都市伝説

「まず、その話、誰から聞いたんだ? 見た生徒は全員、精神科に入院している。多分、その二つの死体の片方は岸本とかいう先生の設定だろう? 警察はそんなバカげた発表はしないよ」


「ま、まあな……」


「それにズルズル、ピチャピチャ、ペタン、ビチャ」


 陸は澪の恐怖心なるべくを刺激しないように、わざと弾むように節をつけて発音した。


 よほどおかしかったのか、紬が思わずジュースを吹きそうになるのを、こらえているような顔になる。代わりに虎太郎がジュースを吹いた。


 あー、それ誰が片付けるだよと思いつつ、陸は続けた。


「そんな音、生徒たちがギャーギャー騒ぐ中で聞こえるわけがないだろ。夜中の静まり返った教室じゃなく、真夏の炎天下に起こった事件だしな。それに、メンサに落ちた? 上に上がいることを知る。それは陽翔自身のことだろう」


「過去の黒歴史の傷をえぐるなよ。あの時は中二病で邪気眼のある俺は天才で、マジでマッド数学者になれると信じてたんだよ。もうそのマジックも解けたけどな」


 その時、「皆様。おかしな話を広げるのは止めましょうね」と陽翔の邪気眼を払った、『上には上』の声がした。


 何時来たのか、さくらが陸の部屋の入り口に立っている。


「おいおい、今度は不法侵入かい?」と言う陸に、「玄関の鍵開けっ放しで、皆様の声がしてれば上がってきますよ。ここはボクの巣でもあるのですから」と、さくらは言い返す。


 そして自分のリュックから出したティッシュを、「口の周り、お拭きなさいね」と虎太郎に渡した。


 彼女はこの中で一番小柄で、顔も童顔だ。未だに中学生に間違えられる。でかい虎太郎と並ぶと、さくらの小ささは一層いっそう目立つ。


「さくら、今日はバイトって言ってなかったっけ」と虎太郎は口の周りを拭う。


「終わりましたわ。ご主人様。萌え萌え」と指でハートを作り、胸の前で左右に振ってみせるさくらは、憎たらしいほど可愛い顔をした。


 今度は陽翔がジュースを吹いた。


「あのなー、ここは僕の部屋だぞ。吹いたジュースは自分で掃除しろよ」と陸がにらむと澪がさっと、雑巾を持って来て拭き始める。


 澪はほぼ陸の家のキッチンや、掃除道具の位置を把握していた。陽翔も一緒に吹き始める。虎之助だけが、片付けに加わらずにさくらと話しを続けている。陸を含む、この六人は、いつもこんな感じだ。


「名門高校に通うお嬢様が、メイド喫茶でバイトとはなぁ。最初聞いた時はマジ驚いたよ」


「陽翔。中野高校はバイト公認ですわ。それに君がボクに勝てなかったと言って、ボクの通う高校の悪い噂をたてるとは、あきれたものですわね」と言いながら、ふわりとしたスカート押さえ、優雅に陸のベッドの上に座り込んだ。


 腰まである長い黒髪が揺れる。


 陽翔も陸も中野高校を受験しているが、結局受かったのはさくらだけだった。彼らは今、都内で二番目と言われている進学校に通っている。文系の問題が、彼らの足を引っ張ったのだった。


「その話、数年前の中野高校の火事のことと、夏期講習中に起こった女生徒の受験ノイローゼによる教室の窓からの飛び降り自殺が、混じった話になっていましたわね。まあ、それにより担任だった先生が一時的に鬱になり休職したのは事実のようですね。でも、その先生はちゃんと復帰して今は他の高校で働いているとのことですわ。そんなバカげた都市伝説を広げるのは、止めてほしいものですわ」と少しさくらは険のある言い方をした。


「ごめん。悪かったよ。ちょっとネット聞きかじった中野高校の噂だったから、つい調子にのった」と陽翔は素直に謝った。


「今のもしかして、全部、陽翔の作り話なの?」と紬が聞く。


「あ、う、うん」と言い淀む陽翔を陸がつつく。


「そう、ネットの都市伝説と、実話を組み合わせて話にリアリティーを付けたつもりだったんだろう? だけど、蛇足付けすぎで、すぐ嘘だと分かる。それに中野高校の火事のことも自殺騒ぎも、もう何年も前の話だし、その時にスマホがあったとは思えない。ギリ、携帯ぐらいじゃないか」


「それより、花火でもやりませんこと?」

 

 サラリとさくらが話題を変えた。


「花火! 大好き」と、澪が喜ぶ。


「お、ナイス! どうしたの。それ?」


「ご主人様にいただきましたの」


 ご主人様とは、そういう仮定のさくらのファンだ。



**


 昆虫オタクの牧野陸まきの りくにとって、椎名紬しいな つむぎ真野陽翔まの はると上野虎太郎うえの こたろう野田のださくらの四人は小学生の時からの幼馴染だ。そこに中学三年の春、紬の友達の坂上澪さかうえみおが加わって陸の家にたむろする連中は五人になった。


  幼い頃から人の感情、特に負の感情に対して敏感だった陸は、傷つかないように『人』という生物から距離を置いているようなところがあった。小学校の校庭の片隅で背中を丸めてアリばかり見ている彼を、同級生たちは変人扱いした。


 共働きの両親の不仲が、陸の気質に大きな影響を与えたのは間違いないだろう。彼は幼い頃から、喧嘩ばかりしている両親の顔色ばかり窺っていた。彼らの機嫌が悪くならないようにと、いつも気を使って良い子でいようと努力していた。


 陸にとって一番きつかったのは、母と父とどちらが好きかと、母から聞かれることだった。答えられるはずもない。父も母も、陸にとっては大切な存在だった。だが、陸が「ママ」と答えないと、母はいつも不機嫌になった。仕方がなく小さい声で、「ママ」と答えると、今度は心が壊れそうになる。


 そんな時、彼は自分で作ったアリ塚の水槽を見詰めた。アリを見ていると心が落ち着いた。彼女らは文句も言わずに日々、自分に与えられた仕事だけを黙々と遂行する。どちらが好きも嫌いもない。弱った者は容赦なく捨てられる残酷な世界であることは分かっていたが、そんな世界が陸には少し羨ましかった。


 ―― 一人が良かった。

 一人でいたかったのに……。ある日、陽翔が話しかけてきた。







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