第7話 爆食の宴と、殺戮メイドロボ ~その隠し味は「致死量」です~

 すべての発端は、魔法庁・営繕課のボスであるガンドルフ部長髭モジャの巨漢の一言だった。


「ようアレク。そういや、新入りリーナとアリスの歓迎会をやってなかったな」


 薄暗い地下5階のオフィス。山積みの書類の向こうから、熊のような低い声が響いた。

 俺、アレクは伝票整理の手を止めて眼鏡を押し上げる。


「歓迎会、ですか。予算はあるんですか? 今期はスライム汚染の消毒費でカツカツですが」

「ガハハ! 金などない! だから『現地調達』だ!

 今日は金曜日。ノー残業デー建前だ。中庭でバーベキュー大会をするぞ! 肉はリーナ、野菜はアリスが獲ってこい!」


 この一言で、地獄の釜の蓋が開いた。


 一時間後。魔法庁の裏手にある広大な中庭。

 普段は職員の憩いの場である芝生広場に、異様な物体が鎮座していた。


 ドォォォン……!


 リーナが肩に担いできた巨大な肉塊が、地響きと共に投げ出されたのだ。

 全長5メートル。燃え盛る毛皮に、ねじれた角。

 Bランク魔獣・『フレイム・バッファロー暴れ牛』だ。しかも、まだピクピク動いている。


「とったどぉぉぉ! 見てアレク! こいつ、ちょうど近くの森で暴れてたから『食材だ!』って思って狩ってきた!」


 リーナが血塗れの聖剣を掲げて誇らしげに叫ぶ。その笑顔は原始人バーバリアンのそれだ。


「……新鮮ですね。というか、まだ息がありますよ。止めは刺したんですか?」

「え? 首の骨は折ったけど?」

「生命力が強すぎて再生してますね。調理中に暴れ出さないよう、拘束魔法をかけておきますか」


 俺はため息交じりに牛の手足を【固定ロック】した。

 そこへ、もう一人の調達係が戻ってきた。


「ハァ、ハァ……。採ってきましたよ、アレクさん」

 アリスが抱えているバスケットには、見たこともない毒々しい色をしたキノコと香草が山盛りになっていた。


「これらは『マンドラゴラ叫び根』と『パライゾ茸幻覚作用あり』、それから『デスパセリ致死性香草』です」

「……アリス君。ここは魔女の実験室じゃなくて、食事の場なんですが」

「失礼な! エルフの伝統料理に使われる高級食材ですよ! 適切な下処理をすれば、滋養強壮に最高の効果があるんです!」

「下処理を間違えたら?」

「三日三晩、笑いながらブレイクダンスを踊り続けて死にます」

「毒ですね」


 前途多難だ。

 メインディッシュが半死半生の暴れ牛で、付け合わせが毒キノコ。

 誰が調理するんだ、これ。

 ロック君は「僕、お腹痛いんで帰っていいですか……?」とすでに逃げ腰だ。俺も料理スキルはあるが、これだけの量を一人で捌くのは残業と変わらない。


 そこで俺は、秘密兵器を投入することにした。


「仕方ありません。こいつの手を借りましょう」


 俺は中庭の倉庫から、埃を被った一台の『人形』を引きずり出した。

 メイド服を着た金属製のオートマタ自動人形。型番は古いが、かつて王宮の厨房で使われていた調理用ロボットの払い下げ品だ。名前は『ミミ・タイプ4』。


「うわぁ! メイドロボ!? 可愛い! 動くの!?」

 リーナが目を輝かせて人形をつつく。


「壊れて捨てられていたのを、私が趣味で修理したんです。ただし、AI人工知能の回路が焼き切れていて、細かい命令が通らないんですが……」

「へー! すごいじゃんアレク! じゃあ、あたしが魔力を注入してあげるよ! 『活性化ブースト』!!」


「あ、馬鹿、やめ――」


 制止する間もなく、リーナの手から黄金の闘気が人形へ流し込まれた。

 勇者のSランク魔力。それは枯れた電化製品に高圧電流を流し込むようなものだ。


 ブォォン! キュイイイン!


 メイドロボの眼球レンズが赤く発光した。

 ガシャコン、と首が180度回転し、不気味な機械音声を発する。


『――再起動シマス。電力供給ヲ確認。

 コマンド:クッキング。対象ヲ「食材」ト認定シマシタ。

 これより、排除――イエ、調理ヲ開始シマス』


「おっ、喋った! すごーい! ねぇミミちゃん、美味しい焼肉作って!」


 リーナが無邪気に命令する。

 メイドロボはガシャンと敬礼し、右腕を変形させた。収納されていたアタッチメントが展開し、巨大な『チェーンソー包丁』と『火炎放射器』が出現する。


『オーダー承認:【極上のウェルダン】。

 全テヲ焼キ尽クサナイト気ガ済マナイ。調理開始』


「……なんか、物騒なこと言いませんでした?」

 ロック君が青ざめる中、バトルは始まった。


『肉・肉・肉。切り刻ム。ミンチにスル』


 ブロロロロロッ!

 メイドロボ・ミミが、チェーンソーを唸らせてフレイム・バッファローに向かっていく。

 まだ息のあった牛が「モオォォ!?」と悲鳴を上げるが、ミミは容赦ない。目にも止まらぬ高速解体。空中に放り上げられた肉塊が、瞬時にステーキサイズに切り分けられていく。


「すっげー! 速い! 天才シェフじゃん!」

 リーナが手を叩いて喜ぶ。

 しかし、ミミの暴走はここからだった。


『火力不足。火力不足。温度ヲ上昇サセマス』


 ボォォォォォォ!!

 ミミの左腕から放たれたのは、調理用の弱火ではなく、軍事用のナパーム火炎だった。

 バーベキューコンロが一瞬で溶解し、肉が炭化……する直前で、牛自身の「炎耐性」が拮抗し、奇跡的に「超高温で表面だけ焼かれたレアステーキ」が完成した。


「できた! 食べる食べるぅ!」

 リーナは野生の勘で、火の中に手を突っ込み、焼けた肉を素手で掴み取った。


「ん~っ! んまいっ!! 皮はパリパリ、中はジューシー! アレクも食べなよ!」

「いや、遠慮しておきます……」

「何言ってんの! せっかくの歓迎会だよ? アリスも食べな!」

 

 リーナが俺とアリスの口に、半強制的に肉を放り込む。

 ……噛んだ瞬間、肉汁が弾けた。

 そして次の瞬間、脳内で爆発が起きた。


「!?」

 なんだこれは。旨い。旨すぎる。

 だが、何かがおかしい。視界がグニャグニャと歪み始めた。

 アリスが持ってきた「幻覚キノコ」の粉末が、隠し味としてふりかけられていたのだ。


「あは、あはははは! 見てくださいアレクさん! お空にピンク色の象さんが飛んでいます!」

 アリスが虚ろな目で空を指差し、笑い出した。普段の堅物エルフとは思えないハイテンションだ。


「おいおい……トリップしてるぞ、このエルフ……」

 俺も必死に正気を保とうとするが、手元がふらつく。スキル【毒耐性】がなければ即死だっただろう。


 そこへ、最悪の事態が発生した。


『食材不足。食材不足。

 検索中……検索中……。

 生体反応アリ。新鮮ナタンパク質ヲ発見』


 メイドロボ・ミミの赤い視線が、我々にロックオンされた。


「……あれ? ミミちゃん? なんでこっち向いてるの?」

 肉を頬張っていたリーナが首を傾げる。


『オ客様、レアデスカ? ソレトモ、ウェルダン?

 衛生管理法ニ基ヅキ、完全殺菌ショウキャクシマス』


 キュイイイン!

 チェーンソーの回転数が限界突破した。

 こいつ、酔っ払いとハイになったエルフを「生肉」と誤認した!


「に、逃げろロック君! 君はまだ正常だ!」

「む、無理ですぅ! 腰が抜けてぇぇ!」

 ロック君は泡を吹いて気絶した。


「ぎゃああ! ミミちゃんやめて! 私たちは食べ物じゃないよ!」

 リーナが逃げ惑う。だが、彼女も幻覚茸の影響で足元がおぼつかない。

 

『逃ゲナイド。肉質ガ硬クナリマス』

 ズバァァッ!

 メイドロボの一撃が、中庭の噴水を真っ二つに切断した。

 石造りの噴水が豆腐のように崩れ落ちる。


「なんて切れ味だ……。さすが俺が修理しただけはある」

 感心している場合じゃない。

 このままだと魔法庁の中庭が更地になる。あるいは、俺たちがハンバーグにされる。


「アリス! 支援魔法を! 敵を拘束しろ!」

「らじゃーですぅ! 行けー、私の可愛い森の仲間たち~!」


 酔っぱらったアリスが杖を振るう。

 地面からツタが出現し、メイドロボに絡みついた。……までは良かったのだが。

 

 シュルシュル……。

 蔦はロボだけでなく、逃げようとしていた俺とリーナまで巻き込んで縛り上げた。


「おいバカ! なんで俺たちまで!?」

「あはは! みんな仲良く一本縛りですぅ~! 団結力アップですね!」

「ふざけるな! これは心中の団結力だ!」


 拘束された俺たちの前に、チェーンソーを振りかざしたメイドロボが迫る。

 絶体絶命のピンチ。

 調理処刑完了まであと3秒。


「……くっ、仕方ない!」

 俺は奥の手を使うことにした。酔いで鈍る頭をフル回転させ、スキルを発動する。


「【構造解析アーキテクト・アイ】……対象、自動人形型番『ミミ』。

 AIロジックの脆弱性を検索……!」


 視界に赤いコードが流れる。

 こいつの思考回路は「美味しい料理を作ること」に特化している。

 ならば、その定義を書き換えるしかない。


「リーナ! 聞こえるか! 口を開けろ!」

「えっ、あ、あーん?」

「その口じゃない! 全力で『マズい!』と叫ぶんだ! 早く!」


 俺の意図を察したのか、あるいはただのヤケクソか。

 リーナが腹の底から大声を上げた。


「こんな肉……まっっっっっっっずイわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「オェェェ! 吐きそうですぅぅ!」

(※アリスは本当に吐きそうだった)


 ピタリ。

 メイドロボのチェーンソーが、俺の鼻先1センチで停止した。


『……エ?

 マズい? ワタシノ料理ガ……?』


 ロボットの赤い瞳が点滅する。

 想定外の評価クレーム

 プログラムにおいて、「不味い料理を提供する」ことは「存在意義の否定」に直結する。


『Error... Error...

 顧客満足度、低下。評価1つ星。

 シェフとしての尊厳、崩壊。

 自己診断……ワタシハ、ポンコツ……デス……カ?』


 プスン。

 メイドロボから黒煙が上がり、その場に崩れ落ちた。

 自己否定によるシステムの強制シャットダウン。論理自害ロジカル・スイサイドだ。


「……た、助かった……」


 俺は全身から冷や汗を流して安堵のため息をついた。

 蔦の拘束が解け、芝生の上に転がる三人と気絶しているロック。

 中庭は半壊。噴水は全壊。芝生は焼け野原。

 そして目の前には、大量のステーキ少し冷めた肉と、沈黙した殺人ロボット。


「あー……怖かったぁ。でもお腹すいたね」

 リーナが何事もなかったかのように立ち上がり、地面に落ちた肉を拾い上げてパクついた。

「うん、やっぱ美味しいよ! ミミちゃん、腕は確かだったのにねぇ」


「……アリス君、正気には戻りましたか?」

「はっ! ……私、一体何を……? なんで服にステーキソースがついているんですか?」

 アリスは記憶が飛んでいるらしい。幸せな奴だ。


 俺は懐から手帳を取り出そうとしたが、指が油で滑って落としてしまった。

 ……もういい。計算は後だ。

 今日はもう、すべてを忘れて肉を食おう。


「カンパーイ! 歓迎会、最高ー!」

 空気の読めないリーナの声だけが、煙の燻る中庭に虚しく響き渡った。

 翌日。

 ガンドルフ部長に提出された経費精算書には、以下のように記されていたという。


 『福利厚生費歓迎会: 食材費0ガルド、施設修繕費2,000万ガルド、自動人形廃棄損100万ガルド、職員精神慰謝料プライスレス』


 ガンドルフ部長がその書類を見て、静かに血を吐いたのは言うまでもない。


(続く)

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