第6話 南の島のバカンス(公務) ~幽霊船の違法係留を摘発せよ~

 ザザァーン……ザザァーン……。

 波の音が心地よく響く。

 南国の太陽が白い砂浜を焼き、エメラルドグリーンの海がきらめいている。

 王都から南へ500キロ。大陸有数のリゾート地、『アズール海岸』だ。


「うっひょオオオオオッ! 海だぁぁぁーっ!!」


 歓喜の咆哮と共に、白い砂を巻き上げてダッシュする人影があった。

 勇者リーナだ。

 いつもの重苦しいプラチナ鎧を脱ぎ捨て、今は赤と白のボーダー柄が眩しいビキニ姿だ。鍛え抜かれた健康的な肢体が太陽に弾けている。


「すごいすごい! アレク見て! 透き通ってるよ! カニがいるよ!」

「はいはい、楽しそうで何よりですね」


 俺はヤシの木の陰に設置したビーチパラソルの下で、魔法駆動式のノートPC石板型端末を叩きながら生返事をした。

 ちなみに俺の格好は水着ではない。アロハシャツにスラックス、そしていつもの眼鏡だ。リゾート感を出そうとした結果、怪しいブローカーみたいになっている自覚はある。


「もー! なんで仕事してるの!? せっかくの海なんだよ? 泳ごうよ!」

 リーナが俺の腕を引っ張る。濡れた肌が当たって冷たい。


「訂正させてください。我々は遊びに来たんじゃありません。『地方巡回監査』という出張業務です。経費で落ちている以上、遊んだら横領になりますよ」

「堅いなぁ! じゃあアリス、遊ぼっ!」


 リーナは標的を変えて、パラソルの下で小さくなっている銀髪のエルフに水をかけた。


「ひゃっ!? 冷たい! やめてください野蛮人!」

「なんだよーノリ悪いなー。アリスの水着、可愛いのに」


 アリスは、露出を極限まで控えたワンピースタイプ濃緑色の水着に、大きな麦わら帽子、さらにUVカット魔法を三重に展開していた。

 エルフにとって直射日光は肌の敵らしい。


「私は監視役として同行しているだけです! それに……この海の魔素濃度マナ・レベル、少し異常ですよ」

 アリスが帽子を押さえながら、沖合を睨んだ。


「おっ、さすが自然保護団体。勘が鋭いですね」

 俺は端末を閉じて立ち上がった。

 そう、今回のターゲットはあれだ。


「あれを見てください」


 俺が指差した先。

 海水浴客たちが賑わう遊泳エリアの、さらに奥。

 水平線に浮かぶ、薄汚れた霧に包まれた一隻の巨大な木造帆船。ボロボロの帆には髑髏ドクロのマークが描かれている。


「うわぁ、お化け屋敷?」

「いいえ。『幽霊船ゴーストシップ』です。50年前の大海戦で沈んだはずの海賊船『ブラック・メアリー号』が、怨念の魔力によって再浮上し、あそこに停泊しています」

「へぇー、風流だね」


 リーナが呑気な感想を漏らすが、地元の観光協会にとっては死活問題だ。

 あんな不気味な船が居座っているせいで、観光客からのクレームが殺到。さらに周辺の魚が逃げてしまい、漁業被害も出ている。


「今回の任務は、あの幽霊船に対する『強制退去命令』の執行です」

「えっ、退去? 退治じゃなくて?」

「ええ。実はあの海域、国有の『第3港湾エリア』にあたるんです。あそこに船を停めるなら、相応の『係留料パーキング代』を払ってもらわないといけません」


 俺は懐から計算機を取り出し、はじき出した。


「大型帆船の係留料、1日につき5,000ガルド。×50年分の延滞料金。さらに無断占有の追徴課税を含めると……総額、約9,000万ガルドになります」

「うっわ……私よりは安いけど、結構な借金だね……」

「幽霊だからと言ってタダで場所を使えると思ったら大間違いです。固定資産税も未納ですしね」


 俺は革靴を脱ぎ、魔法で水上歩行の術式を展開した。


「さあ、徴収に行きますよ。準備はいいですね?」

「おっけー! 幽霊だろうがなんだろうが、ぶっ飛ばして――じゃなくて、集金すればいいんだよね!」

交渉物理はお手柔らかにお願いしますよ」


 海上を歩くこと数分。

 俺たち3人は、ブラック・メアリー号の甲板に立っていた。

 近くで見ると、腐った板の隙間から青白い燐光が漏れ出し、どこからともなく呻き声が聞こえる。雰囲気満点だ。


「キキキ……! 生き血の匂いがするなぁ……!」

「久しぶりの客だァ……! 骨までしゃぶり尽くしてやる……!」


 マストの上や樽の陰から、透き通った幽霊海賊ゴースト・パイレーツたちが現れた。錆びたサーベルやフリントロック銃を構えている。


「お客様、お出迎えご苦労様です」

 俺は動じることなく名刺を差し出した。

 物理攻撃が効かない幽霊相手にも、魔法庁の特製名刺除霊効果付きなら渡せるのだ。


「私、魔法庁の港湾管理官代理、アレクと申します。船長オーナーにお目にかかりたいのですが」

「船長だァ? 俺たちのボスに会いたければ、その命を置いていけぇッ!」


 海賊の一人が斬りかかってきた。

 遅い。

 俺が動く前に、赤と白のボーダー柄が目の前を横切る。


「はい邪魔ーっ!」


 ドゴォッ!

 リーナの裏拳が幽霊の顎を捉えた。

 物理攻撃無効? 関係ない。彼女の纏うSランク闘気は、霊体だろうが精神体だろうが無理やり「実体化」させてぶん殴る、理不尽の塊だ。


「ギャァァ!? 痛ェ!? 俺死んでるのに痛ェ!?」

 幽霊が海面へ弾き飛ばされた。


「おい、話が通じないなら全員海に沈めるぞ? まあ元々沈んでるんだろうけど!」

 リーナがビキニ姿で腕を組み、仁王立ちする。その背後には聖なるオーラが後光のように差しており、アンデッドである彼らにとっては直視するだけで火傷するレベルの眩しさだ。


「ひぃぃぃ! 化け物だァ!」

「ボス! キャプテン・ボーン! 助けてくだせェ!」


 雑魚たちが逃げ惑うと、船長室の扉がバンッ! と開いた。

 現れたのは、立派な海賊帽をかぶり、片腕が義手フックになった巨大な骸骨スケルトンだ。眼窩には赤い炎が燃え盛っている。


「ぬかせぇ! 俺様の船で騒ぐ不届き者はどいつだァ!」

「あ、どうも。アレクです。こちら請求書になります」

 俺はすかさず書類を突きつけた。


「てめぇ! 人の話を聞けぇ! 俺様はこの海を支配する『恐怖の亡霊』、キャプテン・ボー……」

「係留料の未払い金、〆て9,000万ガルドです。幽霊通貨ではなく、現行の王国通貨でのお支払いをお願いします。沈没船の金貨でもレート換算で対応可能ですが?」


「金の話しをしてんじゃねぇ! 俺様たちは『呪い』だ! 金なんぞに縛られねぇ!」

「縛られない? それはいけませんね。法治国家においては、死者にも相続税が発生するんですよ」


 俺は眼鏡の位置を直しながら、一歩前に出る。


「支払いの意思なしとみなします。これより、船舶法に基づき本船を『差し押さえ』いたします」

「やってみろぉ! 全員まとめて呪い殺してやる! ゴースト・キャノン、発射用意ィ!」


 キャプテンの号令で、甲板の大砲が俺たちに向けられた。

 砲身には緑色の邪悪なエネルギーが充填されている。あれを食らえば、肉体だけでなく魂ごと消し飛ぶだろう。


「きゃっ、アレク危ない!」

 アリスが杖を構えるが、展開が遅い。

 俺は冷静にスキルを発動させた。


「【構造解析アーキテクト・アイ】。……やはりな」


 俺には見えていた。

 50年間、海底に沈んでいたこの船の「老朽化具合」が。

 魔力で無理やり形を保っているだけで、構造材である竜骨キールはボロボロだ。特に、今エネルギーを溜め込んでいる大砲の土台部分は、腐食率90%を超えている。


「撃てば自分が壊れますよ? 『過積載』です」

「黙れぇぇ! 発射ァァァ!」


 ドォォォォォン!!


 キャプテンが叫んだ瞬間、砲弾が放たれる……はずだった。

 しかし、実際に起きたのは「暴発」だ。

 腐っていた砲台が発射の反動に耐えきれず、メキョッ! という音と共に根本から折れたのだ。

 制御を失った砲弾エネルギーは船内で炸裂し、マストをへし折り、甲板に大穴を開けた。


「ギャァァァァ! 俺様の船ガァァァ!」

「言わんこっちゃない。安全点検車検をサボるからですよ」


 自滅した海賊たちを尻目に、俺はリーナに合図を送る。

 

「リーナ、仕上げだ。船のメインマストを叩いてくれ。そこがこの船を現世に繋ぎ止めている『呪いの核』だ」

「りょーかい! 水着だけど容赦しないよ!」


 リーナが高く飛び上がる。

 青空をバックに、聖剣を上段に構える美女。絵になる光景だが、やることは破壊活動だ。


「必殺! ビーチ・バレー・スマッシュ!!」

(※ただの唐竹割りです)


 ズッッッ、パーーーン!!


 閃光一閃。

 聖なる一撃がメインマストを叩き割った。

 それと同時に、船全体を覆っていた怨念の霧が晴れていく。


「オ、オオオ……! 消エル……! 呪イガ解ケルゥゥ……!」

 キャプテン・ボーンと手下たちが、光の粒子となって浄化されていく。


「成仏してください。あ、地獄に行っても滞納分はツケておきますからね」

 俺の声を背中に聞きながら、彼らは空へと昇っていった。


 そして。

 魔力の支えを失った幽霊船は、単なる「古い木材の塊」へと戻る。

 バキバキバキッ……。

 船体が崩壊し、急速に海中へと沈み始めた。


「わっ、沈む沈む! アリス、足場作って!」

「待ってください! 今、流出したエクトプラズムを回収していますから!」


 俺たちは沈みゆく船から脱出し、無事に海上に着地した。

 一件落着。

 幽霊はいなくなり、海もきれいになり、これでバカンス客も戻ってくるだろう。


「ふーっ! 疲れたけど楽しかったね!

 アレク、これできっと観光協会から感謝状もらえるよ!」


 浜辺に戻ったリーナが、ニカッと笑って俺の肩を叩く。

 確かに、今回はスマートに解決した。被害も「すでに死んでいた船」だけだ。

 俺もそう思っていた。


 ……港の管理組合長恰幅のいい老人が、顔を真っ赤にして駆け寄ってくるまでは。


「お、お前たちーッ!! なんてことをしてくれたんだ!!」

「はい? 幽霊船なら駆除しましたけど」


 組合長は震える指で、沈没した船の残骸を指差した。


「あれはな! 『沈没した姿』そのものが、観光資源だったんじゃ!

 夜になると光る幽霊船として、肝試しの客に大人気だったのに……!」


「……は?」

「それに、あの船の残骸がサンゴ礁の上に落ちたせいで、貴重な『虹色サンゴ』の群生地が全滅したぞ!! どう責任取ってくれるんだ!!」


 俺とリーナは顔を見合わせた。

 ……そういえば、今回は「駆除依頼」ではなく、「係留料の取り立て」だった。

 客商売である観光船幽霊船を沈めてしまったということは、営業妨害。さらには環境破壊のおまけつきだ。


 俺は静かに手帳を取り出し、新しいページを開いた。

 計算機を叩く。


  係留料回収(失敗) 0ガルド

  観光資源破壊賠償 5,000万ガルド

  サンゴ礁再生事業費 3,000万ガルド

  ――――――――――――――

  合計赤字 8,000万ガルド


「……アレク。計算、終わった?」

 リーナがおずおずと尋ねてくる。


「ええ。終わりました」

 俺は南国の太陽よりも殺意の篭った眩しい笑顔で、勇者を振り返った。


「リーナ様。とりあえずそのビキニ姿で、これから沈没船の引き揚げ作業サルベージを行ってもらいます。酸素ボンベなしでね」

「ぎゃああああ! やっぱりいいいい!!」


 アズール海岸の青い空に、本日一番の悲鳴が吸い込まれていった。

 アリスだけが、「汚れた魂が海に還りました……」と一人満足げに手を合わせていたのだった。


(続く)

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