第2話松戸のグループホームへ
松戸での新しい生活は、予想もしなかった変化から始まりました。
当初、グループホーム「S松戸」の管理者としてわたしを導いてくれたのはヨシオカさんでしたが、彼女は体調を崩し、ほどなくして現場を去ることになりました。その後任として現れたのが、エミさんという女性でした。
エミさんは当時三十七歳。三人の子供を育てるシングルマザーでしたが、その立ち居振る舞いは、一瞬で周囲を明るく照らす太陽のようなエネルギーに満ちていました。驚くほどの美人であり、何よりその性格は、どこまでも底抜けに明るい。四十五歳のサービス管理者であるノリコさんと、エミさん。この二人の快活なコンビが生み出すリズムは、わたしの荒んだ心を解きほぐすのに十分すぎるほどでした。
「ああ、本当に松戸に来て良かった」
朝、リビングで彼女たちの笑い声を聞くたびに、わたしは自分の選択が正しかったことを確信しました。他の世話人さんたちも皆、穏やかな人ばかりで、入居者たちも極端に調和を乱す者はいません。わたしは人生で初めて、凪(なぎ)のような平穏な居場所を手に入れたのかもしれなかった。
しかし、その穏やかな日常の裏側で、わたしの思考はしばしば、鋭利な刃物のような場所に迷い込んでいました。
当時、わたしの意識に強く張り付いていたのは、京都アニメーションの放火殺人事件の犯人の存在でした。
わたしは彼に対して、ある種のシンパシーを抱いていました。もしこの「シンパシー」という言葉が、精神病理の文脈で不適切だというのなら、それは「同情」と言い換えてもいい。
それは、彼が行った凶行を肯定することではありません。そうではなく、彼をあのような場所まで追い詰めてしまった社会の歪み、そして、誰かの不幸や絶望に気づきながらも、見て見ぬふりをして過ごしてきた自分自身の「加害性」に対する痛みです。
街ですれ違う幸せそうな人々。テレビから流れる華やかなニュース。その陰で、誰にも声をかけられずに消えていく魂がある。わたし自身も、かつてはそうした孤独の中にいました。自分がこれまで他者の痛みに無関心であったこと。その無自覚な加害性に対して、わたしはどうしようもないほどの自責の念に駆られていました。
謝罪したかった。償いたかった。
自分の存在そのものが、誰かを傷つけているのではないかという恐怖。
その重苦しい想いを抱えながら、一方でエミさんの明るい笑顔に救われている。
わたしの心の中では、まばゆいばかりの「生」の肯定と、暗く沈殿する「死」の深淵が、危ういバランスで同居していました。このアンバランスさこそが、わたしの「バッドハビッツ」を再び呼び寄せる磁場になる。
松戸の風は心地よく、けれどどこか、嵐の前の静けさを孕んでいました。
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