第3話 研修1日目はスライムの分別作業から

「――というわけで、これが本日からの君の仕事だ」


 魔法庁本部・地下5階、営繕えいぜん課。

 薄暗い魔力灯の下で、俺は新入りであるSランク勇者・リーナに「それ」を突きつけた。


「……なに、これ?」


 リーナが嫌悪感を隠そうともせず、鼻に皺を寄せる。

 彼女の目の前にあるのは、山盛りの「ゼリー状の物体」が入った、業務用の麻袋の山だ。


「何って、『廃棄魔素の分別作業』だよ。見て分からないか?」

「分かるわけないじゃん! 臭いし! なんかプルプル動いてるし! これ、スライムじゃないの!?」

「そう。正確には『汚水処理用スライム劣化版』だ。王都の下水道でゴミを食わせて浄化に使っていたが、吸い込んだ毒素が飽和量を超えてね。産業廃棄物として回収されたんだよ」


 俺は麻袋の一つをつつきながら解説する。

 中のスライムはどす黒い紫色をしており、見るからに体に悪そうだ。実際、素手で触れれば皮膚がただれるレベルの弱酸性を帯びている。


「えっ……待って。もしかしてアレク、私にこれを……?」

処理処分を頼む。君に支給されたそのトングと防護エプロンを使って、スライムの中から『再利用可能な魔石』を取り出し、残りのゼリー部分は焼却炉へ投入するんだ」

「やだー! 絶対やだ! 私は勇者だよ!? 剣でバッサバッサと魔物を斬るのが仕事なの!」


 リーナがブンブンと首を振って後ずさりする。

 予想通りの反応だ。華やかな戦場で喝采を浴びてきた彼女にとって、地下のゴミ処理などプライドが許さないだろう。

 だが、俺は淡々と、しかし逃げ場のない「事実」を提示する。


「嫌ならいいよ。その場合、契約不履行により賠償金3億ガルドの即時返済を求めることになるが」

「うっ……! お、鬼!」

「鬼ではありません。債権者です」

「ううぅ……覚えてろぉ……! 私が借金を返して自由になったら、一番最初にこの地下室を聖剣でリフォームしてやるぅ……!」


 リーナは捨て台詞を吐きながらも、しぶしぶゴム手袋をはめ始めた。

 よし、教育的指導は順調だ。

 地味な作業に見えるが、これは魔素の扱いと忍耐力を養う大事な研修だ。……まあ、ぶっちゃけ俺たちがやりたくない「汚れ仕事」を押し付けただけだが。


 新人いびり教育が終わった俺は、ようやく自分のデスクでコーヒーに口をつけようとした。


「あのぅ……係長、よろしいですか?」


 申し訳なさそうな声と共に、新人のロックがデスクの横に立っていた。

 顔色が悪い。いつものことだが、今日は特に青白い。


「どうした、ロック君。また給湯室のボイラーが爆発したか?」

「いえ、そうじゃなくてですね……。あの、地上受付の方から連絡がありまして」

「連絡? 予算会議は来週のはずだが」

「『市民団体』を名乗る方が、アレク係長に面会したいと……。かなり興奮しているようでして、警備課では止められないから営繕課で対応しろと」


 嫌な予感がした。

 警備課の連中バトルジャンキーが止められない相手? それは武力的に強いか、あるいは「触ると面倒くさい」相手のどちらかだ。


「……通してくれ」

「はい。こちらへどうぞー!」


 ロックに案内されて、地下へのエレベーターから降りてきたのは、一人の女性だった。

 すらりと伸びた尖った耳に、銀色の髪。森の民エルフ族特有の美貌を持っているが、その目は決意に満ちて吊り上がり、片手には不釣り合いな拡声器魔道具を持っていた。


 彼女は地下オフィスの空気――湿気とカビとスライム臭――を嗅いだ瞬間、勝ち誇ったように叫んだ。


「見つけましたよ! ここですね、世界の汚点魔素処理場は!」

「……初めまして。アポイントメントはありましたっけ?」

「必要ありません! 正義の告発に予約など不要!」


 女性はズカズカと俺のデスクまで歩み寄ると、ドン! と手持ちのチラシを叩きつけた。

 そこには『スライムにも魂がある! 魔力リサイクル反対!』という、頭の痛くなるようなスローガンが極彩色のインクで踊っていた。


「私は『ダンジョンの自然と権利を守る市民の会』代表、アリスです! 貴方ですね、ここの責任者の眼鏡は!」

「アレクです。係長ですが、責任者と言えば責任者です。で、ご用件は?」

「即時、この地下施設でのスライム虐待を中止してください!」


 アリスと名乗ったエルフは、俺の背後で必死に分別作業をしているリーナを指差した。


「見てください、あんな可憐なスライムたちが……ゴム手袋で掴まれ、無慈悲に核を引き抜かれている! なんという残酷な所業! 彼らは王都の汚水を一身に引き受けてくれた功労者でしょう!?」

「ええ、ですからこうして回収して……」

「感謝もなく『焼却』だなんて! エルフとして、いや、生命いのちある者として看過できません!」


 俺は深くため息をつき、飲みかけのコーヒーを置いた。

 出たよ。一番タチの悪い「現場を知らない知識層」だ。


「アリスさん。お言葉ですが、彼らはもう限界なんです。体内の毒素フィルターがいっぱいで、これ以上生かしておくと彼ら自身が苦しむだけでなく、崩壊して高濃度の酸性ガスを撒き散らしますよ」

「それは人間のエゴです! 彼らの自然治癒力を信じるべきです! 綺麗な水と森に放てば、きっと浄化されて元の愛らしい姿に戻ります!」


「はぁ……。綺麗な森って、貴方の実家の『世界樹の森』とかですか?」

「も、もちろんです! 彼らを狭い地下室から解放し、森へ帰してあげることこそが贖罪しょくざいなのです!」


 素晴らしい提案だ。

 毒素たっぷりのスライム数百匹を、聖なる森に放流する。環境破壊テロ以外の何物でもないが、本人は大真面目だ。


「分かりました。では……」


 俺が反論しようとした時だった。


「――ぶー! なにいってんの、この耳長おんな!」


 聞き覚えのある、知性指数低めの罵声が飛んできた。

 作業の手を止めたリーナだ。ゴム手袋をパチンといわせ、スライムまみれのエプロン姿で仁王立ちしている。


「あのねぇ! さっきから聞いてれば『かわいそう』とか『虐待』とか!

 こいつらね、トングで挟むとめっちゃ暴れて、こっちの顔に酸を飛ばしてくるんだよ!? 超攻撃的なんですけど!?」


「なっ……貴方、Sランク勇者のリーナさんですね!?

 英雄ともあろう方が、弱き者スライムの叫びが聞こえないのですか!」


「聞こえるよ! 『解せ』とか『溶かせ』とか殺意全開の声がね!

 ていうか、アンタも一回やってみなよ! こいつらマジで重いし臭いんだから!」


「ふん! 野蛮な脳筋族には高尚な精神性が理解できないようですね!

 どきなさい、私が彼らを解放します!」


 アリスが強行手段に出た。

 彼女は懐から、翠色エメラルドに輝く短杖を取り出し、麻袋の山に向かって詠唱を始めた。


「母なる大地よ、戒めを解きたまえ! エルフ秘奥魔法・【自然回帰ネイチャー・リターン】!」


「あ、馬鹿、やめろ――」


 俺の制止は間に合わなかった。

 まばゆい緑の光が地下室を満たし、その光を浴びたスライムたちの入った袋の紐が、一斉に解ける。

 それだけではない。【自然回帰】の過剰な魔力供給を受け、本来は弱っているはずのスライムたちが、ブクブクと活性化を始めたのだ。


「ギチギチギチ……!」


 スライムたちが袋を食い破り、一つに融合していく。

 黒紫色のゲル状の体が膨れ上がり、地下室の天井に届くほどの巨体へと変貌した。

 産業廃棄物スライムたちの集合体――言うなれば、毒属性のキングスライムだ。


「ひぃっ!? な、なにこれ!」

 一番近くにいたリーナが腰を抜かす。

 しかし、アリスだけはうっとりとした表情で両手を広げていた。


「ああ、素晴らしい……! これぞ生命の輝き! 集合知となった彼らが、私たちに感謝を伝えようとして……」


 バシュッ!


 巨大スライムの体表から、高圧洗浄機のような勢いで溶解液が噴出した。

 アリスの足元の床がジューッと音を立てて溶ける。


「ひゃあああっ!? こ、攻撃!? なぜ!?」

「感謝のキスにしては刺激が強すぎるようですね」


 俺は冷静にロックの背中に隠れつつ、事態を分析する。

(彼は「え、盾!?」と叫んでいたが無視だ)

 あーあ、スライムの毒素保有量がリミットブレイクしてる。あれが破裂したら、地下5階どころか魔法庁全体が悪臭と酸で汚染されて、今期の修繕予算が吹っ飛ぶぞ。


「ど、どうしようアレク! 剣! 私の聖剣どこ!?」

「さっき掃除用具入れに片付けただろう。それに、今ここで斬撃を飛ばしたら、飛び散った破片で全員溶解して死ぬぞ」

「じゃあどうすんの!? 私、こんな臭い奴らに溶かされて死にたくないよぉ!」


 パニックになる勇者とエルフ。

 阿鼻叫喚のオフィスの中で、俺はゆっくりと眼鏡を外して、胸ポケットに入れた。


 ……まあ、ちょうどいい。

 これなら「研修費」に上乗せして請求できる。


「ロック君」

「は、はいぃ!」

「避難経路確保。勇者とエルフを連れて外へ。俺が処理する」

「えっ!? で、でもアレクさん武器持ってないじゃないですか! 魔法の杖も!」

道具ツールならあるよ」


 俺は手近なデスクにあった、さきほどリーナが投げ捨てた「ゴミ分別用鉄製トング」を手に取った。

 こんな安い鉄屑でも、俺のスキルを通せば十分な武器になる。


構造解析・起動アーキテクト・アイ


 視界が変わる。

 薄暗いオフィスが、青色のワイヤーフレームの世界へと書き換わる。

 暴れる巨大スライムの体液の流れ、魔石の位置、そして結合の継ぎ目シームが、数値となって浮かび上がった。


 ――[結合強度:D] [pH値:1.5] [構造弱点:中央核の左3センチ]


「図体がでかくなれば強くなると思ったら大間違いだ。それはただ、壊れる箇所ウィークポイントが増えただけだぞ」


 俺は床を蹴った。

 魔法使いとは思えない速度で、スライムの懐へと滑り込む。

 巨大な触手が俺を潰そうと降り注ぐが、それらが着弾する場所には「赤い予測円」が見えている。一歩横にずれるだけで、すべての攻撃は空を切った。


「――施工開始」


 俺は手にしたトングを、スライムのボディへと突き入れた。

 力任せに突き刺したのではない。

 スライムの粘性が最も低くなる角度、魔力の流れる隙間に、静かに「置く」ように挿入する。

 そして。


分解ディスアセンブル


 カチッ。

 俺がトングを軽く開いた瞬間。


 バァァァン!!


 内側から風船が割れたような音がして、巨大スライムの結合が一瞬にして解除された。

 まるでジグソーパズルが崩れるように、巨大なゼリーの塊が、元の小さなスライムたちへとボロボロと分裂していく。

 ただし、それぞれのスライムの「コア」と「汚染粘液」が、外科手術のようにきれいに分離された状態で。


 バラバラバラ……。

 数秒後、そこには「きれいに積まれた魔石の山」と、「中和されて無害になった水の水たまり」だけが残っていた。


「…………へ?」


 通路の陰から顔を出していたリーナが、アホのような声を漏らす。

 アリスに至っては腰が抜けたまま、パクパクと金魚のように口を動かしている。


「な……な、何をしたのですか……? 魔法……いいえ、詠唱もしていなかった……!」


「言ったでしょう、分別作業ですよ。トングで分けて、ついでに毒素結合ケミカルボンドを外しただけです」


 俺は汚れたトングをゴミ箱に放り投げ、胸ポケットから眼鏡を取り出して掛け直した。

 そして、まだ状況が呑み込めていないアリスの前に立ち、濡れていなかった契約書の束を差し出す。


「さて、アリス代表」

「は、はい……」

「当施設内での『不法侵入』『威力業務妨害』、および危険生物を活性化させたことによる『バイオテロ未遂』……」


 俺はニコリともせず、アリスに宣告する。


「慰謝料および、清掃業者代行費用……たっぷりと請求させていただきますね?」


 地下5階の薄暗い天井に、エルフの悲鳴が再びこだました。

 こうして、営繕課に新しい借金奴隷アルバイトが、また一人増えることになったのだった。


(続く)

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