第5話 魔法学園のインターン生 ~先輩風を吹かす勇者、カッコつけて被害拡大~

 魔法庁には、年に一度、憂鬱な季節がやってくる。

 『職業体験実習インターンシップ』である。


 王立魔法学園の卒業を控えたエリート学生たちが、単位取得のために各部署へと配属され、現場の空気主にブラックな実態を吸いに来るのだ。

 通常、営繕えいぜん課のような地下の掃き溜めには誰も来たがらないのだが、今年は違った。

 物好きな、あるいは不運な学生が一人、送り込まれてきたのである。


「本日より二週間、実務研修でお世話になります! 王立魔法学園・法務科3年のモニカ・レーンです!」


 地下5階の淀んだ空気の中で、パキンと乾いた清潔な声が響いた。

 そこに立っていたのは、紺色の制服を着こなし、銀縁眼鏡をかけた小柄な女子学生だった。

 背筋は定規が入っているかのように伸びており、手にはメモ帳とペンが戦闘態勢で握られている。

 一言で言えば、「真面目ガリ勉」が服を着て歩いているような少女だ。


「……はぁ。よりによって法務科エリートですか」


 俺、アレクはため息交じりにコーヒーを啜った。

 法務科といえば、将来の魔法庁長官を目指すような天才たちが集まる場所だ。現場仕事よりも六法全書の暗記が得意な手合いだろう。


「指導担当のアレクだ。見ての通りここは最底辺の部署だから、学ぶことなんて……」

「いいえ! 光栄です、アレク係長!」


 モニカが眼鏡をキラリと光らせ、食い気味に叫んだ。


「アレク・ユグドラシル係長! 『動く六法全書』の異名を持ち、あの魔王城の扉をリーナ様が壊した後に3時間で修復したという伝説の『修繕師フィクサー』! 貴方の無駄のない事務処理能力を盗むために、第一志望でここへ来ました!」


「……ずいぶんとマニアックな異名が広まっているな」

「へへーん! すごいでしょ、あたしの上司なんだから!」


 そこで会話に割り込んできたのは、なぜか「本日の主役」みたいな顔をしているSランク勇者・リーナだ。

 彼女はプラチナの鎧を無駄にピカピカに磨き上げ、胸元には【実習指導員メンター】と書かれた手書き腕章をつけている。


「ようこそ後輩! あたしが先輩勇者のリーナだよ!

 まあアレクは書類仕事ばっかりだけど、現場の『イロハ』は、このあたしがガッツリ教えてあげるからね!」

「…………」


 モニカが、スンッ、と表情を消してリーナを見た。

 その視線には、憧れも敬意もなく、あるのはただの「不審者を見る目」だった。


「あの……係長。なぜ部外者清掃バイトの方が偉そうにしているのですか?」

「ぶがいしゃぁっ!?」

「失敬。彼女は部外者じゃない。ウチの備品借金のかただ」

「備品……なるほど。喋る掃除用具ですね。メモしておきます」

「ちーがーうー! あたしは英雄! レジェンド! 先輩なのっ!」


 リーナが地団駄を踏むが、モニカは完全にスルーしてペンを走らせている。

 相性が最悪だ。

 論理的ロジカルな優等生にとって、感情と筋肉で動く勇者は理解不能な存在らしい。

 やれやれ、この二週間が思いやられる。


「さあ、実習初日の現場に向かおう」


 俺たちは王都のダウンタウン、通称「職人街」へと向かった。

 ごちゃごちゃとした路地に、鍛冶屋や錬金術店が軒を連ねる活気あるエリアだ。しかし、活気がありすぎるが故に、トラブルも多い。

「本日の案件は、『違法改造魔法ランプの撤去』だ」


 俺はとある露店の前で足を止め、指差した。

 そこは怪しげな骨董屋だったが、店頭に並べられている「街灯用のランプ」が、おかしなことになっていた。

 通常は淡いオレンジ色に光るはずのランプが、ビカビカと七色に点滅し、さらに重低音の音楽を周囲に撒き散らしているのだ。


「パリピ仕様か。商店街組合から『眩しくて眠れない』『騒音がひどい』と苦情が来ている」

「これはひどいですね……。光量規制法の基準値を300%超過しています」

 モニカが即座に数値を読み上げる。優秀だ。


「よし。今回の任務は、店主に対して是正勧告を行い、在庫の改造ランプを押収することだ。

 まずは手本を見せるから……」


「任せてよアレク先輩!」

「あっ、おい待て」


 俺が指示を出す前に、名誉挽回センパイカゼに燃えるリーナが飛び出した。

 彼女は腕章を光らせながら、骨董屋の店主強面のドワーフに詰め寄る。


「こーらおじさん! ダメでしょこんな派手なライト売っちゃ! 魔法庁・特別指導員のリーナ様が許さないよ!」

「あぁ? なんだァ若造が。こちとら商売の邪魔だ、帰んな!」


 ドワーフがレンチを片手に威嚇する。

 普通ならここで引くか、身分証を見せるのだが、リーナは違った。彼女にとっての指導とは「実力行使」のことだ。


「言うことを聞かないなら、没収しちゃうんだから!」

「へっ! やれるもんならやってみな! 俺様の最高傑作『爆音丸ばくおんまるMk-II』、盗ろうとしたらどうなるかな!?」


 ドワーフが店頭のレバーをガチャンと引いた。

 瞬間、棚に並んでいた数十個の改造ランプが、一斉にウィーンと変形を始める。

 ランプから手足が生え、七色に光る小型ゴーレム――『自律型ディスコ・ランプ』へと姿を変えたのだ。


「ウーファー! ズンドコ! ズンドコ!」

 腹に響く騒音を奏でながら、ランプ人形たちが踊り狂いながら襲いかかってくる。


「きゃっ、なにこれキモい!」

「見なさい後輩モニカちゃん! こういう時、先輩はどうするか!

 見ててねー! 必殺、回転斬りぃぃっ!!」


 リーナが聖剣を抜き、コマのように回転する。

 ズバババババッ!

 風圧と斬撃の嵐が巻き起こり、襲い来るランプ・ゴーレムたちを一網打尽に……。


「……あ」


 勢い余った。

 ランプだけではない。

 背後にあったドワーフの店のショーウィンドウ、陳列棚、さらには屋根の支柱までもが、きれいさっぱり「斬れて」しまった。

 

 ガガガガ、ズドォォン!!


 爆音のダンスミュージックが止み、代わりに建物が倒壊する重苦しい音が響き渡る。

 濛々たる土煙が晴れた後、そこには青空教室と化した骨董屋の跡地と、呆然とするドワーフ店主の姿があった。


「……解決! 撤去完了だね!」


 リーナが瓦礫の上でVサインを決める。

 ドワーフが膝から崩れ落ちて号泣しているのが見えていないのだろうか。


「アレク係長」

「なんだい、モニカ君」

「あの脳筋は、馬鹿なのですか?」

「君の分析能力はSランクだ」


 俺は冷静に言い、それからゆっくりとリーナに歩み寄った。


「リーナ先輩」

「ん? なあに後輩アレク君! どう、私の華麗な剣捌き!」

「華麗すぎて、証拠品ランプまで粉々ですね。これでは違反の立証ができません」

「えっ」

「それに、店の在庫処分を手伝っただけでなく、店舗のリフォーム全壊までサービスするとは。君は解体業者に転職した方がいいんじゃないか?」

「えっ、えっ? でも敵は倒したよ!?」

 俺は手帳を開き、新しいページにサラサラと書き込んだ。


「今回の追加請求。

 商店・過剰損壊補償費、および騒音規制法に基づく証拠隠滅の罪。

 ……合計、1,500万ガルド」

「いやあああああっ! 増えた! 減るどころか増えたぁぁぁ!?」


 リーナが頭を抱えて悲鳴を上げる。

 そんな勇者の姿を、モニカは冷めた目で見つめ、メモ帳に恐ろしい一文を書き加えていた。

 『教訓:力だけで解決しようとすると、破産する』


「さて。これで終わりだと思うなよ」


 店の片づけをロック君に任せたあとから呼び出した後、俺は次なる現場へ向かった。

 モニカの冷たい視線に晒され、すっかり小さくなっているリーナを引きずって。


「次の現場は、魔導アカデミーの『女子寮』だ」

「えっ、寮? そこにも問題があるんですか?」

「寮生からの密告があったんだ。『部屋の壁を抜いて、勝手に増築している生徒がいる』とな」

「まあ……! 神聖な学び舎で、なんとふしだらな!」

「違法建築は風紀の乱れだ。行くぞ」


 アカデミーの女子寮。男子禁制の花園だが、営繕課工事関係者という大義名分があれば入り放題だ。……もちろん、変な期待はしていない。俺にとってはここも「施工現場」でしかないからだ。


 問題の305号室。

 ノックしても返事がない。中からはドンドン、という怪しい重低音と、なにか獣の鳴き声が聞こえる。


「開けるぞ」

 俺はマスターキー 物理的に錠前を分解する魔法を使って扉を開けた。

 

 ガチャリ。


「うわぁ……なにここ」

 リーナが顔をしかめる。

 そこは、もはや学生寮の部屋ではなかった。

 6畳ほどの部屋のはずが、壁がくり抜かれて隣室と繋がり、さらに空間拡張魔法を使って体育館ほどの広さになっている。

 そしてその中央には、巨大な檻があり、中には――


「グルルルルッ……!」

「キ、キメラ!?」

 モニカが叫んだ。

 ライオンの頭に山羊の胴体、蛇の尾を持つ合成獣。Sランク指定の危険生物だ。それを、女子学生数人が取り囲んで高級ステーキをやっていた。


「きゃあっ!? 男の人!? いやだ覗き!?」

「覗きじゃない、査察だ。

 空間拡張魔法の無許可使用に、Sランク危険生物の違法飼育ペット禁止違反

 君たち、退学になりたくなかったら即刻この状況を説明しなさい」


 俺が眼鏡を光らせて告げる。

 学生たちがパニックになる中、檻の中のキメラが騒ぎに興奮したのか、暴れ出した。

 ガガンッ! ガンッ!

 脆弱な檻の鉄格子がひしゃげ、キメラが外へ飛び出す。


「わ、わわっ! ポチが逃げた!」

「逃げたんじゃない、狩りを始めたんだ! 下がれ!」


 キメラがモニカの方へ飛び掛かる。

 さすがのエリート学生も、実戦経験は皆無だ。足がすくんで動けない。


「いけない……っ!」

 モニカが死を覚悟した、その時。


「させないよっ!」


 銀色の閃光が、モニカの目の前を走った。

 リーナだ。

 彼女はいつの間にかモニカの前に立ち塞がり、キメラの鋭い爪を、聖剣の「峰」で受け止めていた。


「へ……?」

「まったくもう、手のかかる後輩だなぁ!」


 リーナはニカっと笑うと、剣を返してキメラの顎を下からカチ上げた。

 ごちんっ!

 強烈な脳震盪のうしんとうアッパー。斬らずに、衝撃だけで意識を刈り取る神業だ。

 巨大なキメラが白目を剥いて、ドサリとその場に倒れ伏す。

 その背後で、リーナのマントがふわりと揺れた。


「――大丈夫? 怪我はない、モニカちゃん」


 さっきまでの「アホの子」の雰囲気は消え失せ、そこには歴戦の勇者の風格が漂っていた。

 壁は壊さない。床も傷つけない。

 ただ敵だけを無力化し、後輩を守り切る完璧な護衛。


「あ……はい……、ありがとうございます……」

 モニカが頬を朱に染めて呟く。

 おっ、これはもしかして、勇者の株が上がったか?


「ふふん! どうよアレク! 今のは被害ゼロでしょ! 完璧でしょ!」

「そうだな。今の動きは文句なしだ。減点はなしにしてやろう」

「やったー! ほら見たモニカちゃん! これがあたしの実力――」


 調子に乗ったリーナが、剣を鞘に納めようと大きく振りかぶった。

 ブンッ!

 その剣先が、天井からぶら下がっていた「照明用の魔石シャンデリア」の鎖に、偶然ひっかかった。


 ガシャン!


 巨大なシャンデリアが落下。

 直撃したのは、気絶していたキメラ……ではなく、その横にあった、学生たちが隠していた「違法増築された魔導ライブラリ貴重な古文書の山」の上だった。


 ボッ!

 魔石の熱で古文書が発火。スプリンクラー放水魔法が作動。部屋中が水浸しになる。


「「「あーーーーっ!!」」」


 全員の声がハモった。

 リーナが青ざめた顔で振り返る。

 俺は無言で手帳を取り出し、本日二度目の計算を始めた。

「り、リーナさん……」

 モニカが、尊敬から一転、憐れむような目で彼女を見た。


「あの……お強いのは分かりましたが、やっぱり馬鹿なんですね……」

「ちがうの! 今のは不可抗力! 重力が悪いのっ!」


「はい、追加請求。学内設備損壊および貴重資料の焼失補償。……合わせて3,000万ガルドですね」

「いやあああ! なんで最後にこうなるのぉぉぉぉ!」


 女子寮に、本日三度目の絶叫が響き渡った。

 こうして、エリート学生モニカの初日は幕を閉じた。

 彼女の実習日誌には、こう記されていたという。


 『アレク係長はやはり神だった。そして勇者リーナ様は、歩く自然災害マイナス資産だった。私は将来、絶対に現場には出ず、安全な本庁のデスクで働こうと心に誓った』


(続く)

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