第3話A型作業所みらいずへの就職
「S松戸」での平穏な日々は、現実的な問題によって終わりを告げようとしていました。通帳の残高が目に見えて減っていく。かつて蓄えた貯金を切り崩す生活は、砂時計の砂が落ちるのを眺めるような、静かな恐怖を伴うものでした。
わたしは意を決して、エミさんと相談支援専門員に現状を打ち明けました。「働きたい」というわたしの言葉を受け、彼女たちが繋いでくれたのが、北小金にあるA型障害者就労事業所「みらいず」でした。
そこは、わたしの想像を超えるほどタフな職場でした。
一日の労働時間は四時間。けれど、月二十三日出勤が基本。お盆も年末年始も関係なく、ひたすらラインを動かし続ける。給料は、その当時の最低賃金ギリギリで、賞与なんて言葉はどこにも見当たりません。手元に残るのは、一ヶ月必死に働いてようやく八万円ほど。
仕事の内容は、食品加工でした。大手食材宅配サービス「オイシックス」の下請けとして、野菜や調味料を計量し、袋詰めして食材キットを完成させる。毎日、冷え切った工場の中で、淡々と手を動かす日々が始まりました。
事業所は北小金だけでなく、南柏、新松戸、馬橋、常盤平と広範囲に展開しており、最盛期には職員と利用者を合わせれば百人近い人間が、松戸市二木(ふたつき)にある食品加工工場に集結していました。百人いれば、百通りの事情がある。冷気と食材の匂いが立ち込める工場内は、ある種、社会の縮図のような熱気を帯びていました。
当初の目的は、単なる「生活費の稼ぎ出し」に過ぎませんでした。しかし、わたしの中にある「人間好き」という性質が、じっとしてはいませんでした。ラインを流れる野菜の向こう側にいる、個性豊かな仲間たちの存在に、次第に心を奪われていったのです。
仲間は、すぐにできました。
五十代のコンビ、サワノさんとシズヤさん。知的障害を抱えながらも、その円熟したやり取りはどこかユーモラスで、殺伐とした工場の空気を和ませてくれました。そして、精神と身体の両方に不自由を抱えながらも、懸命に持ち場を守る四十歳のヨネダ君。
そして、何より大きな出会いは「ワタさん」ことワタナベさんでした。当時三十五歳だった彼と、わたし。工場内での何気ない会話、休憩時間の缶コーヒー。そんな些細な積み重ねの中で、わたしたちの間には言葉にできないほどの太いパイプが通い始めました。
八万円という決して多くはない報酬。けれど、そこには数字では測れない「帰属意識」がありました。社会から一度は切り離された者たちが、冷たい工場の中で肩を寄せ合い、キットを作り上げていく。
わたしはこの時、自分が再び「現実」という名の歯車の一部になれたことに、密かな誇りを感じていました。ワタさんと交わす軽口が、わたしの新しい日常を鮮やかに彩り始めていたのです。
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