第2話 『薬と、眠りと、猫の日常』

午前の光は、昨日よりも少しだけ眩しかった。


学校を休んで三日目。 明日香は自分の部屋のベッドに横になったまま、天井をぼんやり見つめていた。

体が重いわけでも、どこかが痛むわけでもない。

ただ、起き上がろうとすると、理由の分からない眠気が体をベッドに引き戻す。


枕元で、猫のサキが丸くなっている。

明日香が少し身じろぎすると、サキは耳だけをぴくりと動かし、それから安心したように喉を鳴らした。


「……サキは元気だねぇ」


声に出すと、それだけで少し疲れた。


ベッド脇のテーブルには、小さな薬瓶が置かれている。 白い錠剤。加奈子が毎朝、水と一緒に渡してくるもの。


「これを飲めば、元気になるからね」


そう言われただけで、詳しい説明はなかった。 でも、母の声が少しだけ硬かったことを、明日香は覚えている。


決まった時間に、薬を飲む。 飲むと、少しだけ体が温かくなって、そのまま眠くなる。


それだけだ。 何も起きない。


明日香は薬瓶から目を逸らし、窓の外を見た。 風に揺れる木々は穏やかで、遠くで車の音がする。

世界はいつも通りに動いているように見える。


なのに、自分だけが、ほんの少し取り残されている気がした。


昼過ぎ、うとうとと眠りに落ちたとき、夢を見た。 内容は覚えていない。 ただ、手のひらが妙に温かかった感覚だけが残っている。


目を覚ますと、サキが明日香の胸元に移動していた。 小さな体が規則正しく上下している。


「重い……」


そう言いながら、明日香はどかそうとしなかった。 むしろ、その温もりがないと不安になるような気さえした。


夕方、加奈子が部屋を覗きに来た。


「起きてた?」


「うん。ちょっとね」


そう答えながら、明日香は母の顔を盗み見る。 疲れているのに、無理に明るく振る舞っている。 そのことに気づいてしまって、胸の奥が少しざわついた。


「サキ、ずっと一緒?」


「うん。離れてくれない」


加奈子は小さく笑い、何も言わずに頷いた。 それから、薬と水を置いて、部屋を出ていく。


ドアが閉まったあと、明日香は薬を手に取った。 白い錠剤は、今日も何の変哲もない。


飲み込むと、すぐにまぶたが重くなる。


眠りに落ちる直前、明日香はふと思った。


この眠気は、本当にただの体調不良なんだろうか。


問いは、答えを持たないまま、静かに沈んでいった。


その夜も、サキは一度も明日香のそばを離れなかった。

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