第2話:異端者と氷の乙女

 ―――その少年は全てにおいて『異端』であった。


「じいさん、今日は何を教えてくれるんだ?」

「そうじゃな……」

 少年は育ての親である祖父に教えをうた。祖父である老齢の男は頭を悩みに悩ませる。いつもならば少年には魔術を教えているのだが、もはや一人前と言っていいほどに極めてしまったため、教えることがなかった。

 何を教えるべきか―――と男は悩む。

「うーむ……たまには外で遊んだりせぬのか?」

「面白くないし、俺はそんなガキじゃない」

「は、はは……」

 十分にガキだろ、と男は思ったが口には出さない。いちいち突っかからずに、祖父として大人の余裕を見せねばならないのである。

 この少年は少しばかりマセているのだ。このくらいで怒ってはいけない。

 ―――すると、男はあることを思いついた。 

「……では、今日は『悪魔召喚』を教えよう」

「悪魔、召喚?」

 魔術を習っていた少年が知らぬモノだ。単語自体は聞いたことはあるが、実際に悪魔を召喚したことはない。

「うむ。悪魔は知っておろう?」

「ああ」

「では、復習がてら言ってみるがいい」

「確か、悪魔には下位から最高位までの『ランク』があって、最高位の悪魔はマジで危険なんだっけ?」

「正解じゃ。それを、お前に教えよう」

「いいの?」

「うむ。お前ほどの実力があれば、たとえ上位の悪魔が相手でもどうにかなるじゃろう」

 そうして、少年は男から悪魔召喚を教わる。その際、少年は男が悪魔を従えていない理由を聞いた。それを知っているのになぜやっていないのか、と。

 理由はどうやら、才能がなかったからだそう。

 魔術には才能が必要である。それは悪魔召喚も同じ。男にはその才能がなかったから、悪魔がそばにいないのだ。

「ここに、お前の血を一滴だけ垂らし、こう言え―――『召喚サモン』と。さすれば悪魔が召喚できるじゃろう。才能があれば、じゃがな」

「わかった。……ちなみに聞くけど、最高位の悪魔は来ないよな?」

「はっはっは、最高位の悪魔はそう召喚できん。お前ならば良くて上位の悪魔程度じゃろう」

「そうか」

 そして―――少年は自らで描いたがくてきように、一滴の血を垂らす。

 

「『召喚サモン』」


 その瞬間、幾何学的模様がまばゆく光り輝き始めた。

 辺りが見えぬほどの輝き。それは赤、青、黄―――様々な色に変化していく。 

 体感で数分ほど輝いていたような気がする。視界を様々な色に染め上げる輝き、それは最終的にくらくよどんだ色にへんぼうげた。

 そうしてその輝きは、幾何学的模様の中心へと収束していき―――。


「誰だ。私の眠りをさまたげる奴は」


 其処に現れたのは、女性の姿をした悪魔。

 着物を着て、その艶やかな黒髪は夜空のように美しい。

 まさに『悪魔的』な容姿であった。少年と男は驚愕を隠しきれない。

 何故ならば───。

 彼女は『最高位』の悪魔であったから。

 

   *

 

「……懐かしい夢だな」

 早朝、夢から覚めたカノアはそんな呟きをこぼした。

 それは己の幼き頃の夢だ。祖父との記憶、朔夜とのかいこう記憶ユメ―――カノアはその懐かしさにふっと笑みをこぼす。

 窓の外を見てみると、明るさ的に時刻は午前五時前後であることがわかった。

 そうしてカノアは身体を起こすのだが―――。

「……なんでやねん」

 ふと隣を見て、カノアはエセ関西弁でツッコんでしまった。

 カノアの隣には朔夜が寝ている。そりゃあもう爆睡していた。何故いるのかわからない。朔夜の部屋はちゃんとあるはずなのに。

「あ、やべ。早く逃げないと―――」

 そう言いかけたところで、カノアの首に朔夜の腕がかけられた。

 その腕は自然と、カノアの首を絞めてしまう。そのまま首の骨をへし折ってしまうのではないか、というくらいの力。 

 流石は『悪魔』である。寝相もすこぶる悪い。

「か、は……ば、か……やめ、ろ……!?」

 己の首を絞める腕を叩くが、朔夜は一向に起きる気配はない。このままでは死んでしまう、心なしか視界がぼやけてきた。

 肺が酸素を欲している。しかし、この腕のせいでうまく呼吸ができない。

 このままでは―――。

「んぁ……。ん? どうしたんだ、主?」

「……て、てめえ」

 間一髪のところで朔夜は目覚め、カノアは助かった。カノアを殺しかけた当の本人は首を傾げる。彼女はなぜ彼に睨まれているのかわからないようであった。

 その姿も様になっているのが妙に腹立たしい―――。 

「ふわあ……」

 そんな気持ちもつゆ知らず、朔夜は大きな欠伸をかました。

 ハァ―――とため息をついてベッドから降り、カノアは居間へと向かった。


    *


 細心の注意を払え―――朔夜にそう言われたカノアは、最大限の警戒をしながら学校へと向かっていた。

 とても寒い冬の朝。外気は冷え込み、指先がかじかむほどに気温が低下している。その寒さによって、カノアは身体がきしみを上げるような感覚を覚えた。

 まるで、身体の節々がてついたかのように―――。

(……今のところアイツはいない、か)

 もうすぐで学校に到着する。その間、彼女と出会うことはなかった。何処にもいない。辺りの生徒たちの中にも混ざってもいない。出会わないのは単なる偶然か、それとも意図的に出会わぬようにしているのか―――カノアにはわからなかった。

 そして学校に到着し、カノアは自身の教室へと向かった。向かっている間にも、彼女とは出会わない。

 もしかして休んでいるのだろうか、そんな考えがよぎった直後のこと。


 ―――外で『夜のとばり』が下りた。


 周囲の生徒は立て続けに倒れ、意識をくしていく。校内の明かりは消え失せ、窓の外から入り込んでくるのは月明かりのようなモノだけだった。

 そしてカノアの目の前には―――。

「……たかが俺一人に、ここまでするのかよ」

「念には念を。念入りに準備しておいて損はないだろう?」

 枢木花蓮は、そう言って笑みを浮かべた。冷たくも美しい、誰もを魅了する魔性の笑みを。

 少しでも油断すれば呑まれてしまいそうで、カノアは心底怖気が止まらなかった。

 だが、そのくちもとには―――。

「……俺に何の用だ? 組合に登録していないから消す、ってわけでもないんだろ?」

 カノアの問いかけ。

 それに花蓮は、その口許に笑みを刻んだまま答えた。

「そうだね、簡単に言えば───キミをスカウトしに来た」

「……スカウト、ねえ? ただのスカウトなら、ここまでする必要はないんじゃないか?」

「キミの言う通りだ。ただのスカウトならここまでしない」

「じゃあ何故?」

「組合から言われているのだよ。実力を確かめてこい、とね。何せキミは、かの『災厄』と呼ばれた魔術師───高嶺よしつぐの孫、なのだろう?」

 やはり知られている。彼女はカノアのことを、全てとまではいかぬがほとんど知り尽くしている。おそらくは彼女のこともすでに───。

 カノアは手に持っていたかばんを床に置き、彼女の攻撃に備えた。

 いつでも対応できる。

 実力はこちらのほうが格上───カノアは『魔力』を全身に巡らせていく。

 そして、花蓮が先に仕掛ける。花蓮は『無詠唱』で数本の氷のつるぎを創造し、それをカノア目がけて放った。

「へえ……無詠唱か。やるじゃん」

「お褒めに預かり光栄だね」

 カノアは放たれた氷の剣を容易たやすかわしてみせる。そこには会話を交わす余裕もあり、カノアの貌には笑みすら刻まれていた。

 どうもうに牙を剥き、そのギラギラと輝く瞳は飢えた獣のごとし。

 ───つまるところ、カノアは『戦闘狂バトルジャンキー』なのだ。

 幼き頃からいざ戦闘となれば笑みを浮かべ、朔夜を従える際には死にかけているにも関わらずカノアは獰猛な笑みをその貌に刻んでいた。最近はそんなたたかいがなかったために、その本性はなりを潜めていたが、今のカノアはそれが解放されている。

「朔夜ァ」

 カノアの呼びかけ。

 その瞬間、目にも留まらぬ迅さで一つの人影が花蓮へにくはくし、悲鳴の如き甲高い金属音が周囲に響き渡った。

「へえ、この剣を防ぐか」

「危ないなあ」

 そして、朔夜は飛び退いて距離をとる。

「……主、刀はいるか?」

「ああ、くれ」

 朔夜はカノアにさやに収められた刀を投げ渡す。カノアは刀を抜き、鞘を放り投げた。

 その笑みは消えていない。逆に深まってさえいる。

「久しぶりに見たぞ、その貌」

「そうか?」

「ああ」

 カノアの笑みを見て、朔夜が言った。

 朔夜の貌は懐かしいものを見るような、そんな表情をしている。だが、すぐさま切り替えて花蓮を見据えた。

「最高位の悪魔か……組合でも従えている者はいない、やはりキミの才能は放っておくにはもったい無い代物シロモノだよ。どう? ウチへ来ないかい? 給料はかなりいいよ?」

「あいにくだが───俺は組合が嫌いなんでね。断らせてもらう」

 そうかい、と言い花蓮は少しだけ哀しそうな表情をしてうつむいた。

 そして───。

「じゃあ、無理やり所属させよう」

 その貌は、冷たい笑みに歪んでいた。


 **


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魔術異聞録 藤の宮トウン @Fujinomiya__toun

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