒーラーな!」
「ちっ、つまんない男」
リリィは舌打ちしながら『聖女』と書き殴った。
……全員書き終わった用紙を見て、ミリアさんは引きつった笑顔を浮かべていた。
「えーと……剣聖に、大魔導師に、弓聖に、聖女様……と。すごいですねー(棒読み)」
「だろ!? 俺たち最強なんだぜ!」
「はいはい、すごいですー。では、パーティ名は?」
カイルが自信満々に記入する。
パーティ名:【アンリミテッド・ゼロ】
「かっこいいだろ! 『無限のゼロ』だ!」
「だからそれ、結局『ゼロ』じゃねーか!!」
俺のツッコミがギルドに響く。
「掛け算しても足してもゼロはゼロだろ! 成長性がないみたいになってるぞ!」
「えっ!? そ、そうなのか!? 響きだけで決めたから……」
「はぁ……まあいい、名前負けしないように頑張ろうな」
クスクス……。
周りの冒険者たちが笑っている。
「おい見ろよ、あいつら英雄ごっこだってよ」「設定盛りすぎだろ」「痛い新人だなぁ」という視線が痛い。
ミリアさんが困ったように笑いながら、カウンターの上の水晶を指差した。
「では、虚偽記載がないか確認のため、こちらの『鑑定の水晶』に手を乗せてください。ジョブが判定されますので」
「へっ、見てろよ! 俺が本物だって証明してやる!」
カイルが自信満々に水晶に手を置いた。
その瞬間。
カァァァァッ!!
水晶が、直視できないほどの金色の光を放った。
酒場中の視線が釘付けになる。
光の中に浮かび上がった文字は――
【 ジョブ:剣聖(ソード・マスター) 】
「なっ……!?」
「う、嘘だろ!? 本物の剣聖だ!!」
「すげぇ輝きだ!!」
どよめきが広がる中、続いてルナ、シリウス、リリィが次々と手を乗せる。
そのたびに、赤、緑、白の強烈な光がギルドを照らした。
【 大魔導師 】
【 弓聖 】
【 聖女 】
「おいおいマジかよ!! 英雄ジョブのバーゲンセールか!?」
「伝説のパーティの再来じゃねえか!!」
冒険者たちが椅子を蹴って立ち上がり、歓声を上げる。
ミリアさんも口をあんぐりと開けて固まっていた。
「ほ、本当だったんですか……!? てっきり痛い新人さんかと……」
「失礼だなミリアさん! で、最後は俺だ」
俺は恐る恐る水晶に手を触れた。
一応、奇跡が起きて何かすごいジョブに変わってたり……。
その、瞬間だった。
キィィィィン――――。
耳鳴りと共に、世界が白く染まった。
(……え?)
音が、消えた。
酒場のざわめきも、カイルたちの笑い声も、ミリアさんの驚く顔も。
全部がホワイトアウトして、俺はただ、真っ白な空間に一人で立っていた。
上下の感覚すら曖昧な、無の空間。
その時。
――ざわり。
脳内に直接、ノイズのような「何か」が触れた。
『……もど……して……』
かすれた声。
透き通るような、美しい女性の声。
けれど、それは酷いノイズ混じりで、悲痛な響きを帯びていた。
「……誰だ?」
返事はない。
ただ、もう一度だけ。
『……それは……そっち……じゃない……』
次の瞬間。
――ドンッ!!
背中を誰かに強く突き飛ばされたような衝撃が走り、視界が弾けた。
「……ッ!?」
「――レイさん? 大丈夫ですか?」
ミリアさんの声。
戻ってきた酒場の喧騒、熱気、匂い。
俺の手の下には、いつもの冷たい鑑定水晶があるだけだ。
(……今の、なんだ?)
気のせいか? いや――胸の奥に、焼け付くような妙な違和感が残っている。
俺がおそるおそる水晶を覗き込むと、そこには豆電球のような弱々しいベージュ色の光が灯っていた。
【 一般人 】
「「「「「…………」」」」」
ギルド内が静まり返る。
さっきの神秘的な体験が嘘のような、あまりにもショボい結果。
ミリアさんが目をこすり、水晶をバンバン叩いてから俺を見た。
「えっ……あの……ええっ!? 英雄の中に一人だけ一般人!? なんで!?」
「俺が聞きたいよ!!」
「え、荷物持ちですか? マスコットですか? それともドッキリ?」
「全部違います!! リーダーです!!」
ミリアさんは混乱していたが、ハッと我に返り、「コホン」と咳払いをして居住まいを正した。
「し、失礼しました! とんでもない大型新人ですね……。では、ギルドカードを発行します」
ミリアさんはカウンターの奥から5枚の金属プレートを取り出した。
「こちらが『ギルドカード』です。身分証にもなりますので、無くさないようにしてください」
俺たちはカードを受け取る。
俺のカードには、予想通り【一般人】の文字。
だが、その下のスキル詳細欄を見たとき、俺は眉をひそめた。
【 スキル:一般常識 】
[効果]:対象の非常識な行動を指摘し、強制的に「常識的な挙動」へと修正させる。
ここまではいい。問題は、その下だ。
インクが滲んだような、文字化けしたような、奇妙な文字列が追加されていたのだ。
『 ※ Err……■■■ハ、■ノ■■ヲ、望ンデ……イル…… 』
(……エラー? 望んでいる?)
さらに、一番下の【称号】の欄。
カイルたちが『紅蓮の英雄』などと書かれている場所に、俺だけ変な文字が刻まれていた。
【 称号:■■ニ愛サレシ者 】
「……愛されし、者?」
背筋がゾワリとした。
さっきの白い空間で聞いた、『戻して』という声が脳裏をよぎる。
「あの、ミリアさん。この文字化けみたいなの、なんですか?」
「え? 文字化けですか? ……いえ、特に変なところはありませんけど?」
ミリアさんは不思議そうに首を傾げている。
……見えていないのか?
得体の知れない気持ち悪さを感じつつ、俺はカードをポケットにねじ込んだ。
「いえ、なんでもないです」
「そうですか? あ、最後にランクの説明を! 冒険者はFから始まり、Sまで上がります。ちなみに、世界最強の『暁の五英雄』の方々もSランクです!」
「へぇ! じゃあ俺たちの目標はSランクだな!」
こうして、俺たちは晴れて冒険者となった。
◇
「ぷはぁーっ! 生き返るぅぅ!!」
登録を終えた俺たちは、そのままギルドの酒場で夕食をとることにした。
テーブルには、港町ならではの豪華な料理が並ぶ。
カイルが、なみなみと注がれた『琥珀麦酒(アンバー・エール)』のジョッキを掲げる。
「よし! ノービス到着と、冒険者デビューに……カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!」」」」
木製のジョッキがぶつかり合う。
キンキンに冷えた麦酒が喉を通り、旅の疲れを洗い流していく。
「ん〜っ! この『黄金芋の短冊揚げ(スティック・フライ)』、塩気が絶妙!」
リリィがカリカリに揚がったポテトを齧り、機嫌よさそうに笑う。
「こっちの海鮮串焼きも美味いぞ。ルナ、食ってみろ」
「……ん。美味しい。焼き加減、勉強になる」
カイルが取り分けた魚を、ルナが頬張る。
「フッ……この麦酒の発酵度合い、計算された旨味ですね」
シリウスも珍しく満足げにグラスを揺らしている。
どいつもこいつも変な奴らだが、こうして一つのテーブルを囲んでいると、不思議な安心感がある。
マッサラ村の裏山で、泥だらけになって遊んだ後の夕暮れ時みたいだ。
「なぁ、レイ」
カイルが、口元についた泡を拭いながら言った。
「サンキュな。レイがいなきゃ、俺たちここまで来れなかっただろ?」
「……あ?」
「俺は剣を振るうしか能がないし、ルナは魔法しか撃てねぇ。シリウスは理屈っぽいし、リリィは性格が悪い」
「ちょっとカイル、殺すわよ?」
「事実だろ。でも、レイが俺たちをまとめてくれるから、俺たちは前に進めるんだ」
カイルは真っ直ぐに俺を見た。
「レイは『一般人』だとか言ってるけどよ。お前はやっぱり、俺たちのリーダーだよ」
「……ん。レイいないと、困る」
「僕の計算でも、貴方の存在はパーティの生存率を劇的に上げています」
……なんだよ、こいつら。
俺はこみ上げてくる気恥ずかしさを隠すように、短冊揚げを口に放り込んだ。
「……勘違いすんな。俺はお前らが暴走して、俺の平穏な生活が脅かされるのが嫌なだけだ」
俺たちは笑い合った。
レベルはまだ1だし、ダメージが通らなくて経験値も入っていない。
英雄たちとのスペック差は絶望的だ。
でも――俺の居場所は、ここにあるのかもしれない。
――ガシャァァァン!!
その時。
店内にガラスの割れる音が響き渡り、温かい空気が一変した。
「おいコラ新入りぃ! 調子乗ってんじゃねえぞォ!!」
絡んできたのは、奥の席で飲んでいた柄の悪い冒険者グループだった。
その中心にいる、赤髪を逆立てた大男――Cランクパーティ【赤紅の牙(クリムゾン・ファング)】のリーダー、【ガルト】だ。
「Fランクのガキが、英雄気取りで目立ってんじゃねえ! 挨拶がねえんだよ挨拶が!」
ガルトが俺たちのテーブルを蹴り上げ、皿が床に落ちた。
「あーあ……」
俺がため息をついた瞬間。
ヒュンッ。
カイルが座ったまま、ガルトの鼻先にフォークを突きつけていた。
「おいオッサン。挨拶ならしてやるよ。俺の剣(フォーク)でな」
カイルの目が死んでいる。ルナの手には火球、シリウスはナイフを構え、リリィは嬉々としてメスを取り出している。
殺気。純度100%の殺意。酒場が凍りつく。
「やめろぉぉぉ!! 一般常識ッ!!」
カッ!
俺の体から放たれた地味な光が、場を包み込む。
「カイルたち! 店内で暴れるな! そしてガルトさん!!」
「は、はいっ!?」
ガルトがビクッとする。
「初対面の人には! まず名乗ってから『隣いいですか?』って聞くのがコミュニケーションの基本だろ!! あと食べ物を粗末にするなぁぁぁ!!」
スキル全開の正論が、ガルトの脳天を直撃した。
「……ッ!! そ、そうか、俺はいきなり……なんて失礼なことを……ごめんなさ……」
ガルトはその場にペコペコと頭を下げかけた。
――が。
「……ん?」
ガルトの動きが止まる。
数秒後。彼の顔がみるみる赤く染まり、青筋が浮かび上がった。
「って、なんで俺が謝ってんだよォォォッ!!!」
ガルトが吠えた。スキルの強制力が切れたのだ。
「当たり前のこと言われただけじゃねぇか!! つい従っちまったぞクソが!! Fランクのクソガキが、説教してんじゃねぇぞオラァァ!!」
「ひぃっ! やっぱ効かない!?」
「ぶっ殺してやる!!」
ガルトが巨大な拳を振り上げ、俺に殴りかかってくる。
死ぬ! 一般人の耐久力じゃ即死だ!
「カイル! 助け……いや待て!」
俺は叫んだ。
「殺すなよ!? 絶対に殺すなよ!? 峰打ち(みねうち)だ! 手加減しろぉぉ!!」
再度発動、スキル【一般常識】!
カイルが「チッ、面倒だな!」と叫びながら動く。
ドゴォッ!!
カイルが鞘ごと剣を振り抜き、ガルトの鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。
衝撃波が抜け、ガルトの体が「く」の字に折れて吹き飛ぶ。
ズガァァァン!!
酒場の壁にめり込み、ガルトは白目をむいて崩れ落ちた。
「……ッシャオラァ!! 手加減成功!!」
「壁が凹んでるけどな!!」
シーン……。
酒場が静まり返る。
全員が「あいつ、Cランクのガルトを一撃で……?」とドン引きしている。
ガルトの仲間たちが慌てて気絶したボスを引きずり、「お、覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて逃げていった。
◇
「……あーあ。修理代、どうすんだよこれ」
騒動の後。
壁に空いた大穴を見て、俺は頭を抱えた。
ミリアさんが鬼の形相で近づいてくる。
「……レイさん?」
「は、はい!!」
「修理代はガルトさんたちのツケにしておきますけど……次は無いですからね?」
「はい! ありがとうございます!」
ミリアさんはため息をつき、鍵の束を放り投げた。
「ほら、今日はもう休んでください。この建物の2階が宿屋になってますから」
「た、助かります……」
俺たちは鍵を受け取り、逃げるように2階へ上がった。
部屋に入り、ベッドに倒れ込む。
「ふぅ……。初日から大騒ぎだったな」
「でも楽しかったぜ!」
カイルが無邪気に笑う。
まったく、こいつらは……。
チュートリアルの街で、本気の殺意(全力)を出すバカがいるか!
……ここに4人もいるんだよなぁ。
でもまあ、この仲間たちとなら、なんとかやっていける気がする。
俺たちのノービスでの冒険者生活は、こうして波乱と共に幕を開けた。
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