第4話 そのゴブリン集落は、消防法および定員オーバーです
王都から馬車で北へ2時間。
初心者の冒険者が最初に訪れる練習場として有名なダンジョン、『始まりの洞窟』がある。
普段なら、木の棒を持った新人剣士や、杖を握りしめたばかりの魔導師たちが、薬草採取やコウモリ退治に精を出すのどかな場所だ。
しかし、今日の空気は少し違っていた。
「くっさぁ……! なにこれ、すごい腐った臭いがする!」
「鼻を摘まないでください、勇者様。これは『生活臭』と『未処理汚水』の臭いです」
洞窟の入り口に立った俺、アレクは、鼻をひくつかせながら手帳にメモを取った。
隣では、プラチナの鎧を着込んだSランク勇者・リーナが、あからさまに嫌そうな顔をして鼻をつまんでいる。
そして、俺のもう片方の隣には――手枷をつけられた、銀髪の美しいエルフが一人。
前回、庁舎内で
「……信じられません。私までこんな鎖に繋がれて、土木作業の手伝いをさせられるなんて」
「アリス君、文句を言う前に足元を見てください。ゴブリンの食べた骨が散乱しています。環境保護団体として、このポイ捨て状況はどうなんです?」
「うぐっ……! これは、文明を知らない彼らの無垢な行いですから! 人間社会のルールを押し付けるのは傲慢です!」
アリスが毅然と言い返すが、その顔色も悪い。彼女の高い嗅覚をもってすれば、奥から漂う悪臭は拷問に近いだろう。
「さて、ブリーフィングを始めます」
俺は二人を振り返り、現状の説明に入った。
「現在、このダンジョンでは『異常な生態系変化』が起きています。通常、この洞窟の適正収容数はゴブリン50匹、コウモリ100匹程度です。
しかし先日の調査で、地下1階だけでゴブリンが500匹以上、不法占拠していることが判明しました」
「ごひゃくぅ!? 初心者ダンジョンなのに!?」
「ええ。おまけに彼らは、洞窟内の柱を勝手に削って
俺は羊皮紙の巻物を取り出す。
ダンジョン管理法に基づく『
「今回の任務は、増えすぎた不法居住者への立ち退き勧告。および、彼らが違法に増築した掘っ立て小屋の強制撤去です」
「えー、めんどくさいなぁ。全部殺っちゃえば早くない?」
リーナが聖剣の柄に手をかける。
その脳筋発想には慣れてきたが、俺はすぐに釘を刺した。
「
「でもぉ……」
「成功すれば、今月の返済額から特別ボーナスとして金貨1枚を差し引きます」
「やる! 交渉する! こんにちはー! お荷物お届けに上がりましたー!」
金に釣られた勇者が、躊躇なく暗い穴の中へと突っ込んでいく。
俺とアリスもその後を追った。
……まあ、言葉が通じるとは思っていないが、
洞窟内部は、ひどい有様だった。
湿った岩肌には、木の板や奪った冒険者の装備で作ったバリケードが乱雑に組まれている。
本来なら静寂に包まれているはずの洞窟内に、ギャーギャーという不快な奇声と、肉を焼く煙が充満していた。
「これはひどい……」
さしものアリスも絶句している。
壁に落書きされ、美しい鍾乳石が洗濯物干し竿の代わりに折られ、地面は食べ残しでドロドロだ。
自然と共生するエルフにとって、このスラム化した光景は精神的ダメージが大きいらしい。
「ギョギョ? ニンゲン、ウマそう!」
「女ダ! 装備、剥グル!」
我々の姿を見つけた見張り番のゴブリンたちが、錆びたナイフを構えて群がってきた。
その数、ざっと30匹。
薄汚れた腰布だけの姿で、下卑た笑みを浮かべている。
「交渉の時間だ。私が喋るから、君たちは後ろで威圧していてくれ」
俺は二人の前に進み出て、拡声魔法を使った。
「あー、テステス。ゴブリンの諸君、お食事中失礼します。
私は魔法庁・営繕課のアレク。こちらの洞窟の『施設管理者』にあたります」
「ギ? 管理? 知ラネェ! ココ、俺タチノ国!」
「イイ女連レテキタナ! 置イテケ!」
「現在、このフロアの人口密度は『消防法』および『ダンジョン保全基準』の上限を10倍超過しています。
換気不全による一酸化炭素中毒、および火災時の避難経路未確保により、極めて危険な状態です。
つきましては、24時間以内に全ゴブリンの9割にあたる450名は、近隣の森または山岳地帯へ転居してください」
俺は丁寧に、ゴブリン語の翻訳魔法を乗せて勧告書を読み上げた。
しかし返ってきたのは、投げつけられた腐った果実と罵声だった。
「ウルセェ! オ前ラノ法律、知ルカ!」
「ボスに言いつけて、皆殺しダ!」
ゴブリンの一匹が、角笛を吹く。
ブォォォォオオオッ!!
重苦しい音が響き渡ると、奥の暗がりから、さらに無数の影が現れた。壁の穴から、天井の梁から、ゴキブリのように湧き出てくる。
その中心に、一際巨大な体躯を持つ個体がいた。
「グオォォ! 誰ダ、俺サマノ城デ騒グ奴ハ!」
「城ではありません。国有地です。建築許可証は持っていますか?」
「許可? 力ガ全テダ! ここは俺サマの帝国ダ! 女ハ献上シロ、男ハ食ッテヤル!」
ロードが棍棒を振り回すと、数百匹の部下たちが一斉に盛り上がった。
話にならない。
予想はしていたが、やはり「蛮族」だ。
「アリス君。貴方が守ろうとしている『罪なき魔物たち』の主張があれですが、どうします?」
「ぐぬぬ……! 品性は下劣ですが、彼らにも居住権が……いえ、しかしこの衛生環境は許せません……!」
アリスが葛藤している。
そこへ、待ちきれなくなったリーナが聖剣を抜いて前に出た。
「ねえアレク! もういいでしょ!? 向こう、『食べる』って言ってるし! 正当防衛成立だよねっ!?」
「……はぁ。仕方ありませんね。
これより、『行政代執行』に移行します」
俺が眼鏡の位置を直すと同時に、リーナが満面の笑みを弾けさせた。
「やったー! 仕事だ仕事だぁー! い・く・よっ!」
ドン!
リーナが地面を蹴ると、衝撃波だけで前列のゴブリン10匹が宙に舞った。
斬るまでもない。
Sランク勇者のまとう
「ひゃっほー! ストライクぅ!」
「ぎゃあああ! ナンダこいつ!?」
「逃ゲロ! 化ケ物ダ!」
一瞬で形勢逆転だ。
数の有利など関係ない。戦車に竹槍で挑むようなものだ。
ゴブリン・ロードが泡を食って叫ぶ。
「ヒ、ヒ怯ムナ! 天井ヲ落トセ! 落石攻撃ダ!」
ロードの指示で、天井付近に隠れていたゴブリン工兵たちが、支柱となっている岩を削り始めた。
なるほど、自分たちは隙間で助かるが、侵入者は生き埋めにする罠か。賢しい真似を。
「させるかよ」
俺は懐から、測量用の小さな杭を3本取り出した。
スキル発動。【
青白い視界の中に、洞窟の「重心」と、天井を支える力の
「座標確認。支点A、B、C。……
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
投擲した杭が、正確に天井の岩の割れ目に突き刺さる。
そこは、ゴブリンたちが削ろうとしていた「崩落ポイント」ではなく、逆に崩落を食い止めるための「力の結節点」だ。
「【
俺が指を鳴らすと、杭から光の網が広がり、天井の岩盤をガチリと固定した。
ゴブリンたちが必死にツルハシで叩くが、天井はビクともしない。
「ナ、ナゼだ!? 崩レナイ!?」
「残念だったな。お前たちが適当に掘ったその穴のせいで、洞窟の強度はガタガタだ。これ以上壊されたら困るから、先に補強させてもらった」
「ホ、補強ダト……!?」
「そして、次はお前たちの『城』の番だ」
俺は、ゴブリン・ロードが玉座にしている小高い岩山――大量の木材とガラクタを積み上げて作った違法建築物――に視線を向けた。
「あんな杜撰な設計、積み木遊び以下だね。……アリス君!」
「は、はいっ!」
「借金を減らしたければ、あの木造建築をバラせ! 植物魔法を使えるだろう!」
俺に名指しされたアリスが、びくりと肩を震わせる。
だが彼女はすぐに「はっ」として、憤慨した表情で杖を構えた。
「も、もちろんやりますよ! 私の愛する洞窟の美観を損ねる、あんな汚い
蔦よ、根よ! 自然の厳しさを教えておやりなさい! 【
アリスの魔法により、ゴブリン・ロードの足元のバリケードから、太い蔦が急速に発芽した。
植物たちは建造物の「継ぎ目」に正確に侵入し、内側からミシミシと押し広げていく。
解体工法で言うところの「静的破砕」の魔法版だ。
「ヌオオッ!? 足場ガ!?」
「そこだリーナ! 今なら体勢が崩れている!」
「ラジャー!
ズッ、パァァァン!!
リーナの一撃は、ゴブリン・ロードには当たらなかった。
その代わり、ロードが立っていた「玉座」そのものを、衝撃波で粉々に粉砕した。
足場を失ったロードは無様に空中でもがき、そのまま俺の足元へと落下してくる。
ズドォン!
土煙を上げて墜落したロードの目の前に、俺の磨き上げられた革靴がある。
ロードが見上げると、俺は氷のような冷たい目で、眼鏡の奥から見下ろしていた。
「あ、悪魔……」
「いいえ、公務員です。さて、ロード君」
俺は懐から新しい書類を取り出した。
「建築基準法違反による強制撤去費用、および避難勧告無視による公務執行妨害。ついでに部下たちが不衛生な環境を作った清掃費用。
……金貨で払いますか? それとも、
「ヒ、ヒィィッ! 出テ行ク! スグ出テ行ク!」
「よし。契約成立だ」
ロードが泣きながら逃走すると、残りの500匹のゴブリンたちも、蜘蛛の子を散らすように洞窟の奥深くへと消えていった。
数分後。
「あーあ、つまんないの。結局ボス倒してないじゃん」
リーナが不満げに剣を納める。
「いいんですよ。ボスを倒すと、生態系のバランスが崩れて新しい強力な魔物が湧く可能性がありますから。管理する側としては『弱らせて生かしておく』のが一番コストがかからないんです」
「ケチくさーい!」
「はぁ、はぁ……しかし、これで美しい鍾乳洞が少しは救われましたね……」
アリスが額の汗を拭いながら、少し満足げにしている。
その時だった。
パキッ。
乾いた音が響く。
音の出所は、リーナが「手をついてもたれかかっていた」岩柱だ。
それは、アリスがさっきまで見とれていた、数千年かけて形成された『クリスタル鍾乳石』だった。
キラキラキラ……ガシャン!
リーナの体重と、プラチナ鎧の重さに耐えきれず、鍾乳石が根本から折れて、地面に砕け散った。
「…………あっ」
リーナが固まる。
アリスが「ひっ」と息を飲む。
「あ、あれ……? もろっ……今の、私、ちょっと触っただけだよ? 壊そうと思ってないよ?」
俺は、無言で砕け散ったクリスタルの残骸を見つめ、それから手帳を開いた。
スキルで見た限り、
「追加請求。特別天然記念物・損壊費。2,000万ガルド」
「嘘でしょおおおおおっ!?」
勇者の叫び声が、空になった洞窟に虚しく反響した。
今回の
(続く)
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