第9話オイシックスの作業

2021年8月。わたしが「みらいず」の門を叩いたばかりの頃、現場は迷宮のように見えました。「オイシックス・ラ・大地」から請け負った膨大な食材キットのパズル。次々と流れてくる野菜や調味料の袋を前に、わたしは立ち尽くし、失敗を繰り返すばかりでした。

​しかし、毎日四時間、冷えた空気の中で手を動かし続けるうちに、霧が晴れるように作業工程の全貌が見えてきました。食材がどこで加工され、どう流れてくるのか。その大きな川の流れを理解したとき、わたしの身体は自然と最適な動きを刻み始めていました。

​入社して半年が過ぎた頃、わたしは異例の抜擢を受けることになります。本来、職員であるスタッフしか担当できないはずの最終工程――通称「バッカン」を任されることになったのです。

​バッカンとは、全ての食材が揃ったキットを検品し、出荷用の容器(通称バッカン)へ隙間なく、かつ美しく収めていく、文字通りの「アンカー」の役割です。

はじめの一ヶ月は西村社長にぴったりと張り付き、その神業のような手捌きを盗む日々でした。やがて社長から「根岸さんはもう、ひとりでできますね」と太鼓判を押されたとき、わたしは自分がこの工場の心臓部を担っているという、震えるような高揚感を覚えました。

​作業場には二つのレーンがあり、Aレーンは運動神経抜群の十九歳、シンボウ君。そしてBレーンは、このわたしが担当する。若き躍動と、経験を積んだわたしの理知。二つのレーンが火花を散らすように稼働し、出荷を待つバッカンが積み上がっていく景色は壮観でした。

​しかし、わたしがバッカンを担当する上で最も重きを置いたのは、作業の効率だけではありませんでした。それは、「人を育てる」ということです。

​かつてのわたしがそうであったように、新米の利用者たちは皆、不安な表情をしています。わたしは見込みのありそうな者を見つけては、簡単な工程から順を追って教え込みました。「バッカン」という、責任ある仕事のやりがいを伝えたかったのです。

​人を育てるとき、わたしが心に決めていたルールはただ一つ。「絶対に怒らないこと」です。

​失敗を責めるのではなく、できたことを称賛し、自信を持たせる。バッカンの仕事が楽しくて仕方がなくなるように、魔法をかける。

「根岸さんと一緒だと、仕事が楽しいです」

そう言って一人前になっていく仲間たちの姿は、八万円の月給よりもずっと価値のある、わたしの人生の報酬でした。

​知的で、寛容で、頼りがいのあるリーダーとしての「わたし」。

この成功体験が、わたしの「実存」を支える太い柱となっていきました。けれど、その自信と自負が、やがて「わたしは世界をも変えられる」という肥大した万能感へと変質していくのを、この時のわたしはまだ制御できずにいたのです。

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