第5話 いつもと変わらない世界の果て
マキソウタイの発着場には緊急事態を知らせる鐘が設置してある。
グレンクが鳴らしたことで次々と、避難準備を済ませた村民達が集まってきていた。
避難しても盗賊を退治して救援に来てくれるまでの生活がある。
食料や金それに生活用品などを持ち出さなければならないのだ。
「グレンクさん! ヴェレク1人に行かせたの? 何で? ――いや違う違う。違うの。……ごめんなさい」
エリーリは直ぐに駆け付けたがヴェレクがいないことで確認する。
すると新しい決まりなのか1人で先行していることが分かった。
だが言って直ぐに、ヴェレクでなければ誰に行けと言っているのかと気が付いたのだ。
「すまんな、エリーリ。――お主も気付いておるじゃろうが、もう儂らじゃ時間稼ぎも出来んのじゃよ。それに、……いや、止めておこう」
「グレンクさん? ……変なことは考えてないよね?」
好好爺のように頷くグレンクを見ると、堪らないほど心に重みが伸し掛かってきた。
だが皆が注目していた。
エリーリも笑顔で頷き返すと逃げ出すように立ち去る。
だが心の重みは更に膨らんでいた。
『ドゴッ』
『バサバサバサ』
打撃音が響き、枝葉が揺れる音がする。
驚いた皆が視線を向けた。
揺れる一本の立ち木の前で、エリーリが自分の両手を見ていた。
言葉に出すことで納得しようとした。
だがそんなことで納得できるはずもなかったのだ。
(なんで? なんであたしはマキソウタイに乗れないの? ――なんで、なんでなのよ。……なんでぇ)
小刻みに震えるエリーリはその場に崩れ落ちて蹲ってしまう。
だがエリーリの心の葛藤を知る由もない村民達は、誰もが何も言えずに見ているだけであった。
「みんな! 余裕を貰った時間だが、ボサっとしてる暇はないぞ! 焦らず速やかに避難してくれ!」
村長の言葉に村民達は思い出したように次々と華表へと向かい、くぐり始めたのだった。
◆ ◆ ◆
ヴェレクは2騎を一組として二組の<ゴースト>に指示を出した。
残りはこれまでの残骸が散らばるのを防がせる。
あまり使いたくなかった手段だが、使う決断をしたのだ。
4騎の<ゴースト>が上下に並んで吶喊していく。
真ん中の2騎が自身の<バスタードソード>を追い越して態勢を作ると、上下の<ゴースト>が船型の上と下に回り込んだ。
敵も気付いたのだろう。
魔塊砲から魔素の塊が打ち出される。
擦っただけでもその部位が吹き飛ばされ、直撃を喰らえば木っ端微塵となるほどの威力であった。
だが<ゴースト>は回避するでもなく作った態勢を変えなかった。
魔塊砲が<ゴースト>を掠めた。
幾つも貫いていき、最後には身体の中心へと直撃する。
だがそれら全ては何もない空間を通ったかのように素通りしていったのだ。
魔素で象られた身体ゆえに実体がないのである。
魔塊砲の動きが止まる。
迎撃したと思ったが何もなく突っ込んでくるマキソウタイに困惑しているのだろう。
だが<ゴースト>には関係ないことである。
船型との距離が縮まると、大きく<バスタードソード>を振りかぶったのだ。
全長が7メートルの<バスタードソード>である。
だが非常に濃い密度の魔素で<バスタードソード>に似せて象っただけである。
大きく振ることで刀身が細く薄く伸びていき、船型を水平に輪切りにしたのだ。
甲板の直ぐ下あたりと更に下側の二箇所である。
人型マキソウタイの搭載場所と物資を積む貨物室の辺りであった。
物資ではなくマキソウタイの可能性もあったためだ。
上下で待機していた<ゴースト>がバラけないように押さえ込む。
輪切りにした<ゴースト>は魔素を使い果たして消滅した。
暫くすれば復活できるが、それまでは使えなくなるのである。
残骸場所に移動させると次が続く。
回廊の大きさから1隻ずつしか出て来られないようだった。
「6回しか使えないけど、それ以上きたら。――うぅぅぅん、どうしようかな? 他の試作品で、使えそうな武器はあったかなぁ?」
悩みながらも流れ作業にように進めて行く。
だが4隻を撃破したところで閃いた。
送り返せば良いのである。
後続の敵に気付かれないよう残骸を集めさせていたが、纏めて押し返せばその後は続かないだろう。
一瞬での壊滅に驚愕もし、警戒して暫くは来なくなるのではと気が付いたのだ。
次が来ないので<ゴースト>に指示を出す。
だが回廊は渡ったことがなければ見るのも初めてであった。
万が一にでも詰まるのは嫌である。
小さい残骸から順に、残骸となった帝国のマキソウタイを一つずつ回廊に流し込んだ。
色と国章で元が何だったのかは直ぐに分ることだろう。
(何のためにお前らは軍隊に入ったんだ? 侵略するためか? 強制か志願かは知らんが、恩恵で得られた折角の准世界を地上と同じく住めなくしたいのかよ。……強制だったなら安らかに眠って次は帝国以外に生まれてこい。志願だったなら……存在そのものごと消滅して、二度と生まれてくるな)
最後のマキソウタイが放り込まれると感傷に浸ってしまう。
全部で第二世代の船型が4隻、人型の搭載数は基準で数えると64騎。
第三世代の船型は16隻、人型は64騎であり、全部で人型は128騎にもなる。
別の可能性もある。
マキソウタイをストレージに入れた兵士達が詰め込まれていたならば、村島を占拠して展開するつもりだったのならば、一つでも村島を奪われていたなら何倍にも増えていた可能性があったのだ。
(最悪だった場合、ここら一帯は間違いなく占領されていただろうな……)
更に言えば、どこかの村島から地上村も奪えれば、アンデットが大量にいる山越えをしなくても地上と准世界の両方から侵攻が容易になっていたことであろう。
「……突っ込んでいって、二度と作れないよう大暴れするか?」
同時に多数と戦っても負けないだろうとは思っていた。
だが実際に戦ってみるとその差は歴然としていた。
もちろん試作品の武器があったからだが、数値だけで見る性能では言い表せないほどの違いがあったのだ。
回廊を渡って反対側へと赴き、華表を除いた全てを破壊するかと考える。
だが直ぐに首を振った。
「駄目だ駄目だ! グレンクさんとの約束を破ることになってしまう」
回廊を眺めながら自問自答していると、考える必要がなくなった。
回廊が閉じたのだ。
(おっ、びびって壊したか?)
帝国は華表をくぐってこちらに来たわけではない。
近くに華表を作ったからこそ回廊ができ、そこを通ってきたのである。
つまり送り返したマキソウタイが接触して壊れたのではなく、ヂィヴァーズル帝国が自らで華表を破壊したと考えて良さそうであった。
(逆に踏み込まれて侵略されるかもって思ったか? 自分等が考えてることは相手も同じってか? ――ハハ)
だが結果的には良かったことである。
投入したマキソウタイの全てを短時間で始末できる圧倒的な戦力だと思われ、マキソウタイを失い適格者も大量に失ったことで、永遠とはいかないだろうが少なくない時間は侵攻しようなどとは考えられないだろうと思われた。
逆に防衛に時間を費やすようになるかもしれない。
「やっべ! 結構な時間かかったな。……心配かけてるだろうし、帰るか。……あぁぁあ、何て説明するかなぁ?」
消滅させずに済んだ<ゴースト>を消すとラダン村島の方に向き直る。
すると何かが漂っていて近付くと帝国のマキソウタイが使っていた<グレイブ>であった。
破壊されたときに手放したようである。
<ゴースト>への指示はマキソウタイを集めろであった。
武器だけとなったものは含まれていなかったのだ。
なんとなく手を伸ばして掴んだ。
暫くと眺めてからストレージへと放り込む。
「説明なんか、出来るはずないかあぁ。……帝国の侵攻だなんて」
ヂィヴァーズル帝国の侵攻は
村長に言おうものなら責務として必ず領主に報告せざるを得ないだろう。
言わずに後で判明すれば厳しい処罰があるかもしれない。
もちろんヴルームリイネン王国の危機であるので領主から国王にも報告はいくと思われるのだ。
第八世代の圧倒的すぎる力に心酔して、逆に攻勢を掛けるなどと言われては困る。
嫌ならと取り上げられても困る。
動かないからと強制的に
未来では国王の人となりは伝え聞いていたが、現代は辺境でやっと成人になったばかりのなで何も知らないのである。
村長も国王までは知らないであろう。
「……盗賊だな。第一世代で奪えると思ったヒャッハーな盗賊。敵は二キョウテン、対する俺は四キョウテン。軽く相手してやったら実力の差にびびって、尻尾を巻いて逃げたので深追いはしなかった。――うん、これで行こう」
帝国の侵攻かと聞かれることはないだろう。
聞かれなかったので言わなかった。
帝国だろうが盗賊なのは間違いないので黙っておくに越したことはないのである。
◆ ◆ ◆
その頃にはラダン村島から地上村への避難は終わっていた。
残っているのは盗賊だった場合に動かなければならないグレンクとケルビ、それと適性者を纏めている副団長のアロバ、エリーリにヴィディだった。
この顔ぶれになったのには理由があった。
エリーリがここで待っていたいと強烈に主張したためである。
本来なら地上村の安全を見なければならないアロバも「やれやれ仕方がない」と言いながらシュプレに押し付けて残った。
そしてエリーリが暴走した場合に宥める泣き落とし要員として、ヴィディも残ってくれと頼まれたのだ。
エリーリはヴェレクが飛んでいったとされる方向に視線を向けて動かなかった。
先程とは打って変わって、感情をなくしたかのように同じ姿勢のままである。
グレンクとケルビはマキソウタイの上で話をしている。
アロバは目を瞑り、ときおり思い出したかのように周囲を見るだけで特に何かをしようとはしなかった。
「ヴェレクちゃん遅いね。もう直ぐ帰ってくるかなぁ?」
ヴィディがエリーリの横に腰を下ろした。
「…………」
エリーリから冷ややかな視線が送られてくる。
でも理由は分かる。
楽観的すぎると思っていそうだ。
立場が逆だったら同じだったかもしれない。
「ヴェレクちゃんなら大丈夫だよ? いなくなったりなんか、しないよ?」
「……何でそんなことが分かるの?」
何を根拠にしているのか分からないと言いたげであった。
それも当然かと思う。
でも大丈夫だと、ヴィディは確信を持っていた。
「だってヴェレクちゃん、ラダン村が大大大好きなんだもん。帰ってこないなんて、ありえないよ?」
そう言うことではないと呆気に取られているようである。
だが急に表情を変えると考えてもいなかったことを聞かれた。
「ヴィディって、……ヴェレクが好きなの?」
「えっ? うぅぅぅんん……。友達って意味なら、大好きだよ?」
(逆に帰って来なかった場合の、心配をされちゃったかな?)
だから話しに乗ってはぐらかす。
「エリーリちゃんはどうなの?」
「…………」
何を考えているのかヴィディを見たまま動かなくなった。
どうしたのかと首を傾げると、大きく息を吐き出した。
「はあぁぁあ。……あたしって馬鹿みたい。――ヴィディ、ありがとうね!」
「えっ? ううぅうん。エリーリちゃんが元気になって、良かった!」
エリーリが不敵に微笑んだ。
「ヴェレクは好敵手。でもいつかは圧倒的な差を付けて、あたしが勝つ! 勝ち逃げなんか、許さないんだから」
◆
聞き耳を立てていたアロバは、いつものエリーリの戻ったことに安堵の息を吐いた。
その後に本人の知らないところで振られたヴェレクに哀れみの表情をする。
だが今はそれどころではないと追い払うように首を横に振った。
そのときだった。
ケルビのマキソウタイが軽く浮き上がったかと思うと、エリーリがずっと見ていた方向に飛び去っていったのだ。
それと同時にグレンクの大声が響く。
「うおぉぉぉい、反応があった! 真っ直ぐこっちに向かってきよる。反応は一つ。アロバが接触する前に儂も上がるから、見落とすんじゃないぞよ!」
「分かりました! グレンクさん。その、……気を付けて下さいね」
気を付けようもないのだが言わずにはいられない。
グレンクが上空で待機し、もしヤコブ村島に飛んでいったのなら地上村に渡って華表を壊す。
だがグレンクは命を掛けての移動が始まるのだ。
グレンクの遠隔感知に全員が固唾を呑んで見守る。
暫くするとグレンクも浮かび上がった。
今度はグレンクの行動に意識を集中させる。
だがいつまで経っても動かなかった。
盗賊だったら移動を始めヴェレクだったら降りてきても良いはずなのに、同じ態勢を維持したままであった。
「あそこ!」
突然のエリーリの大声に指差す方向を見ると二つの点が見えていた。
それが次第に大きくなっていく。
ケルビのマキソウタイの横に、第二世代のマキソウタイが並んでいるのが見えた。
ヴェレクの乗った【ローモ】である。
アロバが大きく息を吐き出す。エリーリとヴィディも同じであった。
2騎はグレンクの乗った【ドルティ】の前に来ると一旦止まった。
それから【ローモ】を中央にして村島にゆっくりと降りてきた。
「――ヴィディの言った通り、帰ってこないなんてありえなかったね」
「うん! そうでしょう?」
2人は3騎のマキソウタイから視線を外さなかった。
エリーリはどこか吹っ切れたかのような表情をしている。
ヴィディは胸の前で手を組んで眩しそうに見ていた。
翌年はヴィディも加護の発現を受ける。
どことなくヴェレクに似ているような気がした。
ラダン村がますます楽しくなりそうな予感がするとアロバの口角は軽く上がったのだった。
マキソウタイが村島に降り立つと跪く。
3人が姿を現わすと、アロバは無言で華表をくぐって行ったのだった。
◆
「ヴェレク! いつまでも心配させてんじゃないわよ!」
ヴェレクが飛び降り待っていた2人の元にいくと、腰に両手まで添えているエリーリに出迎えられた。
「……へぇ? 俺を心配してくれてたんだ?」
意外な言葉につい聞いてしまうとエリーリがムキになる。
「はあぁぁぁあ? 何であんたを心配しなきゃならないのよ? ラダン村島のことよ!」
「ああ。エリーリは、ラダン村島が大好きだもんな」
ヴェレクがニヤニヤとした視線を送るとエリーリの眦が上がった。
「なに意ってんの? そんな訳ないじゃない!」
「えぇぇぇ? 言ってることが滅茶苦茶だしぃ……」
いつものエリーリに内心で笑う。
「はは。エリーリちゃんは照れているんだよ。――お帰り、ヴェレクちゃん」
「っ……!」
素直じゃない心を暴露するかのような説明に、エリーリは言葉が詰まったようだった。
「ただいま、ヴィディ。――へえ、照れてるのかぁ? でももう成人なんだから、照れて悪態つくのはどうかと思うぞ?」
その瞬間にエリーリとヴィディが固まった。
なぜか2人とも目を細めて見てくる。
不思議に思っていると後ろから声が掛かった。
「こりゃ、ヴェレク。やけに時間が掛かっておったようじゃが、あれは何だったのじゃ? やはり盗賊じゃったのか?」
降りてきたグレンクが歩いてくると真剣な表情で説明を求められる。
ケルビも横に並んでいた。
「待て待てグレンク。村の皆とて気になっているから、全員が集まったところで話して貰った方が良いだろうな」
姿を現わしたラダンが余計なこと言う。
「俺そう言うの、苦手なんだよなぁ。……村長と団長だけに報告で、良くない?」
「何を言っているんだ! お前は全ての村民にとって大切な、この村を守ろうと行動したんだぞ。苦手なんて言ってないで、胸を張って説明すれば良いんだ!」
ヴェレクを揶揄ういつものニヨニヨとした笑顔ではなく真剣そのものだった。
そこにはヴェレクを一端の大人だと認めている心が確かにあるのだと思える。
「みんながこの村を好きなんだぞ。まあお前は、大大大好きだろうけどな?」
「はぁぁぁあ? んな訳ねえだろうがぁ! 脳ミソどこに落っことしてきた? 耳クソ程度だ! 耳クソ程度」
勘違いだったのかもしれない。既にいつものニヨニヨとした気持ち悪い表情に戻っていた。
ざわざわとした方に視線を向けると、安心したからなのか軽口を言い合いながら華表の方向から来る村民達がいた。
ヴェレクの視線に気が付くと顔の皺が深くなっていくのが分かる。
ヴェレクを見詰め、微笑み掛けながら集まってくるのだ。
(はは! ラダンは今度こそ酔い潰してやるとして、――やっぱこうでなくっちゃな! この村は)
いつもの村島、ラダン村島に、これまでのような時間が戻ってきたのだった。
第八世代のマキソウタイ 秋柚 吉柄 @kippei_akiyuzu
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