第12話アリサちゃん
松戸の工場の風景に、ひときわ鮮やかな色彩を放つ存在がありました。アリサ――彼女と出会ったとき、彼女はまだ二十三歳という、春の陽だまりのような若さの中にいました。
身長は百四十七センチ。小柄なその体躯は、工場の重い扉や立ち並ぶ機械に埋もれてしまいそうでしたが、その顔立ちは驚くほど整っており、誰の目にも「抜群に可愛い」と映る華やかさを備えていました。
きっかけは、ある日の仕事帰り、沈みゆく夕日に照らされた道筋での偶然の遭遇でした。
「お疲れさま。根岸さん」
鈴を転がすような声で呼び止められ、わたしたちは駅に向かうまでの短い時間、肩を並べて歩きました。
彼女は、自分の内側にある感性を言葉にするのが得意な女性でした。会話の中で、彼女は最近お気に入りの曲を教えてくれました。
「(sic)boyの『HEAVEN’S DRIVE』……聴いたことありますか? あの曲、すごくいいんです」
後で聴いてみたその曲は、疾走感の中にある種の虚無と、それでも突き進もうとする熱量を孕んだラウドな旋律でした。
二十三歳の彼女が、このエッジの効いた楽曲を愛しているという事実に、わたしは言いようのない知的興奮を覚えました。それは、工場の退屈な日常を切り裂いて走る、文字通りの「天国へのドライブ」のような、刹那的な美しさを共有した瞬間でした。
アリサは決して体力がある方ではありませんでしたが、その小さな身体のどこにそんな力が眠っているのかと思うほど、仕事の処理能力は群を抜いていました。正確で、迅速で、澱みがない。その仕事ぶりは周囲の職員からも絶大な信頼を勝ち得ており、彼女がいるだけで現場の士気が一段階上がるような、そんな不思議なカリスマ性を持っていました。
「根岸さんって、時々すごく不思議なこと言いますよね」
そう言って笑う彼女の瞳は、未来への不安を抱えながらも、今この瞬間を懸命に生きようとする輝きに満ちていました。
わたしは彼女の隣を歩きながら、自分がかつて「碩学」を目指した若き日の自分を、彼女の中に投影していたのかもしれません。あるいは、シャンボさんと語り合ったあの「野心」の欠片を、彼女の聴いているラップのビートの中に探していたのかもしれません。
彼女のような美少女が、自分の存在を認め、言葉を交わしてくれる。
その事実だけで、わたしの「実存」は守られているような気がしました。けれど、彼女の若さは、わたしにとっての救いであると同時に、決して手に入れることのできない「過ぎ去った時間」の残酷な象徴でもありました。
(sic)boyの歪んだギターサウンドが脳内で鳴り響く中、わたしは松戸の夜の静寂へと溶け込んでいきました。それは、まだ見ぬ大冒険へと続く、予兆に満ちたドライブの始まりに過ぎなかったのです。
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