第2話「いきなり死地に飛び込むバカがいるか」
ガタガタガタ……ッ!
猛スピードで走る馬車の荷台で、俺は必死に手すりにしがみついていた。
御者台に座っているのは、手綱ではなく「馬のたてがみ」を直掴みしているカイル(剣聖)だ。
「ヒャッハーー! 風になるぜぇぇ!!」
「馬が! 馬が白目むいてるからスピード落とせバカ!!」
マッサラ村を出発して数時間。
俺たちの旅は、すでに遭難寸前だった。
俺は揺れる荷台で、広げた世界地図を指差した。
「いいか、お前ら! まずは地理と目的を叩き込め!」
この世界には、5つの大陸が存在する。
俺たちが今いるのは、その中心にある最大の大陸――『中央大陸セントラリア』。ここが人族の文明圏だ。
「そして、この周りを囲むように浮かぶ『外縁四大陸』。ここにはそれぞれ、別の種族が独自の生態系を作って暮らしている」
俺は地図上の島々を指差して説明する。
「北の大陸は、深い森に覆われた『エルフの国』」
「西の大陸は、鉱山資源が豊富な『ドワーフの国』」
「南の大陸は、広大なサバンナが広がる『獣人族の国』だ」
「へぇ! 面白そうだな! 全部行ってみたいぜ!」
カイルが目を輝かせる。
「ああ、いつか行けるさ。だが……問題は『東の大陸』だ」
俺は地図の東側、そこだけ黒く塗りつぶされた島を指差した。
「ここだけは貿易も交流も断絶している。かつて世界を滅ぼしかけた『魔神』が封印されている、禁断の地だからだ」
「魔神? 神様か?」
カイルがキョトンとしている。
「悪い神様だ! 今も封印されてはいるが、そこから漏れ出る魔素のせいで、東の海域は常に嵐、陸は魔物がひしめく地獄になってる。俺たち『英雄』の最終目的は、いつかそこへ行って魔神を完全に倒すことだ」
全員が少しだけ神妙な顔をした。
……シリウスだけは「東風に乗って魔素が流れてくる確率と、風向きの関係性は……」とブツブツ計算していたが。
「俺たちが目指す王都グラン・ロイヤルは大陸のド真ん中にある。……だが」
「……ん。レイ」
ルナ(大賢者)が、興味なさそうに欠伸をしながら手を挙げた。
「なんで王都に行くの? 遠いし、馬車揺れるし、面倒くさい」
「そうだぜレイ! 俺は魔神でもなんでも、強い奴と戦えればどこでもいいんだが?」
こいつら……自分たちが何になったか忘れたのか。
「お前らなぁ……。英雄ジョブに選ばれた者は、王都へ行って国に登録する義務があるんだよ! 魔神討伐の戦力としてな!」
「ふーん。王様って強い?」
「知らん! とにかく偉い人だ!」
「フッ……」
シリウス(弓聖)がメガネを光らせる。
「権力闘争ですか。僕の計算では、王族に関わると面倒ごとに巻き込まれる確率が99%です。スルーしましょう」
「お前ら本当に行動力のあるニートだな!」
まあ、シリウスの言う通り、いきなり堅苦しい王都へ行くのも気が引ける。
王都は人族中心で排他的だし、田舎者の俺たちには荷が重い。
俺は地図上の、西海岸沿いにある一点を指差した。
「だから、まずはここ。港湾都市『ノービス』を目指す!」
「ノービス? 初心者って意味か?」
「名前だけな。実際は、世界最大級の『貿易都市』だ」
俺は地図の上で、北・西・南の3大陸と、ノービスを結ぶ線を指でなぞった。
「見ろ。このノービスは、北のエルフ、西のドワーフ、南の獣人……この3つの大陸すべてに向かって港が開かれている」
「なるほど!」
「東の魔神大陸からは一番遠くて安全だから、世界中の商船がここに集まるんだ。だから、ここにはあらゆる種族とモノが集まる『人種のるつぼ』になってる」
あそこなら、エルフの魔法薬も、ドワーフの武具も、獣人の珍しい食材も手に入る。
装備を整えるにも、情報を集めるにも最高の場所だ。
「まずはノービスの『冒険者ギルド』で、俺たちのパーティ登録をするのが先決だ」
「なるほど! 登録すれば、俺たちもプロの冒険者ってわけか!」
「そういうこと。ここから海岸線沿いに進めば、3日で着く。まずはそこで態勢を……」
「よしわかった! じゃあ、海まで真っ直ぐ突っ切るのが最短だな!!」
カイルが手綱(たてがみ)を急激に右に切った。
そこにあるのは街道ではない。
鬱蒼と茂る『魔の樹海』だ。
「おい待て! そっちは道がな……」
「道がないなら、作ればいい」
ルナが虚ろな目で杖を振るう。
『爆炎(フレア)』。
ドガァァァン!!
前方の森が吹き飛び、木々が消し炭になって「焦げた直進ルート」が出来上がった。
「ヒャッハーー! ショートカットだぁぁ!!」
「自然破壊をやめろぉぉぉ!!」
馬車が燃え盛る森の中を爆走する。
シリウスがメガネを押さえながら冷静に呟いた。
「計算通りですね。このルートなら到着時間は50%短縮。ただし、馬車が全壊する確率は80%です」
「ほぼ壊れるじゃねえか!!」
「あら、壊れたら直せばいいじゃない。馬もついでに水陸両用にしてあげるわ♡」
「リリィ、馬を潜水艦にするな!!」
ドスンッ!!
馬車が森の開けた場所に着地した。
奇跡的に車体は無事(馬は気絶)だったが、俺のHPと精神は限界だった。
「……ぜぇ、ぜぇ……。バカかお前ら……! 死ぬだろ……!」
「なーに言ってんだレイ! これくらいで死んでたら英雄は務まらねぇぞ!」
カイルがピンピンした顔で降り立つ。
こいつらの辞書に「恐怖」という文字はない。
だが、俺のスキル【一般常識】が、猛烈な寒気を訴えていた。
キィィィィン……!
金属を擦り合わせたような不快な音が響く。
「……なんだ?」
森の奥から現れたのは、3メートルはある巨大な緑色の影。
鎌のような両腕。鋼鉄の羽。
【キング・マンティス】。
森の木々を紙のように切り裂く、通称「首狩りカマキリ」だ!
「ひっ……! ま、マンティス! Bランクの魔物だぞ!?」
「レベル1で挑んでいい相手じゃねぇ! 逃げ……」
俺が叫ぼうとした時だ。
「デカい虫だな! 海老みたいな味か?」
「よく燃えそう」
「鎌の角度、45度。死角は見えています」
「ふふ、足がいっぱいあって千切り甲斐がありそうね♡」
英雄たちは、一切動じていなかった。
それどころか、好奇心(殺意)満々で近づいていく。
「シャアァァッ!!」
マンティスが高速で鎌を振り下ろす。
岩をも両断する一撃。
だが。
ガキンッ!
カイルは剣ですらなく、「鞘」でその鎌を受け止めていた。
「軽いな! 蚊に刺されたかと思ったぜ!」
ゴッ!
カイルが力任せに鎌を弾き返す。巨大な昆虫が宙に浮いた。
「隙あり。燃えろ」
ルナが杖を向ける。
おい待て、その規模の火魔法は森ごと……!
「お前ら待てぇぇぇ!!」
俺は叫んだ。
発動! スキル【一般常識】!
「森の中で火を使ったら、山火事になって俺たちも焼け死ぬだろぉぉ!!」
カッ!
地味な光が放たれる。
「……焼け死ぬ? それは困る」
ルナの手から火が消え、代わりに小さな氷の礫(つぶて)が生成される。
(よし、通じた!)
「いいか! 森を壊すな! 余計な被害を出さずに急所だけ狙え!」
「なるほど、エコな戦い方か!」
「わかったわレイ。じゃあ、脳ミソだけ凍らせるわ」
俺の指示(ツッコミ)が入ったことで、彼らの無駄な破壊行動が止まる。
チャンスだ。
今なら俺も攻撃に参加できる!
俺は足元に落ちていた石を拾った。
これを当てれば、俺にも経験値が入るはずだ!
「くらえッ! 一般人の石投げ(投石)!!」
俺は渾身の力で石を投げた。
ペチッ。
石はマンティスの硬い甲殻に当たり、虚しく跳ね返った。
ダメージ0。
マンティスは気づきもしない。
その直後。
カイルの蹴りがマンティスの胴体を貫き、シリウスの矢が眉間を貫通した。
戦闘終了。
マンティスの死体から、魔素(経験値)が溢れ出す。
スーーッ……。
光は、俺の鼻先数センチで見えない壁に当たったように弾かれ、全てカイルたちに吸収された。
「……は?」
俺はステータスプレートを見る。
【 Lv:1 】
「……なんで?」
石、当てたよな?
(……ああ、そうか!)
俺は一人で勝手に納得した。
(ダメージ0だったからだ。きっと『有効打』を与えないと経験値が入らない仕様なんだな。厳しい世界だぜ……)
まさか自分の体が、「世界システムから完全に無視されている」なんてことは露知らず。
「よし、マンティスも倒したし、素材を持ってノービスへ行くぞ!」
◇
森を抜けると、強烈な潮の香りが鼻をくすぐった。
視界いっぱいに広がる青い海。
そして、その湾岸にそびえ立つ、巨大な石造りの城壁都市。
港湾都市『ノービス』。
巨大な港には無数のマストが林立し、門の前には入国審査を待つ冒険者や商人の列ができている。
俺たちはボロボロの馬車を引きずりながら、列の最後尾に並んだ。
「うおー! すげぇ人混みだ!」
「海だ! でっかい水溜りだ!」
カイルやルナがキョロキョロしていると、列が進み、俺たちの番が来た。
門の前に立っていたのは、身長2メートルを超える虎の獣人だった。
「次! 身分証を出せ」
虎の獣人――ガウが、ドスの利いた声で俺たちを見下ろす。
鋭い眼光、隆起した筋肉。
怖い。めちゃくちゃ怖い。
「おう、俺はカイル! 身分証はないけど、俺が剣聖だ!」
カイルがいきなり剣の柄に手をかける。
ガウの眉がピクリと動いた。
「……街中での抜剣は重罪だぞ、小僧。牢屋に入りたいのか?」
「あ? 俺の剣が見てぇって言ったのはお前だろ?」
「言ってねえよ」
一触即発。
まずい。こいつら、「門番」という職業を理解していない!
シリウスが横から口を挟む。
「フッ……門番さん。僕の計算によれば、ここを通すのがあなたにとって最も生存確率が高い選択ですよ」
「なんだと?」
ガウの額に青筋が浮かぶ。脅してどうする!
さらにルナが、ガウのモフモフした尻尾を凝視して杖を向ける。
「……あったかそう。燃やしてもいい?」
「やんのかコラァァァ!!」
ガウが激昂し、巨大な斧を構えた。
衛兵たちが一斉に集まってくる。
入国前から指名手配される!!
「す、すいませんんんっ!!」
俺は全力で割り込み、ガウの前で土下座のような勢いで頭を下げた。
発動! スキル【一般常識】!!
「初めての場所では! 礼儀正しく! ルールを守るのが常識ですぅぅぅ!!」
カッ!
俺の体から放たれた地味な光が、場を包み込む。
「……!?」
カイルたちがビクッと動きを止めた。
「そ、そうか……ルールか!」
「礼儀……大事」
「計算ミスです。社会的な信用度を考慮していませんでした」
英雄たちが大人しくなり、武器を収める。
俺は冷や汗を拭いながら、ガウにへこへこと笑顔を向けた。
「すいません門番さん! こいつら田舎から出てきたばかりで、ちょっと……その、常識がなくて!」
「あ、ああ……」
ガウは毒気を抜かれたように斧を下ろし、呆れた目で俺たちを見た。
そして、俺の顔と、後ろの変人たちを交互に見比べ――深くため息をついた。
「……お前も大変だな」
「え?」
「こいつら、腕は立つかもしれねぇが……頭の方はからっきしだろ。その首輪を握ってるのが、一番弱そうなお前とはな」
ガウは鼻を鳴らし、通行許可証を放り投げた。
「通りな。だが、街の中で騒ぎを起こしたら、俺が直々に叩き出すぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺はペコペコと頭を下げて、仲間たちを急かして巨大な門をくぐった。
「ふぅ……死ぬかと思った……」
「なんだよレイ、あいついい奴だったじゃねぇか!」
「お前が斬りかかろうとしたからだろ!!」
文句を言いながら、俺たちは分厚い城壁のトンネルを抜けた。
その瞬間。
俺たちの視界は、圧倒的な「光」と「熱気」と「潮の香り」に埋め尽くされた。
「――す、すげぇ……!」
俺も、英雄たちも、全員が足を止めて息を呑んだ。
そこには、マッサラ村の常識(畑とボロ小屋)しか知らない俺たちにとって、未来都市にも等しい光景が広がっていた。
まず目に飛び込んでくるのは、石畳で綺麗に舗装された極太のメインストリートだ。
道の両脇には、レンガ造りの3階建て、4階建ての建物がびっしりと並び、その奥には巨大な港と、無数の帆船が見える。
そして何より――「音」と「匂い」と「人」だ!
カンカンカンッ!
小気味よい金属音を響かせているのは、髭を蓄えた『小人族(ドワーフ)』の鍛冶屋だ。
軒先には、見たこともない輝きの剣や鎧がズラリと並んでいる。
フワァァ……ッ。
甘い香りが漂う方を見れば、長い耳を持つ『長耳族(エルフ)』が、見たこともない色の薬や、光る果実を売る道具屋を開いている。
屋根の上では、猫や狼の耳を持つ『獣人族』が、軽やかに飛び回って荷物を運んでいる。
通りでは『人族』の商人が声を張り上げ、酒場からは多種族が入り混じった笑い声と、「カンパーイ!」というジョッキをぶつけ合う音が響いてくる。
ここには壁がない。
人間も、亜人も、英雄も、一般人も。
全ての種族がごちゃ混ぜになって、笑って、暮らしている。
「ここが……ノービス……」
俺の胸が高鳴った。
すごい。なんだこの街は。
マッサラ村では「魔物は怖い」「外は危険」と教わってきた。
でもここは、東に魔神がいることなんて忘れてしまうくらい、エネルギッシュな「生」で溢れている。
「おいレイ! あそこ見てみろ! 地面から煙が出てるぞ! 火事か!?」
カイルが指差した先には、モクモクと白い湯気が立ち上る広場があった。
「バカ、あれは『温泉』だ!」
「オンセン? 食い物か?」
「違う! お湯に浸かって疲れを癒やす、最高の娯楽施設だ!」
ノービスは活火山の上に作られた都市であり、街全体が巨大な温泉地でもあるのだ。
大浴場の入り口では、風呂上がりのドワーフと獣人が、腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気飲みしている。
あんなの、絶対気持ちいいに決まってる!
「最高ですね……。僕の計算によれば、あのお湯に浸かればHP回復効率が通常睡眠の300%に達します」
シリウスがメガネを曇らせて興奮している。
「あら、あっちの『治療院』も素敵ね。怪我人がいっぱい運ばれていくわ……治し甲斐がありそう♡」
リリィがうっとりと包帯だらけの冒険者を見ている。やめろ、獲物を見る目をするな。
俺は深呼吸をした。
潮の匂い、硫黄の匂い、焼き肉の匂い、鉄の匂い。
混ざり合ったそれは、「文明の匂い」だった。
(……いい街だなぁ)
俺は心からそう思った。
レベル1の一般人である俺でも、この街なら何かできることがあるかもしれない。
美味しい飯を食って、広い風呂に入って、フカフカのベッドで寝る。
そんな当たり前の幸せが、ここにはある。
ここを拠点にしよう。
王都へ行く前の準備期間? いや、もうずっとここで良くないか?
「よし、みんな! まずは宿屋とメシだ! そのあとギルドに行って登録するぞ!」
「おう! 腹減ったぁぁ!」
「肉。海鮮! 食べたい!」
「僕は新品のメガネクロスを買いたいです」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
マッサラ村を出てからの死にかけの旅路が、嘘のように心が軽い。
俺たちは活気あふれるメインストリートへと足を踏み出した。
武器屋の親父がハンマーを振り下ろし、酒場の看板娘がウインクを投げかけ、冒険者たちが肩を組んで歩く。
この街なら。
この賑やかで、暖かくて、ちょっと騒がしい街なら。
たとえ仲間が常識外れのバケモノ揃いでも、なんとかなる気がする。
「よし、行くぞお前ら! まずは宿の確保だ!」
「おう!」
カイルたちが歓声を上げて駆け出す。
俺も荷物を背負い直し、その後を追おうとした――その時だ。
ゾワリ。
背筋に、冷たい水滴が落ちたような違和感があった。
「……ん?」
俺は足を止め、ふと振り返った。
そこにあるのは、多くの種族が行き交う賑やかな大通りだ。
笑い声、呼び込みの声、馬車の音。
平和そのものの光景。
だが、俺のスキル【一般常識】が、かすかなノイズを拾っていた。
今の感覚は、さっきのカマキリの殺気とは違う。
もっと静かで、品定めをするような……。
俺は視線を感じた方角――広場の奥にある、高くそびえ立つ尖塔を見上げた。
『ノービス大聖堂』。
この街で最も高い建物の、屋根の影。
そこに、白いローブの誰かが立っていた気がした。
フードを目深に被り、顔は見えない。
そいつは、はしゃぎ回るカイルたちをじっと見下ろし、そして――俺と目が合った瞬間、陽炎のように揺らめいて消えた。
「……なんだ、今の」
見間違いか?
いや、あの視線の冷たさは、間違いなく俺たちを「観察」していた。
「おーいレイ! 置いてくぞー!」
カイルの声で、俺は我に返った。
「あ、ああ! 今行く!」
俺は首を振り、小さな違和感を頭の隅に追いやった。
気のせいだ。きっと旅の疲れが出たんだろう。
こんな楽しい街に、そんな不気味な奴がいるわけがない。
……そう、自分に言い聞かせて。
これから始まるこの街での生活が、単なる楽しい冒険だけでは終わらないことを――今の俺たちは、まだ知らない。
いきなり死地に飛び込むバカがいるか!
……まあ、飛び込んだ先にこんな楽園があるなら、悪くないかもな。
(ただ、あの白いローブの奴だけは……少し気になったけどな)
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