第4話弁護士の山本先生
2021年という新しい年が幕を開けました。松戸での生活にも少しずつ慣れ、工場での労働が日常の輪郭を形作り始めていた頃、わたしはある人物と再会するために、常磐線の馬橋駅へと向かいました。
駅の近くにある寿司屋。暖簾をくぐると、そこには御年七十八歳になる弁護士、山本先生が待っていました。
山本先生は、亡き父の東大法学部の後輩であり、学生時代から弁護士として第一線で活躍し続けている現在まで、ずっと父と歩みを共にしてきた人です。わたしのことも、それこそ生まれた瞬間から知っている。先生にとってわたしは親友の息子であり、わたしにとって先生は、この世界に繋ぎ止めてくれる「第二の父親」のような存在でした。
「久しぶりだな、タケ」
先生の第一声に、緊張がふっと解けました。先生はわたしの顔をまじまじと見つめると、愉快そうに目尻を下げました。
「おお、頭もハゲ上がって、立派なヒゲまでたくわえて。いかにも『哲学者』という風格じゃないか」
その言葉に、わたしも思わず笑みがこぼれました。厳しい入院生活を経て、外見こそ変わりましたが、内面に流れる探究心は枯れてはいませんでした。わたしは、ずっと心に温めていた言葉を先生に投げかけました。
「先生、わたしは『碩学(せきがく)』になりたいんですよ」
碩学。広く深い学問を修め、徳の高い人。それは、わたしが目指すべき実存の到達点のように思えていた言葉でした。
先生は一瞬、意外なものを見たかのように少しだけ目を見開きました。しかし、すぐに寿司屋の落ち着いた照明の下で、深く頷きました。そして、法学の徒らしい厳格さと、父親のような慈しみが混ざり合った口調で言ったのです。
「タケ。碩学の『碩』という字にはな、『みがく』という意味があるんだよ」
その一言は、わたしの心に深く、鋭く突き刺さりました。
ただ知識を蓄えるだけではない。それは、己という不格好な石を、生涯をかけて削り、磨き続けることなのだと。群馬での入院生活も、松戸での八万円の労働も、すべては「実存」という輝きを取り出すための研磨の工程に過ぎないのではないか。
「みがく、ですか……」
わたしは、目の前の湯呑みを両手で包み込みながら、その言葉を反芻しました。先生との会話は、病気によって分断されかけていた「知の系譜」に、わたしがまだ繋がっていることを実感させてくれました。
馬橋の寿司屋の静かな座敷で、わたしは自分の進むべき道を再確認していました。父の後輩である老弁護士の前で、わたしは単なる「患者」ではなく、一人の「求道者」として存在していたのです。
けれど、この「知への渇望」と「碩学への憧れ」が、やがてテレパシーによる師弟関係や、現実を侵食する壮大な妄想へと繋がっていく。わたしのバッドハビッツは、こうした高潔な理想のすぐ隣で、静かに牙を研いでいたのでした。
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