発端 -1-

 陽翔も頭の回転が人より少し早いというだけで、クラスの連中から除け者にされていた。いや、彼の場合も自分からその道を選んでいたのかもしれない。あの頃の陽翔は他の子供たちより、遥かに大人びて見えた。アリをじっと見ている陸に声をかけて来るぐらいだから、彼もかなりの変わり者と云えた。


「家に遊びに来る?」と聞くと、黙って陽翔は頷いた。


 お互いに話しもせずに、二人一緒にアリ塚をいつまでも見続けた。やがて陸は陽翔に心を開くようになった。すると不思議なことに、いつの間にか仲間は増えていった。


 アリ塚を見たいと、友人が友人を連れて来る。


 虎太郎がさくらを、さくらが紬を。


 皆、個性がバラバラなのに妙に波長があった。お互いに宿題や勉強等を助け合ううちに、なんだかんだと理由をつけて、陸の家へ居座るようになった。理由は単純だ。この中で、陸が一番広い自室を持っていたからだ。


 この四人の出会ってからは、陸は自分の気持ちが和らい行くのを感じていた。けれどもやはり、同級生たちや先生の負の感情を察知すると、ソワソワし落ち着かない気分になる。


 そんな陸の気持ちを知ってか知らずか分からない。


「陸は優しいだけなんだ。誰にでも優しいって疲れるだろう。だからさ、陸が優しくするのは、俺たち幼馴染の四人だけにすればいいさ。後はアリの研究に没頭しろよ」と陽翔が言ってくれた。


 そして、陸はそれを今も続けている。


 そこに澪が加わって、優しくする仲間が一人増えた。皆が成長するにしたがって、部屋はぎゅうぎゅう詰めになったが、この五人は陸にとって大切な宝物だった。



 そんなことを考えていると、パン!と打ち上げ花火が上がった。

 紺色の夜空に黄色の一輪の花が咲く。


「わー。キレイ」と皆の声が聞こえる。


 それだけで、陸の緊張は柔らかく溶けてゆく。


 こうして高校一年の夏休みは、何こともなく過ぎてゆく筈だった。いつものように、ふざけ合って、はしゃぎ回って、子供の頃の時となんら変わりない時を過ごせると陸は信じていた。






 **


 シャランと金属のパイプバーが音を立てて、ロリポップカフェのドアが開いた。


「お帰りなさいませ! ご主人様」という可愛いアニメ声が聞こえてくる。


「あ、あみちゃんを呼んでくれる?」とおどおどした声がする。


 その一言で、さくらは鳥肌が立つのを感じた。


「あみをお呼びでございますね、ご主人様。お待ちくださいませ」とミサがキャストルームを覗き込んだ。


「あみ、例の客、来てるよ」と露骨に声を低くし、嫌な顔をした。


 さくらはこの店では、と呼ばれている。先ほどのアニメ声少女のミサという名前も、多分源氏名だ。お互いに本名は知らない。それでいい。ただのバイト仲間。それ以上でもそれ以下でもない。相手の領域に踏み込まない。その方が心地好く過ごせる。これが最近のさくらの流儀だ。


 中野高校に進学したのは間違いだったかもしれない。


 さくらは一学期が終わってそう感じていた。授業は国立大学へ合格する為だけに作られたカリキュラムをこなしていく、所謂いわゆる "know-how" の詰め込み型だった。


 そこには学びの喜びも、好奇心を揺り起こす物もない。一年生から学力別にクラス分けがされる為、皆ピリピリしてお互いをライバル視していた。友人等、簡単には作れそうにない。


 ――陽翔と陸と通う高校に入れば良かった。


 さくらは、滑り止めとしてこの高校も受けていた。勿論、合格だった。しかし、二人が通う高校は授業料が中野高校よりも高い。毎年、東大や京大に何人も合格者を出している中野高校はそれなりに国の援助を受けているようで、その分、低所得層にもドアが開かれている。だが途中でドロップしてしまう者も多いと噂されていた。それが単なる噂ではないことをさくらは入学してから痛感していた。




 先ほどロリポップカフェへ来店した、矢沢栄光やざわえいこうは、かなり厄介な客だった。彼を連れてきた友人の話によると、栄光はオタク界隈では有名なアマチュアフィギア原型師で、フィニシャーまで全て自分で行い、それをネットで公開している。フォロアーは五千人を超している。フィギアもそこそこ売れているらしい。


 ただ、彼は二次元の女の子にしか興味が持てないアニメオタクで、二十五を過ぎた今でも彼女いない歴イコール年齢。女性と話をするのも苦手とのことだった。そんな彼が、さくらに惚れ込んでしまった。幼く見えるメイド服のさくらは、彼にとって限りなく二次元に近い存在なのであろう。


 さくらは、ハアとため息を付くと椅子から立ち上がり、鏡を覗き込んで笑顔を作った。


 

 ボクは。今日も可愛いぞ。と自分に魔法をかけた。


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